29、少女と名前
「ゆっくん、ここだけは譲らないよ……」
「ふっ、それは俺とて同じだ」
魔王となった少女と、邪神ユート。二人は今、戦っていた――――――譲れないもののために……
「「……」」
静寂が支配する広場でゴクリと息を呑む音が緊張感を高ぶらせる。
今、二人は沢山の魔族に見守られていた。
「では、始めます……よろしいですか?」
魔族の女性が一枚の紙を手に持ちながら、二人に問いかける。
「どうぞ」
「準備は出来ている」
二人は用意されたテーブルに肘をつき、手を出す。少女の手の甲には真っ黒な紋章が刻まれている。これは魔族の証拠とも言えるものだ。
魔族は誰しも、手の甲に黒い紋章が刻まれている。その紋章が黒に近いほど、身体能力が高いのだ。
そして少女の紋章は十人中十人が間違えなく「黒い」と答えるほどのものだった。つまりその分、身体能力が高いのだ。
この戦いのルールは単純だ。力を持つ者が勝者、力無き者が敗者である。
知恵など必要ない、力さえあればいいのだ……そしてその戦いの名は――――――
「では…………腕相撲大会! 決勝戦を開始します! スタート!」
「はぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉ!」
腕相撲である。スタートという合図と同時に開場である広場は盛り上がる。これは月に一度に開催される腕相撲大会である。景品は様々だが、腕自慢のために参加する魔族も多い。
もちろん生死を問うとかは無い。
観客の九割が「魔王ちゃーん!邪神様をやっつけろー!」と声を出している。ユートも魔族から嫌われてはいない、むしろ仲がいい。しかし邪神は力が強すぎるのだ。そのため予選では誰も倒せる気がしなかった。
そんな中、一番強いとされるのが邪神ユートの嫁である魔王なのだ。しかし本来は、魔王と言うのは邪神の加護を受けて最高位の魔族となっている。
邪神の力の一部と言っても過言ではない。なのでこの戦いの勝者は分りきっていた。しかし、だからこそ、弱い方と応援したくなるというものなのだ。
「終わりだ!」
「きゃっ!」
ユートがそう言うと、あっさりと少女は負けてしまう。
「うわー! 可哀想!」
「魔王ちゃん大丈夫!?」
「少しは手加減しろ!」
観客からの激しいブーイング、昔の邪神であれば侮辱されたと全員殺していたところだろう。
けれど今ではそんな様子が一切なく、「はははっ」と笑いながら誤魔化している。これも少女と出会ってからの変化と言えよう。
「はい! では、第一位から第五位までの方は景品があります! 一位の邪神様から選んでください!」
「ああ」
そういうとユートは真っ先にある景品の場所へ向かった。それは―――巨大なクマのぬいぐるみである。
「これを頼む」
「はい! …………ん? このぬいぐるみですか!?」
司会の女性は予想していなかったらしく、眼を見開く。何故ならクマのぬいぐるみは一番残念な景品で、五位の入賞者が貰うようなものなのだ。
そしてユートはクマのぬいぐるみを持ち上げると膝から崩れ落ちている少女の元に行き。
「……ほら」
「え?」
「きょ、今日は、俺とお前が出会って丁度一年だから……その、プレゼントだ。 どうしてもこれを渡すために勝ちたくてな……」
そう気恥ずかしそうに言うと、周りの観客から今度はブーイングではなく歓声が響く。
「見せつけてくれるじゃねえか!」
「それが理由なら許す!」
「照れてるんじゃないよ! もっと胸張りな!」
そんな声が響くと、司会の女性が「はい! 新婚ごちそうさまです! それでは、次は二位の魔王様が景品をお選びください!」と言う。
すると、少女は恥ずかしそうにユートのくれたぬいぐるみに顔を埋めて、ぼそぼそっと何かを呟く。
「んん? すみません、音声を拾えませんでした! もう一回!」
「…………」
やはり聞こえなかったので、司会の女性はマイクを近付けて「もう一度」という。するとマイクの音量をMAXにしていたのか…………
『ゆっくんに名前で呼んでほしい』
と、広場の端から端まで聞こえるほど響いてしまった。そして少女は羞恥のあまりその場から逃亡。
広場には可愛いという誰かが呟いた声が響く。
「えっと、邪神様。 どうしま―――って早ッ!」
ユートはいつの間にか少女の後を追っていた。観客も追おうとするが、圧倒的に身体能力が高い二人を追いつくことは誰も出来なかった…………
◇
そしてとある路地裏で、少女は恥ずかしそうにクマのぬいぐるみに顔を埋める。
「うぅ……マイクの音量、あんなに上げなくても」
少女はさっき言ったこと思い出し、更に顔を真っ赤にする。
「いた」
「……ゆっ、くん」
「あー、その、なんだ。 今まで名前で呼ぶのは……少しハードルが高くてな。 それでお前の気持ちに気付てやれなくて……」
「……」
「……まぁ、こんなこと、言い訳だよな」
「……」
少女はクマのぬいぐるみに顔を埋めた状態から動かない。ユートは少女の隣に座る。そして少女の両肩を掴むと自分の方に顔を向けさせる。
「――――――ステラ」
「っ!」
「今は難しいかもしれないけど、いつかちゃんと名前で呼ぶから……だからこれで許してくれないか?」
「……うん」
少女―――ステラはユートの顔を見て分かった。
「顔、凄く赤いよ?」
ユートは凄く恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「しょうがないだろ、免疫ないんだから」
「何千年も生きてるのに?」
「うっ……それを言われると」
「ふふっ、ごめんね。 でも、そんな優しいゆっくんだからこそ――――
お父さんに殺された私を、救ってくれたんだよね」




