4、居場所
戦場には今日も真っ赤な花が咲いた。真っ赤な真っ赤な花が…
「…帰るか」
相変わらず殺すものが無くなったのを残念そうにしているセツナ、そしていつものように軍の基地へと足を向ける。
『今回も【私の力】を使うような状態にならなくてよかったね!』
「あの力は範囲が広い上に威力が高すぎる、使うのは最終手段としてだ」
『でも…いつか、私を使わなくてもいいぐらい平和な世界になるといいね…そしたらまた一緒に…』
「黙れ」
ルナが言葉を言い終わる前にセツナは酷く冷たい声で遮る。
『…セツナ』
「お前は武器だ、人を殺す道具だ。俺は敵を殺す、殺すために生きている。そんな俺達に平和な世界で居場所があると思うのか?」
『でも…』
「お前の力を使えば戦争は簡単に終わるだろう、だがな、終わらせてどうする?」
『それは…』
「何人も殺してきた!殺すことが何よりも楽しかった!それが唯一の俺の感情だ!平和は異物を嫌う、異物は切り捨てられる。俺達は戦争でしか生きれないんだよ!」
『………』
「はっきり言ってやる、俺達には居場所は無い。俺達の家はもう…」
セツナは何かを言いかけて動きを止める。
『…?』
「……家?俺の、家は、研究所…?いいや違う、あの場所は…もっと優しい、もっと幸せ…?」
『セツナ…?セツナ!どうしたの!大丈夫!?』
その時、セツナは一粒の涙を零した。何故涙がでたのかはセツナには分からなかった。
どんな状況だろうと涙を流したことはない、敵を殺すことで【感情】を覚えたセツナには何もわからなかった。
『熱が凄い高いよ!?セツナ!?』
「幸せ…?俺は何を言って…?」
セツナは何も分からなかった。分からない故に必死に理解しようとした。
けれど答えは出なかった。その代わりに一つの声がセツナの頭には響いた。
『約束…だからね?』
声が響いたと同時に…セツナは意識を手放した。
♢♢♢
それは平和な日本
それは彼の居場所
それは幸せな時間
それは終わりの日
それは失った世界
『ごめんね…ダメって分かってても言わなきゃ後悔すると思うから言わせて…大好きだよ、ずっとずっと大好きだからね』
『絶対に―――を忘れない…絶対に…』
『ダメ、お姉ちゃんの事は忘れなさい』
『え…?』
『…色んなことを見て、感じて、生きて…。その中で好きな子も出来ると思うの。だからね、お姉ちゃんは忘れて―――が幸せだって思える人生を過ごして…ね?』
『なんで…そんなこと言うの…?』
『私が―――の幸せ邪魔しちゃ悪いでしょ?だって私は…』
これから死ぬんだから
♢♢♢
「………」
『あ!セツナが起きた!』
セツナが目を開けるとそこには見慣れた天井があった。研究所の天井だ。大慌てでルナはミライを呼びに行った。そして十数秒後、ミライは相変わらず何を考えているか分からない表情でセツナの前に立った。セツナはすぐにベットから起き上がり、ミライの方へ座りながら向く。
「実験材料、起きたか」
「科学者、何があった」
「君が戦場で気絶した、それだけさ」
「…そうか」
セツナは俯いて手の平を眺める。その様子をミライは目を細めて「ふむ」と言いながら興味深そうに見る。
「実験材料、何故気絶していた」
「…頭に、声が響いた」
「ほう、どんなだ」
「…分からない、分からない…が」
セツナはその声を思い出そうとすると、何故だか胸が苦しくなり気が付いたら…
『セツナ…泣いてるの?』
「…泣、く?」
ルナに指摘されて初めてセツナは泣いていることに気付いた。
「…そうか、ルナちゃん少し聞きたいことがある、来てくれるね?」
『あ、はい…』
「実験材料、今日は外に出ることを禁ずる。命令だ」
「………」
いつものセツナは「了解」の一言で済ませていたが、その時は何も言わずにただセツナは静かに涙を流していた。
ミライはそんなセツナを見て「ルナちゃん、先に待っているからあとで来なさい」と言って部屋を出ていく。
「これが…涙…?俺は…何故、泣いている…?わか、らない。どうして…?何、も、分からない」
『………』
ルナはセツナの隣に座る。それさえもセツナは気付いていない。ずっと「何故、どうして」と繰り返している。ルナはセツナの頭へゆっくり手を伸ばす。そして―――
「何故、どうし……あ」
『大丈夫だよ、セツナ、私がいるからね』
ルナはセツナを優しく抱きしめた。そして頭を丁寧に撫で始めた。
ルナは外見は十歳ほどの女の子、セツナは十五歳で日本が戦争じゃなければ高校に通い始めている年齢なのだ。
普通の高校生ならば年下の女の子にこんな事されるのは恥ずかしくてしょうがないだろうが、セツナはそういった感情がないのか…それとも別の理由があるのか定かではないが素直に受け入れていた。
『涙を流すほど辛かったんだね、ごめんね…気付けなくてごめんね…』
「俺は、お前に…八つ当たりをした…何故、お前が謝罪する」
『セツナは怖かったんだよね?大丈夫だよ、戦争が終わっちゃっても私はセツナの傍にいるよ。それにね?私は怒ってないんだよ?』
「………」
『セツナ、全部一人でやって誰も頼らないから…さ、八つ当たりをしてくれるぐらいは私に心を開いてくれてたのかなーってね』
セツナは今まで誰にも頼らず、命じられた任務は全て単独で行っていた。
同じ日本軍の兵士にも化け物じみた身体能力を気味悪がられ顔を見れば「おい、鮮血の死神がいるぜ…」などと怖がられる始末、それため会話を交わす機会はまるでなく、ルナだけがセツナと唯一話せる存在なのだ。
ミライとセツナは必要最低限の言葉しか交わさず会話らしい会話をしてこなかった。
『セツナはね、いつでも私を頼っていいんだよ?だって…私はセツナのものだから…』
「…ル、ナ」
セツナがそう言うと、ルナは少し驚いた表情をしてから優しく微笑んだ。セツナはすっかり落ち着きを取り戻しているがルナに抱きしめられており表情を見ることが出来なかった。
『えへへ、セツナ、初めて私の名前呼んでくれたね♪』
ルナがそう言った頃にはセツナはルナの胸で泣き疲れた子供のように眠っていた。
『可愛いなぁ…もう』
ルナは眠ったセツナの髪を撫でてそう呟く。
「セツナ…まさか記憶が戻るのか…?」
部屋の扉のすぐ向こうでそんな二人の会話を聞く人物に気付くことなく、ルナもセツナにつられて眠ってしまった。
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