第五章 混迷のハイキング
高原から一時間程、どうにかこうにか獣に襲われることも無く、三つの道の集束点たる三叉路に辿り着くことが出来た。ここで各分隊は合流する手筈となっている。
他の分隊は既に到着し、焚き火を囲んでいたが、満身創痍の我々を見て、血相変えて駆け寄って来てくれた。一番にやって来たのは、アタオだった。もはや、突撃である。
「ナディット殿~!」
「アタオ、各分隊長を集めてくれ。状況を説明したい」
「ヤヤッ、何事ですかな?」
「それを話すんだよ・・・それと誰か、うちの隊員を介抱して欲しい! 魔力切れ二人と過労死寸前が一人だ」
呼び掛けると、各分隊の回復担当が駆け付けてくれた。
「ありがとう、感謝する」
意識はあるものの、酷い目眩に悩まされているアシャ訓練兵とターヤ訓練兵を引き渡し、私はシャンテ訓練兵からソリア訓練兵を受け取った。彼女には悪いが、状況報告に付き合ってもらう。
程なくして、とある焚き火周りに各分隊長が集結した。だがどうしたことか、アタオ以外、分隊長が皆変わっている。どこも手練れの訓練兵達に変わっていたのだ。
困惑してアタオを見ると、彼が説明してくれた。
「巡回が無かったせいなのか、森には狼や猪等の群れで溢れておりまして・・・外獣とまではいかないものの、対応しているうちにこうなったそうです」
つまり、どこも苦労はしたらしい。
「先に確認しておきたいのだが・・・ここにいるのは、派遣組だろうか?」
私が問い掛けたことに、首を傾げる者は居なかった。それが答えだ。
「分かった・・・私の第四分隊と、ソリア訓練兵の第三分隊はデーベラウに襲われた」
「・・・誰か、第三分隊の誰かが辿り着かなかった?」
ソリア訓練兵はすがる様に尋ねたが、首を縦に振る者は居なかった。
「・・・そう」
予想はしていた、だが一縷の望みに賭けたかった。意気消沈するソリア訓練兵の代わりに、私が報告せねばなるまい。
「この襲撃で、第三分隊は二人死亡、三人行方不明、生存者は一人。我が第四分隊は、分隊長、副官の二名が生死不明となった」
私は、この行軍中にあった出来事を、一部秘匿して報告した。その一部とは、ソリア訓練兵の足を再生させた事である。アシャ訓練兵の働きは、称賛されるべき偉業なのだが、魔法の制御が覚束無いうちに頼りにされるのは危険だから控えようと、ここへの道中、皆と話し合って決めたのだ。アシャ訓練兵は、私が貸しを忘れない事を条件に、快諾してくれている。
まあ、それを除いても訓練兵四人でデーベラウを撃退したことは、驚嘆され、大いに称賛された。
「流石、アシャ殿。魔法でデーベラウを追い払うとは・・・見事!」
アタオは、すっかりアシャ訓練兵のファンになっているようだ。
「そうだな・・・称賛されるのはうちの隊員で、私は叱責されるべきだ。私は、皆の目を気にして、あえて危険な賭けを強いたのだから」
「ナディット殿・・・」
何がどうなのかと語らなくても、焚き火を囲む面々は、言葉の深意を理解してくれる。
「・・・それで、今後の動きは? 砦の様子はどうなっている?」
「砦には、クリメルホ殿が偵察に出ておりますよ。そろそろ、戻ってきても・・・」
「・・・呼んだか?」
いつの間にか、アタオと私の間に、クリメルホが立っていた。こういう事をよくやるのだ、こいつは。
「クリメルホ、砦の様子はどうだった?」
「ふん、薄汚れているが元気そうだな・・・報告しよう、端的に言えば、砦は藻抜けの空だった」
クリメルホの報告は、笑えないものだった。
東境界砦では、日暮れ間近だというのに篝火が焚かれていなかったらしい。異変ありと判断したクリメルホは、高台から砦内を観察、陽が暮れるまで待ったが、一度の人の姿は見なかったそうだ。
「不気味だな・・・中には入れそうか?」
「いや、門は完全に閉じられていた。閂まで御丁寧にな」
「門が閉ざされているのに、人だけが居なくなるとは・・・さらに不気味だな。それで、門を破壊する以外に、進入する方法は無いのか?」
「それも否だ、城壁に登れそうな場所があった。入りたいなら、閂を開けてきてやる」
「ふむ・・・どうする、同輩達よ? 砦を調べるのか、引き返すのか、私は砦を調べるべきだと考える。この砦の有無は多大な影響を与えるだろうし、こんなところで夜営をすれば、デーベラウが襲ってくる可能性が高いからな」
協議の結果、我々は砦の内部で夜営することにした。確かな危険のある場所より、不気味だが目に見える危険の無い方を選んだのだ。
焚き火を片付け、各分隊は移動を開始した。私も、ふらふらの隊員らと合流し、砦へと続く一本道を歩き始めた。ちなみに、今回の任務中はソリア訓練兵も我が隊に同行することになった。
砦の状況を説明すると、アシャ訓練兵とシャンテ訓練兵の顔は青ざめ、ターヤ訓練兵は何故か喜んだ。
「ワクワクですね~」
疲労でおかしくなったのか、素で珍事がお好きなのか、答えは神のみぞ知る。まあ、神も知りたくないか、そんなこと。
「そういえば・・・臨時の分隊長は誰がやる?」
私が何の気無く問題提起すると、一同からため息が漏れた。
「ちょっと聞いた? 分隊長誰がやるかだって。これまで偉そうに指示してたのに、何この今さら感」
「もしかして・・・偉そうにする為に、皆の意思で決まったという事実が欲しいんじゃないかしら? 偉そうにする為に」
「あぁ・・・ナディットって、そういうとこある。後で逆らえないようにする布石なのよね」
ひそひそしないひそひそ話で、私を非難する女性陣。ああ、面倒臭い。聴こえていない振りをしていると、ソリア訓練兵に笑われてしまった。
「微笑ましいな、君たちはいつもこうなのか?」
「そうなのかもな・・・喧しいだろ?」
『かしましいだから!!』
三人同時に指摘してきたので、ソリア訓練兵にはさらに笑われてしまいました。
「喧しいだ! ・・・だから臨時分隊長の件、ソリア訓練兵も来たから、決めておきたいんだ」
「ん? 私の事なら気にしないでほしい。これでも、まだ第三分隊のつもりなんだ。どうか、客分としてこき使ってくれ」
「そうか? それでは、私がやるか」
「ちょっとちょっと、あたしたちは? というか、あたしはアシャちゃん推し!」
「はぁ? お前たちに指揮させるつもりは毛頭無いぞ」
「うわ、予想通りだけど、予想以上に腹立たしい・・・あ、そうだ、さっきね」
気味の悪い笑顔を浮かべ、シャンテ訓練兵はアシャ、ターヤ両訓練兵に何かしら耳打ちし出した。何故か、鼻をヒクつかせながら。
「あら、ナディットさん。私って、重かったですか? 今後改善しておきたいので、具体的にどの辺りが重いとお考えで? 具体的な名称で答えてくださいね? ウフフ・・・」
「うふふ、ナディット・・・貴方とは一度、話し合わないといけないようね? どこだ、どこを見て軽いと判断したぁ!!」
おのれ、チクったなシャンテ訓練兵。
「ターヤ訓練兵は性格だな、君の求めてくる事は重い。それとアシャ訓練兵、私も貴様と話しておかなければならないことがあるので覚悟しておくように!!」
「私の性格・・・重い・・・ぐはっ!?」
「何で逆ギレ!? ・・・あれ、まさか・・・」
膝から崩れ落ち、シャンテ訓練兵に支えられるターヤ訓練兵と怒鳴られて明らかに狼狽するアシャ訓練兵。そんな我々に、ソリア訓練兵は、優しい笑みを向けてくる。
「元気そうで何よりだな、まったく・・・」
穏やかな協議の結果、私が指揮することになりました。
東境界砦は、闇と異様な静けさに包まれていた。
先導していたクリメルホが、城壁の僅かな出っ張りを利用し、砦内へと進入していく。
それから間も無く、閂が外れるズシリとした音が響き、重厚な門扉がゆっくりと開放されていった。
「第一分隊が先導します! 各分隊、ナンバリング順に続いてください!!」
アタオの号令に従い、訓練兵団は砦中庭への進入を順次開始した。その間、アタオは分隊の誘導を、クリメルホは城壁の上を走って篝火を灯して回り、残る隊員らは建物内部へと続く進入口前に展開し、不足の事態に備えている。流石、アタオの指揮は恙無い。
そのおかげで砦への進入は迅速に行なわれ、最後に門扉が閉ざされて完了となった。 さて、これでデーベラウに襲われる危険は低下したのだが、建物内も調べねば、安心とは言えない。隊員らに休息を指示してから、各分隊長が進入口前に集結した。
「砦に常駐していた約50人の兵士が消えた理由がこの先に・・・どうする? 明日にするか?」
私がアタオに問い掛けると、彼は首を横に振った。
「今夜中に改めておく方が良いでしょう・・・なので、損害の少ない第一分隊で探って来ようかと」
「やる気だな?」
「我が隊のルートは、比較的安全でしたから・・・なので、第六分隊にもお付き合い願いたく、別棟の食糧庫を見てきて欲しいのです」
第六分隊長は、アタオの要請を快諾した。
「他はどうする?」
「三、四分隊はお疲れでしょうから、今晩は休んでください。それと、二、五分隊は交代で見張りを頼みたいのですが・・・よろしい? 良かったです、では行動開始と参りましょう」
アタオの物腰が柔らかいおかげか、はたまた年の功なのか、次の行動はすぐに固まり、動き始めた。
せっかく、寝て良いという赦しを得られたのだから、私も休むことにしよう。
第四分隊の焚き火まで戻ると、我が隊は壊滅していた。アシャ、シャンテ、ターヤが寄り添いながら、寝入っていた。具体的に言うと、頭をそれぞれの左大腿部に乗せて、三角形を形成しているのだ。実に器用な寝方である。
そういえば、分隊に男が居なくなってしまったな。
「おかえり」
出迎えてくれたのが、第三分隊のソリア訓練兵というのは、皮肉なものである。
「お守り感謝する、ソリア訓練。うちと第三分隊は休息して良いことになったぞ」
「そうか・・・彼女たちも元気そうに振る舞ってはいたけれど、消耗し切っていたようだから、良かった。心配させまいと気丈に振る舞っているのは、中々微笑ましかったぞ」
「ふっ・・・あれは素だぞ」
「あはは・・・苦労、しているようだな」
「ああ、長らく男所帯に居たからな・・・黙らせ方が分からない」
「あ、接し方じゃないんだ・・・」
ソリア訓練兵は、声を殺して笑っていた。笑い話をしたつもりは無いのだが。
「それはそうと、まだ起きているつもりなのか? 元は重症者なのだから、休んだらどうだ?」
「私よりも、隊長殿の方が休むべきでは? 私が知る限り、休息を取っていないのではないか?」
「そうだな・・・正直横になりたい。そうしたら、起き上がれる気がしないが・・・」
「そこは任せてくれ、恩は返す」
「そうか・・・頼む」
ソリア訓練兵、驕りの無い自信を秘めた、頼りになる人のようだ。
私は防具も脱がず、ナップサックを枕に、眠りに落ちていく。それはもう、一瞬で。
ゆえに、目が覚めた時には、少し居眠りをしてしまったくらいの感覚しか無かった。すぐにでも寝直したいところなのだが、気になる点がいくつかある。
まず、人の動く音がしない。具体的に言うなら、足音や鎖帷子の揺れる音など、エトセトラ。静か過ぎるのだ。
次いで、寒い。焚き火の明かりを目蓋越しに感じない。焚き火が絶やされることなどあり得ない。
極めつけは、誰かが私に回復魔法を掛けた痕跡というか、他人の魔力の残滓、ちょっとした異物感があることだろうか。
「・・・」
私はゆっくりと身体を起こし、周囲を見回した。やはり、どこもかしこも焚き火が消えており、月明かりだけが薄霧の垂れ込む砦内を照らし出している。月の位置からして、深夜は回っているようだ。
それと、耳を澄ませても聴こえてくるのは寝息ばかり、そう皆眠っているのだ。
明らかに異常事態である。不寝番無しに全員が寝るなど、御法度なのだから。というか、全員寝ているのなら誰が私に回復魔法を掛けたのか。ふと、枕代わりのナップサックを目をやると、白い塊が丸まっていた。シュムである。寝ているようだ。
「まさか・・・シュムが?」
いや、それは無い。魔法は人間にのみ扱えるものなのだから。誰かが善意で掛けておいてくれたのだろう。
私は立ち上がり、周辺を見て回ることにした。まずは我が隊の面々だが、相変わらず器用な寝方の喧しい娘共はともかく、ソリア訓練兵は座ったまま寝ている。肩を揺すったが起きる様子は無い。寝息は発てているから、死んでもいない。まったくもって、不可思議な状態である。
「・・・眠らされている?」
そんな仮説に思い至ったその時、建物への進入口がゆっくりと開かれ始めた。
アタオ達ではない。何故なら、彼らはそこで寝ているのだから。
地面に伏せ、様子を窺っていると、建物から人影が現れた。フードを目深に被ったローブ姿の不審者である。カンテラ片手にやって来た不審者が空いている左腕を前に翳すと、進入口の奥から木の根っこのような物が、まるで自由意思でもあるかの如く、伸び出てきた。
そして、その根っこは値踏みでもするように訓練兵の間を這い回り、やがて、ある人物の前で止まった。アシャ訓練兵である。木の根っこは、アシャ訓練兵の胴に巻き付こうとしている。
このまま泳がせれば、あの不審者の目的が判る。だが、臨時分隊長として隊員への攻撃を看過は出来ない。
私は立ち上がり、伸びきった木の根っこを長剣でもって切り捨てた。
「・・・おや?」
不審者は、驚きはしたものの、慌てる様子は無い。むしろ、どこか愉快そうにフードを取り、素顔を晒した。壮年の身綺麗な男である。
「まさか、ドゥジャ香が効いていないとは・・・おかしいですねぇ、これ高かったのですが。不良品・・・というわけでも無さそうですし、おかしいのは貴方というわけですな」
カンテラと思われたものは、どうやらある種のお香だったらしい。
「貴様のような輩に、おかしいとは言われたくないな・・・さて、色々と聞きたいことがあるのだが、良いかな?」
「ええ、本日は月が綺麗ですからね。可能な限り、お答えしましょう」
「まずは・・・この根っこのようなものは何だ?」
「とある高貴な御方の意思とでも申しましょうか・・・要するにお手てです」
「・・・そのお手ては、私の仲間をどうするつもりだったんだ?」
「え~端的に言えば、食べます。ムシャムシャではありませんので、ご安心を」
「ほぅ・・・興味深いな。さてと、貴様の名前を聞いてなかったな?」
「名前は・・・個人情報なので、御許しを」
「おっさんの個人情報に価値は無いだろう?」
「では、名乗らなくてもよろしいかと?」
「・・・確かに」
「ああ、あれですな? 呼ぶのに困るというのですな? それでは・・・変人さん、で」
「・・・よし、捕まえるから、そこに直れ」
「ははっ、予定が詰まっておりますので、ぜひ貴方にはご退場願いたい」
仮称変人さんが両手を翳すと、新たに四つの根っこが現れた。
「さあ、お覚悟・・・」
根っこが動き出す前に、私は炎の円盤を各々かつ同時に放った。
四つの根っこが炎上し、変人さんも少々困惑している。
「おやおや、これでは叱られてしまいますねぇ。貴方が強いのは、個人的には嬉しいのですが・・・」
「・・・ん?」
「失敬!」
変人は踵を返すなり、一目散に建物の奥へ消えていった。
「・・・」
袋の、鼠なのですが。なので、皆を起こしてから追跡しよう。
私はまず、ターヤ訓練兵の元へ行き、回復魔法を掛けてみた。推測では、これで目が覚めるはずだ。
程なくして、ターヤ訓練兵が大あくびと共に目を覚ました。
「あら・・・夜這い、ですかぁ?」
「違う・・・うちの隊員に回復魔法を掛けてくれ。それと第一種警戒態勢だ」
「はい? ・・・第一種って、敵襲?」
「任せたぞ」
私は各隊の回復担当を起こして回り、同様の指示を出していった。それから、満を持して変人の追跡を開始した。
建物内は真っ暗闇なので、掌に炎を現出させ、進んでいく。
一本道を歩いていくと、広間兼食堂に辿り着く。ここから、各種施設へと道が別れるのだ。
さて、奴はどこへ消えたのか。足元を照らすと、点々と液体が零れたような跡が、一階の奥へと続いていた。これは、私が斬り捨てた根っこの樹液的なものである。これを辿った先に、奴はいるはずなのだ。
痕跡を追っていくと、武器庫らしき場所へ続き、その最奥の壁で行き止まりになった。
仕掛け扉なのだろうが、丁寧に解いている暇は無い。壁を炎の円盤で爆破すると、奥に螺旋階段があった。隠された地下への階段、おそらくは地下牢だろう。
階段を降りていくと、そこは案の定、地下牢であった。しかも仰々しく、篝火が焚かれていた。
「いやあ、間々なりませんなぁ。わざわざ誘い込んで殺して差し上げようと待っておりましたのに・・・逃げる準備が整ってしまったではないですか!」
部屋の中心にもまた、変人が仰々しく待ち構えていた。
「ほう、そこの大穴の事か?」
変人の背後には、バカでかい穴が空いていた。穴というよりも、坑道と言った方が正しいかもしれないが。
「ええ、高貴なる御方は既にお帰りになりました。残念でしたね?」
「そうか・・・ならば、貴様の身柄くらいは押さえないとな?」
「残念、私も帰らねばなりませんので、後はこの二人に任せます」
篝火の陰から、二人の人影が現れた。フードを目深に被り、変人のお仲間なのがすぐ判る。
「では、お楽しみを!」
耳障りではない高笑いを上げながら、変人は坑道の中へと消えていった。
「待て!」
後を追いたいところだが、当然奴の部下が私の行く手を遮って来る。
「邪魔だ!」
手っ取り早く斬り捨てようと、肉薄したその時、敵に変化が現れた。
ローブの背面を突き破り、新たに二本の腕が生えて来たのだ。驚いている暇も無く、二人の敵、八本の腕が私に殺到してきた。
まあ、燃やすけどね。
炎を噴出させて、片方を制し、もう片方に斬り掛かる。いくら腕が増えようと、斬り落とせば問題あるまい。
敵は新たに生えた腕を交差させ、我が剣を受け止めようとしている。笑止、自慢のお手てには退場願おう。
私が振り下ろした剣は、岩を叩くような音と共に、敵の腕で受け止められてしまった。
「・・・なん、だと!?」
攻撃を防がれ、隙だらけな私の腹に、敵さんは本来の拳を叩き込んできた。
これがまた重たい。勢いの付いた丸太を腹にもらったようである。私は敢えて踏み留まらず、勢いのままに吹き飛ばされた。この方がダメージを受け流せるのだ。
受け身をとって起き上がり、再び敵と相対すると、奴らは先程より二回りほど、巨大化していた。
ローブが千切れ、露になった敵の姿は、灰色に硬質化した肌と隆起した肉体、肉食獣の如き顔形。私は、それを知っている。
「・・・ユマン、だと?」
西の怪物、不倶戴天の敵、人を超えたとされる存在、ユマン。その一種にとても似た容姿をしている。
奴らは、ユマンになったのか。それともユマンが人に化けていたのか。どちらにしろ、聞いたことの無い例である。
とはいえ、目の前に二体のユマンが居るのは事実である。これは、面倒なことになった。どうしたものかと思案していると、螺旋階段から人が現れた。
「ナディット!」
「ナディット殿!」
クリメルホとアタオ、そろそろ来なければ、しばいてやると考えていた。
「失態だぞ、貴様ら! 対ユマン戦法用意!!」
『おう!!』
二人とも、内心ユマンの登場に面食らっているようだが、動きに迷いは無い。アタオが突撃を敢行し、私とクリメルホが後に続く。
アタオがユマン二体とぶつかり、動きを止める。そこを仕留めるのが我々の仕事だ。
「クリメルホ、奴ら硬いぞ?」
「誰に言っている・・・お前こそ、やれるのか?」
「少し不安だ、仕留め切れなかったら、カバーしてくれ」
「ほざけ」
「お二人共、今ですぞ!!」
八本の腕と力比べするアタオの肩を踏み台に、我々は跳び上がる。
クリメルホは二本の長剣でもって、ユマンの首を鋏のよいに切り落とした。
私は炎を現出させてから、拳を握り、アッパーカットでもって文字通り顎を砕き、口内にて炎を爆散、顔面を炎上してやった。
「ほらみろ、カバーなどいるまい」
「思いの外、高揚していたらしい・・・あ、黒幕が坑道で逃げているのだった」
「ならば、追いますぞ!!」
我々を肩に担ぎ上げ、アタオは馬並みの速力で猛追し始めた。しかし、坑道に踏み込もうとした瞬間、爆発音と共に坑道が崩落し始めてしまった。土煙の向こうで、変人が高笑っていた。
「ははは、やはりモドキでは足止めにもなりゃしませんな! なので、これにて閉幕と致します!!」
「待て、変態!!」
「変人さんですから! 仮称とはいえ、お間違い無きようー!!」
そんな叫びを最後に、坑道は完全に埋め戻されてしまった。