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第4章 ある日森の中

 分隊結成から三日後、カシューンに赴任してからちょうど一週間となるこの日、遂に監督官からあの命令が下されることになった。

「喜べ、砦に籠りきりの貴様らにハイキングのプレゼントだ。本日午後より、貴様らには東境界砦へと強硬偵察を敢行してもらう。使用するルートは三つ、それぞれ二分隊ずつ、先発、後続に分かれて移動するのだ。先発は第一から第三分隊が担いように。さあ、すぐに準備に取り掛かれ!」

 そんなこんなで、我々は今、東の森の崖沿いの道を、第三分隊の後続として西へと移動している。

 先頭はユリエノ、サルコ組、中はシャンテとターヤ、殿を私とアシャ訓練兵という形である。

 それにしても、我が隊の空気は最悪なものに成りつつある。事の発端は、分隊長があのアシャ訓練兵の奇跡の勝利は絆の勝利であるという発言だった。さりげなく、いや無自覚なのか、自分や副官も頭数に入れてしまったせいで、女性陣から大顰蹙を買ったのだ。

 それに加えて、副官がやらかしてくれた。分け隔てなく治療していたターヤ訓練兵に対し、何を勘違いしたのか、自分に気があると思い、迫ってきたというのだ。結果として、副官は玉砕。ターヤ訓練兵は、隊の風紀を著しく損ねる行為だと監督官へ上告し、彼は厳重注意の末、次やったら最前線送りの権利を授かったらしい。誘惑作戦やっていた奴がどの口でと思わなくも無いが、笑顔のまま激怒していたので、コメントは差し控えておいた。

 そんなこんなで、我が隊は分隊長派と女性陣との間に確かな溝が生まれてしまったのだ。回復魔法の使用拒否、日常会話の拒否等々、意思疏通は私を介さなければままならないのだから深刻である。私が鼻摘み者になっていたはずなのに、今では仲介役なのだから笑えない。分隊長は、この先どうやって事態を収拾するつもりなのだろうか。

 私なりの方法を、ぼんやりと考えていると、後ろを歩くアシャ訓練兵が私の腕に急に掴んできた。

「何だ?」

「ごめん、足滑らせて、咄嗟に掴んじゃった・・・」

 そう言うアシャ訓練兵の顔は真っ青である。仕方ないか、足を滑らせれば崖から真っ逆さまなのだから。声も出せないほど恐怖したのだろう。

「だから、崖側を歩くなと言っただろう?」

「この道、崖へ斜めってるじゃない!! ああ、もう、腕とか掴ませなさいよ!」

「断る」

「ヒドイッ!?」

「・・・はぁ、ベルトに縄を通すから、それを自分のベルトに結ぶといい」

「え、良いの?」

「ああ、腕を掴まれているより助けようがあるからな。あと私の前に来い」

「・・・ありがとう」

 縄を結び終えたところで、私は注意事項を伝え忘れていることに気付いた。

「そうだ、君が落ちた時は助けられるが、私が落ちた場合は一緒に落ちることになるから、そのつもりで」

「え? そうでしょうね」

「・・・折り込み済みだったか」

 何だか、一本取られた気分である。

「あのね、解らない事があるの」

「何だ?」

「監督官は何故、私達にこの任務を与えたのかしら? これって訓練なの?」

「推論を語ることしか出来ないが?」

「ええ、大丈夫よ」

「ふむ・・・厳密に言えば、これは訓練ではない。実戦だ」

「じ、実戦!? どういうことなの?」

「数日前、監督官が初めてこの任務の事を口走った時と任務の内容が変わっていることは気付いているか?」

「全然・・・」

「はぁ・・・最初は伝令と言っていたが、今回は強硬偵察に変わっていた。それはつまり、最悪の状況が想定されるということだ」

「最悪の状況って?」

「・・・東境界砦は、何らかの理由で壊滅した可能性が出てきたということだ」

「はい!?」

「いちいち大袈裟な反応するな・・・私たちがデーベラウに襲われた、あの日以来、東境界砦から定時報告が来ていないらしい」

「ということは、デーベラウが砦を襲ったの?」

「いや・・・むしろデーベラウは、砦が機能していないからこそ、この森に現れた可能性が高い。砦は外獣の侵入を防ぐ為のものだから、奴自体に突破されたというのは考え難いからな」

「へぇ・・・あれ、そこへ向かう私たちって滅茶苦茶危険なんじゃない?」

「ああ、だから実戦だと言ったろう? この森は、デーベラウなどの外獣で溢れているかもしれないわけだからな。ちなみに、この隊列はリスクの分散が目的だろう」

「そんなぁ・・・監督官は何で私たちみたいな訓練兵にこんな事を?」

「考えてみれば、明快だ。カシューンでの戦力は、カシュンガル駐留軍、短期訓練兵団、長期訓練兵団、東西南境界砦駐留軍だが、まず東境界砦駐留軍は目的地だから削除、西南境界砦駐留軍も最前線なので削除、カシュンガルの防衛が最優先ゆえにカシュンガル駐留軍も削除、そして短期訓練兵団はすでに赴任地が決まっている部隊だから損耗させるわけにはいかない。つまり?」

「・・・私たちしかいないってわけね」

「監督官もギリギリまで避けてきた手なのだろうがな。五日も連絡が途絶えれば、東境界砦に異常があるのは明白。早いうちに偵察が必要だが、要請したであろう南部方面軍本隊からの増援が到着するのは一週間後になる。今日が妥協点だったわけだ」

「そんな状況だったなんて・・・でも、監督官はその事を口にしないのは何故?」

「はぁ? 新兵に必要以上の圧力を掛けてどうする? 切羽詰まっているなんて言ったら、全体が浮き足立つからな。いつものトンでも訓練だと思わせた方が良い」

「うぅ・・・私も聞かなければ良かった」

「高慢チキンだものな・・・」

「うぅ・・・待って、今何て言った?」

「態度が高慢なくせに、根はビビり。称して高慢チキン」

「くっ・・・言い得て妙で怒れない」

「まあ、警戒は怠るなというわけだ」

「はぁ・・・気が重い」

 カシュンガルから東境界砦までは、大体三時間掛かる。問題が待ち構えているであろう砦までは、他に何事も無ければ良いのだが。

 そんな私の願いは、崖上から落ちてくる小石によって打ち砕かれた。

 見上げると、日の光を遮るような大きな影が落下してくるのが見えた。落石ではない、生き物のシルエットだ。

「伏せろッ!!」

 私は叫び、その場に伏せながら目の前のアシャ訓練兵の足を引っ張り、転ばせた。

 少し前を歩いていたシャンテ、ターヤ訓練兵らは、状況が分からないながらも、私の言葉に反応し、その場にしゃがんだ。

 ただ、さらに前の分隊長らには、叫び声を上げたという事しか伝わらなかったらしく、振り返るのみであった。

 そして、次の瞬間、大きな影は棒立ちのサルコ副官を捕らえ、そのまま遥か崖下の森へと消えていった。

 いったい何が起きたのか、目に残る金色の毛並みが、答えを教えてくれる。今のは、デーベラウだ。

「サルコッ!!」

 我に返ったユリエノ分隊長は、急いで崖下を覗き込み、悲痛な叫び声を上げた。

 皆が茫然とする中、アシャ訓練兵だけが勢い良く立ち上がった。

「何するのよ!?」

 私に抗議する為に。

「上からデーベラウが襲ってきたんだ。サルコ副官が持っていかれた」

「・・・え?」

 鼻血が出ている彼女に回復魔法を掛けてやりながら、私は分隊長へと呼び掛けた。

「分隊長、先へ進もう! ここでは抵抗出来ない!」

「・・・奴が、まだ生きているというのかい?」

「可能性は高いさ、ここで待ち伏せていたのだから! 早くしないと奴が戻ってくる!」

「あ、ああ・・・」

 何とか分隊長を焚き付けて、移動を再開した。崖沿いの道から高原へと道が変わると、部隊に混乱が拡がり始めた。

「ちょっと、分隊長! どうするつもりなのさ!!」

 シャンテ訓練兵が分隊長の胸ぐらを掴み、詰問する。

「そんなこと言われても・・・そ、そうだ、ナディット達はどうやって逃げ切ったんだい?」

「・・・大量のヤブーを、足止めに使った」

「そんな・・・ヤブーなんてこの近くには・・・」

「あっ! 皆さん、あれを見てください!!」

 ターヤ訓練兵が突然声を上げたので、その指差す方向を注視した。

 そこには、高原に一本だけ笠を広げる大樹とその幹に寄り掛かるようにして座る人の姿があった。

「あれは、第三分隊の方ではないでしょうか?」

 確かに、王国軍制服の赤と装甲の反射光のようなものが見える。だが、様子がおかしい。

「・・・分隊長、行ってみよう」

「あ、ああ・・・」

 駆け寄っていくと、新たな事実が判明した。他に、二人ほど訓練兵が倒れていたのだ。かなり出血していて、脈は確認出来なかった。ただ、遺体は多少損壊していたが、第三分隊の一員であることは確認することが出来た。顔に見覚えがあったのだ。

 それから、あの大樹の幹に寄り掛かる訓練兵の元へ向かった。

 私は、その人物が誰か、すぐに判った。初めての分隊戦、相対した手練れの女性訓練兵である。

 彼女は片足を失いながらも、長剣を握りしめたまま、事切れているように見えた。彼女の様な手練れでも、このような姿にされてしまうということは、やはりデーベラウに襲われたのだろう。

 一応、脈を確認しようとしたその時、彼女の腕が僅かに動いたのを目にした。まさかと、彼女の口元に手を翳すと確かな呼気を感じられた。

「ターヤ訓練兵、回復魔法を! まだ息があるぞ!」

「はい、任せてください」

 ターヤ訓練兵は、デーベラウが現れた時や、同輩の遺体を見ても、取り乱す事は無かった。だからと言って、彼女が何も感じていないわけではない。現に顔色は病人のようであり、女性訓練兵に触れる手も震えている。通常の兵士以上に、冷静さを求められる衛生兵を目指すだけあると素直に感服する。

「任せたぞ」

 さて、問題は取り乱しまくっている奴らだ。焦燥感に駆られたシャンテ訓練兵とユリエノ分隊長が口論になっている。彼らはどちらも打開策が欲しいのだろうが、これでは建設的に話せない。この状況で、手をこまねいている暇は無いのだ。

 私は二人の間に割って入り、言うべきか迷っていた言葉を口にした。

「・・・二人とも、私に考えがある」

「考えって?」

 シャンテ訓練兵が、憮然と聞き返してくる。

「デーベラウを迎え撃つ」

「ちょ、ちょっと待って。僕らだけで奴を倒すつもりなのか?」

 ユリエノ分隊長は、恐怖に凍りついた顔で、こちらを見詰めてきた。

「倒すのは難しい。だが、撃退することは出来るはずだ。それこそ、貴様の言った通り、仲間で力を合わせればな」

「そ、それは・・・そんな事より、逃げた方が良い!」

「すぐに追い付かれる、それにこちらには怪我人もいるからな。私が指揮を執る、何も考えず、指示に従え」

「っ・・・判ったよ」

「シャンテ訓練兵はどうする?」

「・・・どう、迎え撃つのさ」

「魔法を使う。貴様と分隊長は放射型、私が変化型で牽制し、アシャ訓練兵でダメージを与えていく」

「待ってよ、デーベラウには魔法耐性があるんだよ!? それにアシャちゃんは・・・」

「問題ない、二人はデーベラウの接近を警戒しておいてくれ。私はアシャ訓練兵と話してくる」

「ちょっと!?」

「異論は認めない、従え」

「ああ、もう!!」

 私は御立腹のシャンテ訓練兵を置いて、アシャ訓練兵の元へ向かった。彼女は、同輩の遺体の目を、丁寧に閉じてやっていた。

「意外だな、貴様が一番取り乱すと思っていたが?」

「残念だったわね・・・人が死ぬのには馴れているもの。でもこういうのは駄目ね、見ていられない」

 人の死に馴れている、その言葉には引っ掛かりを覚えたが、今はそれどころではない。

「仲間の弔い、感謝するアシャ訓練兵。だが今は、一人でも多くの仲間を守る為、力を貸して欲しい」

「・・・私の?」

「ああ、そうだ。奴を追い払うには、貴様のイカれた魔法が必要だ」

「ふぅ・・・」

 アシャ訓練兵は立ち上がると、こちらを振り返り、不敵な笑みを浮かべて、無い胸を張った。

「しょうがないわね! 私の本気を見せてやるわよ!!」

 目尻に光るものは、見なかったことにしておこう。

「ナディット! 来た!!」

 シャンテ訓練兵が我々の歩いてきた方向を指差した。

 そこには確かに、金色の毛玉が、我々目掛けて駆けてくる姿があった。

「行くぞ、アシャ訓練兵。貴様を英雄にしてやる」

「望むところ!!」

 私はターヤ訓練兵を除く面々を集め、隊伍を組んだ。前衛にシャンテ訓練兵とユリエノ分隊長、その後ろに私、さらに後ろがアシャ訓練兵だ。

「私の号令に従い、魔法を放て。誤差は許さん、失敗すれば食い千切られると心せよ!!」

 先ずは、私からだ。接近するデーベラウに対し、変化型魔法を放つ。両手に炎を現出、それらを円盤型にし、同時に放つ。円盤はカーブを描きながら、デーベラウを側面から襲う。 

「オオォォォ」

 衝突すると小爆発が起きるのだが、鳴くだけで、損傷を与えられているようには見えなかった。それでも、間近に迫るまで、休まず放ち続けていく。たとえ損傷を与えられずとも、生物として炎を忌避する習性を利用し、前衛に誘導する為である。

 そして、デーベラウが前衛に肉薄してきたところで、私は次の号令を出した。

「放射!」

 シャンテ訓練兵とユリエノ分隊長の火炎が、デーベラウの剥き出しの顔目掛けて、放射される。

 デーベラウの顔は、毛に覆われていないから魔法は有効であり、見事怯ませることに成功した。

 そして、前衛の放射が終わる瞬間、キツいのをお見舞いする。

「ダート!!」

 アシャ訓練兵の炎のダートが、見事な軌道に乗って、デーベラウの額へと突き刺さる。

 次の瞬間、デーベラウの顔面は、岩をも粉砕するイカれた爆炎に包まれた。

「オオォォォッ!?」

 流石のデーベラウでも、悲鳴のような音を漏らしながら、背後へと跳び退いた。

 面白いことに、顔面近くの毛が焦げていた。やはり、不燃樹液を貫通するイカれた熱量はデーベラウにも通用した。こちらにも焼けるような熱波が伝わってくる。

「効いているぞ! この調子で追い払え!!」

 その後も二回、デーベラウの突進を同じ方法で阻止することが出来た。だが中々、奴は逃げようとしない。こちらはアシャ訓練兵以外、魔法の使用限界が近い。次のアタックで逃げてもらわねば、後が無い。

 そして、その時はやって来る。再び突進してくるデーベラウを円盤で誘導し、放射で足を止める。最後にダート、しかし、放たれたダートは空を切った。デーベラウはその場で跳び上がり、回避したのである。

 奴は、学習し、対応したのだ。鋭い牙を剥き、前衛へと食らい掛かろうとする。

 まあ、その時の為に、私は矢を引き絞って備えていたのだが。

 私が放った矢は、デーベラウの右目を射抜き、錯乱した奴は変な体勢で地面へと落下した。これは、追い込み時である。

「前衛下がれ! アシャ訓練兵、放射だ!!」

 アシャ訓練兵の両手から、巨大の火の柱が二本、現出する。それに巻かれたデーベラウは生きたまま茹で上がる体験をし、堪らず林の中へ逃げ去っていった。

「・・・お、終わったの?」

 アシャ訓練兵が心配そうにこちらを窺ってきたので、私は大きく頷いた。

「よくやった、我々の勝利だ!」

 勝鬨と行きたいところだが、少人数だと恥ずかしいだけなので止めておこう。何より、負けてないだけだ。

 各員に賛辞を送りつつ、ターヤ訓練兵の様子を見に行く。負傷者の容態が気掛かりだ。

 ターヤ訓練兵は、安堵したような笑みで、迎えてくれた。

「お疲れ様です、ナディットさん。手に汗握らされたせいで、手汗を心配する羽目になりましたよ?」

「ふっ、それは悪いことをした・・・それで、容態は?」

「先程、意識が戻りました。ただ、私の実力では止血と血液増産を助長するのが精一杯でして・・・」

「動かせそうか?」

「・・・難しいですね。体力の低下が著しいので、その・・・」

 ターヤ訓練兵が言い淀んでいるのは、負傷者を配慮してのことだろう。言わば彼女は、ターヤ訓練兵が回復魔法を掛け続けているから命を取り留めているのだ。動かせば、命は無いし、魔法が切れても死ぬ。この負傷者の結末は、既に決定しているのだ。

「むぅ・・・」

 表面上は、である。

「第三分隊の同輩よ、君はこのまま死を受け入れるか? それとも、死ぬかも知れないけど、生きられるかもしれない措置を受けたいか?」

 彼女は僅かに顔を上げ、かすれる声で呟いた。

「・・・ここでは、死ねない」

「・・・分かった」

 私は踵を返し、シャンテ訓練兵に抱き締められて窒息しそうなアシャ訓練兵の元へ走った。

「借りていくぞ」

 シャンテ訓練兵からアシャ訓練兵を奪取し、彼女に周辺の警戒を命じてから、私は負傷者のところへ戻ってきた。

「・・・あれ? ちょっと、何で私、ナディットに抱き抱えられているの!?」

「人助けだ、英雄殿」

「・・・へ?」

「やるぞ、回復魔法」

 私の思い付いた下策、それは大魔力での強制回復である。

「えぇっ!? 分かってるでしょう? 私が掛けたら弾け・・・」

「掛け無くても、どのみち死ぬ。本人の意思だ。指示は出す、やってみせろ」

「無理よ、こんなの・・・出来っこない!!」

 面倒だな、とっととやれと叱責したくなるが、動揺させてしまうので駄目だ。ここは、不服だがおだてておこう。

「さっきの戦い、君は魔法の制御が出来ていたじゃないか?」

「それは、無我夢中で・・・」

「いつもなら、無我夢中だと暴走していただろ? 君は成長することが出来たんだ。やれるさ、デーベラウを前にしても退かなかった、アシャ訓練兵なら」

 我ながら、蕁麻疹が出そう程のヨイショである。

「よっ、心にも無いことを~」

 ターヤ訓練兵が、台無しな合いの手を投げつけてきた。

「おい、状況考えろ・・・」

「我慢出来なくて・・・つい☆」

「貴様ぁ・・・」

 好きにしてという手紙付きでシャンテ訓練兵に送りつけてやろう、と決心したその時、笑い声が漏れ聴こえてきた。

 笑い声の主は、アシャ訓練兵であった。

「ありがとう、ターヤ。お陰でナディットが恥ずかしい事に本心を言ってるって判ったよ」

「うふふ、お役に立てて良かったです」

 したり顔でこちらを窺うターヤ訓練兵。まさか、助け舟だったとは。

「やるよ、ナディット。指示を出して」

「ああ・・・まずは、負傷箇所の近くに手を当てて、それから少しずつ、回復魔法を掛けていくんだ」

「ええ・・・・・・ナディット、回復魔法って、どうやるの?」

「え、そこから?」

「だって、使わないと思ってたから・・・」

「はぁ・・・だよな。そう難しくは無いさ、魔力を相手の身体に流すだけだ。体温を分け与えるようにイメージすると良い」

 ちなみに、火炎は体温で発火するイメージだ。

「体温を・・・分け与える」

「・・・よし、出来ているぞ、回復魔法だ」

 何とか大前提はクリアしたので、ここからは補助に入る。

「ターヤ訓練兵、負傷者の右肩を押さえてくれ。私は左肩を押さえる。暴れだすぞ」

「分かりました」

「それから、回復魔法でアシャ訓練兵の魔法から心臓を保護して欲しい。私は脳を守る」

「はい、お任せあれ」

「アシャ訓練兵、合図を出したら全力の半分くらいの魔力を一気に流し、それを維持してくれ」

「分かったけど・・・大丈夫なの? 暴れだすとか・・・」

「損壊部の再生は、かなりの激痛だそうだ。私は脳を破壊しうる痛みの信号を抑え、ターヤ訓練兵が回復の不可から彼女の心臓を守る。後は君が魔力の調整を上手くすれば成功するはずだ」

「はぁ・・・一つ貸しだからね」

「ああ、引き受けよう。ターヤ訓練兵、魔法の展開を・・・確認した。私のも機能している・・・アシャ訓練兵、やるぞ」

「・・・いつでも」

「・・・今だ!」

「ふんっ!!」

 気合いと共に、アシャ訓練兵の魔力が負傷者の身体を駆け巡る。すると、彼女の失われた足の傷口に変化が生じ始めた。

 骨が伸び、個々のパーツに分かれ、足の形になっていく。骨が再生したところへ神経や血管、筋肉などが絡まりながら爪先へと向かっていく。

「・・・がはっ!?」

 神経が走るのと平行して、過剰な成長痛が負傷者を襲う。脳の細胞を焼き切るような神経伝達を、私が精一杯緩和し続ける。それでも激痛には変わり無いので、激痛のあまり暴れだした負傷者を押さえ込むのも忘れない。アシャ訓練兵の感情を刺激し、魔力の制御を謝れば、徒花を咲かせることになってしまうからだ。

 必死に押さえ込むこと、半刻、負傷者が暴れるのを止めた。いや、彼女はもう負傷者ではない。足の完治した、ただの疲労者だ。

「で、出来たぁ・・・」

 アシャ訓練兵は、両手を上げて、仰向けに倒れ込んでしまった。

「アシャ訓練兵!?」

 顔を覗き込むと、彼女は寝息を発てていた。魔力切れなのか、緊張の糸が切れたのか、反動で寝てしまったようだ。

「お疲れ様・・・英雄」

 彼女は、本日二度も快挙を成し遂げた。成長したのは、間違いないのかもしれない。

「な、ナディットさん~」

 ターヤ訓練兵の声がしたので振り返ると、彼女は目を回していた。もう、ぐわんぐわんである。

「ま、魔力が切れました~。すみませんが、気絶します~」

「ああ、お疲れ様」

「はい~」

 そのまま彼女も、仰向けに倒れ込み、寝息を発て始めた。最初はただの怠け者なのかと思ったが、なかなかの働き者だったらしい。腐っても医療従事者志望ということか。

「・・・感謝、する」

 不意に、第三分隊の同輩が口を開いた。

「感謝はそこで倒れている、アシャ訓練兵とターヤ訓練兵に捧げてくれ・・・水は飲むか?」

「・・・いる」

 彼女の王国軍携帯用従軍袋、つまりナップサックからダラクア入りの水筒を取り出し、手渡した。竹筒を皮袋でカバーしてあり、保温性に優れた品物だ。

「・・・美味い、生きてる」

「そうか・・・私はナディットだ、君は?」

「・・・ソリア」

「ソリア訓練兵・・・何があったのか聞いても?」

「・・・ここで休憩中、デーベラウに奇襲された。二人は助けられなかった、私の相棒も・・・」

「そうか・・・残りは?」

「私が囮になって、逃がした・・・けれど、私がやられた後、奴が追っていったから、恐らくは・・・」

「了解した・・・すぐに移動するが、今は寝ておくと良い。それと、君の仲間を置いていくことを謝罪しておく」

「感、謝・・・す」

 彼女の瞳はゆっくりと閉じ、やがて寝息を発て始めた。朦朧としている中で、よく報告してくれたものだ。

 さて、これで移動する事が出来る。一刻も早く移動しなければ、デーベラウが戻ってくる可能性がある以上、迅速さが大切である。

 意識不明者が三人となると、私とシャンテ訓練兵、そして分隊長が運ぶことになるのか。まともに戦える状態ではないな。

「お~い! ナディット、大変だぁ!!」

 一先ず、二人を呼ぼうと結論を出したその時、シャンテ訓練兵が駆け寄ってきた。

「まさか、もうデーベラウが?」

「違う違う、あの分隊長がいなくなったの!」

「何、分隊長が?」

「あの野郎、一人で逃げやがったんだ・・・コロス」

「待て待て、今一人で逃げるメリットは無いはずだ。満身創痍だが、我々と共に居た方が生存率は高い」

「錯乱して判断能力が無くなったのかも?」

「デーベラウを追い払った直後にか?」

「じゃあ、何なのさ?」

「分隊長の性格上・・・行ったな」

「どこに?」

「サルコ副官を捜しに」

「え、でも・・・」

「確かに、助かる見込みは薄いが・・・相棒だしな、仲間想いを標榜する彼なら、見捨てないだろうな。捜すならデーベラウが弱っている今が好機だし」

「はぁ・・・まあ、気持ちは分からないでも無いけど、黙って消えるのはマズイでしょ?」

「ああ、脱走扱いだな。だが、我々が口裏を合わせておけば大丈夫だ」

「あいつを擁護するつもりなの? あんた、散々言われてたじゃない」

「擁護ではないな、彼は形式的には我々の指揮官だから、我々は如何なる状況でも付いて行かねば、こちらが脱走兵になってしまう」

「ああ、そっか・・・面倒だな、もう」

「我々を逃がす為に、みたいな美談を報告してやろう・・・ああそれと、私を散々罵っていたのは、君もだからな?」

「あはは・・・それよりさ、早く砦に向かわないと! 陽が暮れちゃうな~」

「はぁ・・・とりあえず、私はソリア訓練兵を運ぶから、アシャ訓練兵とターヤ訓練兵を・・・」

「あぁ・・・最っ高のシチュエーションだけど、流石に二人担いで行軍は出来ないよ」

「はぁ・・・なら、ソリア訓練兵を頼む」

「はいよ~」

「ああ、その前に二人を担ぐのを手伝ってくれ。まずは、重そうなターヤ訓練兵を背負ってから・・・」

「・・・チクってやろう」

「そういう意味じゃない。アシャ訓練兵と比べた場合を述べたまでだ」

「判断基準について話し合おうじゃないか!」

「断る、早く手伝え」

「へ~い・・・」

 シャンテ訓練兵の手を借り、まずターヤ訓練兵を背負ってから、腕にアシャ訓練兵を積載した。私のナップサックは、アシャ訓練兵の上に積ませてもらおう。何だか、既視感のある状態だ。

「この人が、ソリアさん・・・イイネ」

「おい、病み上がりなんだから、慎重に運べ」

「大丈夫、ちょっと匂いを嗅ぐだけだから!」

「・・・おい」

「力がみなぎるの!」

「・・・」

 こいつは、駄目かもしれない。

「さあ、行くぞ」

 出発しようとしたその時、アシャ訓練兵のナップサックが蠢くのを腕に感じた。ゾッとしながらも、そっと覗き込むと、彼女のナップサックから白いウサギが顔を出していた。

 これは、後で詰問せねばなるまい。

「おいシュム、落ちるなよ。落ちたらウサギ鍋だからな」

 シュムは鼻を二回鳴らした後、ナップサックの奥へと消えた。利口なウサギである。

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