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断章 転換点2

 山賊共を拘束していると、アタオ率いる訓練兵団の本隊が予定よりも早く姿を見せた。一足先に、ソリア副官を報告に向かわせておいたので、そのせいかもしれない。

 アタオと話し合い、山賊共も砦まで連行することにした。砦の駐留軍への手土産といったところだ。こうして、山賊を加えて大所帯となった我々は、砦への道を急いだ。日はまだ傾き始めたばかりなのだが、山賊共のせいで進軍速度が落ちている事が原因である。

 早足で林道を抜けると、視界が開け、広大な草原が唐突に姿を現した。ここが西の高原、平地よりも涼しく、気持ちの良い風が頬を撫で、髪を弄んでから吹き抜けていく。

 ここはまだ高原の入り口、砦は遠目に見える湖の傍に建っているらしい。我々は道なりに進みながら、一先ずは陽光をきらびやかに反射する湖を目指す事にした。

 ここまで来ると、流石に疲労の色が濃くなってきており、今朝の行軍時とは違った意味で黙々と歩き続けている。まだ徒歩での行軍に慣れていないからなのだろうが、ここが戦地なら全滅していてもおかしくない程の気の散り様だ。これは、早急に改善していかねばなるまい。どうすれば良いだろうか。

 そんな事を憂慮していると、ターヤ訓練兵が私の隣にやって来た。

「ナディットさん、お話があります」

「ん? 何か問題か?」

「はい、大問題です」

「大問題? まさか、アシャ訓練兵が倒れでもしたのか?」

「いえ、アシャちゃんはなんとか付いて来ていますよ。なんとか」

「・・・何が言いたい?」

「ナディットさん、アシャちゃんがへばっていたのを知りながら、置いていきましたよね?」

「ああ。だが、それは・・・」

「ええ、シャンテちゃんから事情は聞きました。貴方の判断は、合理的で集団の理に敵ったものでした」

「はぁ・・・気は使わなくて良いから、はっきり言ってくれないか?」

「そうですか、では遠慮無く・・・ナディットさんは、薄情過ぎではありませんか?」

「薄情か、否定はしない。隊を預かる身としては、時に非情な決断を・・・」

「いえ、そういう心得みたいなのいらないですから・・・私が言いたいのは、貴方は分隊長で在る前に、アシャちゃんの相棒だという事です。相棒なら、もっと気に掛けてあげるべきではありませんか?」

「・・・気に掛けるとは、具体的にどのような行為を望んでいるんだ?」

「はぁ・・・それは本気で仰っているのですか?」

「・・・何が言いたい?」

「いえ、ナディットさんらしく無い答えだと感じただけです」

「私らしく、とは?」

「私が貴方に抱いた印象としては、ナディットさんは問題を放置せず、むしろ即座に解決しようとする方だと認識していました」

「まあ、そうで在りたいとは思うが?」

「ならば、ご自分の矛盾点に気付きませんか?」

「矛盾・・・?」

「ほら、解っていません・・・問題即座に潰す系のナディットさん、何故貴方はアシャちゃんの問題を放置するのですか? 何故、いの一番に解決しようとしないのですか?」

「・・・むぅ」

 言われてみれば、というやつである。いつからだろうか、私はアシャ訓練兵の事を人任せにする事が多くなっていた。きっと誰かが、カバーに入ってくれると、そう無意識に避けていたとでもいうのか。はっきりとした理由が浮かんでこない。

「・・・まあ、意図している事ではないというのは判りました。ですが、今の状態は端から見れば良くないです。指揮で手が回らないというのなら、他の人と組ませるか、今回の訓練で問題点を改善してあげてください」

「むぅ・・・善処する」

「お願いしますね・・・ですが、慎重に。下手を打てば、前任者の時の様に荒れてしまいますよ?」

 ターヤ訓練兵はそう言い残すと、後方へ下がっていった。

 何の気無しに、深い溜め息が漏れる。これは、雲行きが怪しくなってきた。シャンテ、ターヤ両訓練兵から相棒解消を奨められてしまうとは、我ながら恥ずかしい。

 それにしても、何故私はアシャ訓練兵の問題点を先送りにしていたのだろうか。基礎を教えるくらいなら、炎の形状変化を教えた時の様な機会を設ければ良いだけの事。それがすぐに思い付かなかったということは、私はアシャ訓練兵を指南すること事態を嫌がっている事になる。

 それが何故なのか、頭を悩ませていると、不意にアタオの声が響いてきた。

「皆さん、砦まであと少しです。気を引き締めて行きましょう!」

『オオッーー!!』

 アタオの言葉に、兵団中から歓声が上がる。皆が見つめる方向へ目をやると、先程まで遠くに感じていた湖は目と鼻の先にまで近づき、その湖畔には、石造りの大砦を確認することが出来た。あれが、西の高原の砦。本訓練の目的地である。

 砦の目前まで迫ると、大門が開かれ、男が一人、四人の兵士を引き連れて現れた。

「ようこそ、訓練兵諸君。私は指揮官のベイドだ」

 ベイド指揮官の元へアタオが歩み寄り、握手を交わした。

「兵団の指揮を取っておりますアタオです。この度は訓練の許可を頂き、ありがとうございます」

「いや、礼には及ばない。送り込まれて来る者はあれど、休暇中に自ら乗り込んで来るような者は初めてゆえ、感服している。支援は惜しまないから、存分に鍛練を積んでいくと良い」

「配慮、痛み入ります」

「では、今日はもう休みなさい、もうじき日も落ちる。訓練開始は明朝だ、寝坊はするなよ?」

「拝命致しました。それと御報告したいことがありまして」

「ん? 何だね?」

「道中で賊を捕縛したので、その身柄を引き受けて頂きたいのです」

「賊? おお、聴いていたよりも人数が多いと胆を冷やしていたが、半数以上が賊だったのか! ベッドが足りそうで何より」

「あはは・・・それで、身柄の引き受けをお願い出来ますか?」

「もちろんだとも、素晴らしい働きだ・・・君達、護衛はもう大丈夫だ、すまないが賊の収容を頼む」

 ベイド指揮官は、引き連れていた兵士に賊の収容を命じた。賊は真っ青な顔で、大人しく誘導されていく。王国軍の恐ろしさが余程骨身に沁みたと見える。

「ん? あれは?」

 ベイド指揮官は、賊が運ばされていたモノに気が付いた。

「賊に与していた脱走兵の遺体です・・・あちらも、お願い出来ますか?」

「そうか・・・分かった、こちらで処理しておく」

 しばし神妙な面持ちで脱走兵らの遺体を見つめた後、ベイド指揮官は嘆息し、我々に笑顔を見せた。

「訓練前から苦労をしたようだな。では、宿舎へ案内しよう」

 指揮官直々の案内で、我々は宿舎へと導かれる。とはいっても、造り自体は先日滞在した東境界砦と同じなので特に案内の必要は無いとは言い出せない。それよりも、造りが同じなら、ベッドも兵員で埋まっているのではないのだろうか。

 すると、考えが読まれたかのように、ベイド指揮官が口を開く。

「この高原は他と比べて比較的平和でな。砦には最低限の人員のみで、それ以外の者は近くに家を建てて、暮らしている。そちらの方が、居住性が良いのだ」

 そんなこんなで、寝床を無事に確保した後は、腹の虫が騒ぎ出す。そんな意図も見透かしているかのように、ベイド指揮官は我々に荷を降ろさせ、食堂へと誘った。

「さて、今夜からは我らが自慢の調理班が食事を用意しよう。大いに食らい、喉を潤し、英気を養って欲しい」

 座席で待っていると、ブイグェンで満たされた大鍋が各班に配布された。

 目まぐるしい歓待に戸惑いながらも、皆空腹には逆らえず、ブイグェンを胃に流し込んでいく。瑞々しい野菜と牛肉がふんだんに煮込まれたブイグェンは、実に黒パンが捗る。昼食と比べれば雲泥の差だ。デナポルタと比べてはならない。

 大鍋が空になる頃には、次の歓待が首を長くして待っていた。

「さあ、浴場の準備が整ったぞ。高原の夜は寒い、身体を十二分に暖め、明日からの試練に備えるのだ!」

 ベイド指揮官は、暇なのだろうか。そんな疑惑を抱きながら入浴を済ませ、割り当てられたベッドへと潜り込んだ。

 疲れが噴出したのか、同室の者達は早くも寝息を発て始めている。私もすぐに寝入る、はずだったのだが、様々な考えが巡り、どうにも寝付けない。シャンテ訓練兵やターヤ訓練兵からの進言が脳裏に反響するのだ。

 ベッドで寝返りを打ち続けるのも辟易したので、少し外へ出ることにした。誰も起こさないように忍び足で部屋を脱出し、砦の中庭へと向かう。

 こうしていると、砦に忍び込んでいるかのようで、何となく気分が高揚する。意味もなく見張りの目を掻い潜り、人気の無い外壁の上へやって来た。湯上がりには肌寒い風が、吹いている。

 どこまで気を抜いているのか、外壁の上には篝火が無かった。確かに月明かりだけでも明るいが、これはやはりどうなのだろうか。

 月明かりを頼りに、夜襲気分で散策していると、ふと湖面で何かが動いた様に感じた。

 見てみれば、湖面にはもう一つ満月が浮かんでいた。揺らめく湖面が、月明かりを反射しているのを、何かが動いたと錯覚してしまったようだ。

 それにしても、なんとも雅な光景である。我ながら珍しく、惚けてしまう。そんな頭に浮かんでくるのは、月と太陽の神話。太陽はイグサ=アニサが、月は意外にもマヌワルス神が創造したらしい。

 太陽は、暗黒で満ちていた宇宙を照らす為、最初に創られた星なのだそうだ。その数、十三個。宇宙のあらゆる箇所を照らし出していたのだとか。

 一方の月は、神話の時代の終演と共に、マヌワルス神が創造したという。驚きなのは、それまで夜という概念が無かったという点である。十三個の太陽は、常に星を照らし出し、人間やその他の獣は休む間もなく闘いに奔走させられていたらしい。

 そこでマヌワルス神は太陽を打ち砕き、太陽の数を半分にして、夜を生み出した。生命がゆっくりと休めるように。だが、真っ暗が過ぎるとの折檻が入ったので、マヌワルス神は砕いた太陽の欠片を集め、暗闇を程よく照らす鏡、月を創造した。

 こうして、世界には月夜が生まれ、私がこうして湖面の月を楽しめているというわけである。思い返せば、そんなブッ飛んだ神様をこの身に降ろしたのだから、調子が狂うのも仕方ないのかもしれない。

 精彩を欠く今の自分を、内心せせら笑っていると、不意に肩を叩かれた。

 驚いて跳び退くと、背後にはアシャ訓練兵が立っていた。

「おお・・・珍しく背後を取れたと思ったら、驚かす事も出来たなんて・・・明日は幸運な星の巡りなのかしら?」

「・・・もしくは、最高に不運な目に遭うか、だな」

「うぅ・・・確かに、嫌な予感が拭えないのよね。ほら、今晩の歓迎ぶりからして、今後とんでもない事が待っていそうな気がしてならないの・・・」

「そこは激しく同意するが・・・なら何故まだ起きて

いて、こんなところに居るんだ?」

「それは・・・昼間はダウンしていたから、逆に眠れなくなったというか・・・ナディットこそ、何でここに?」

「同じく、眠れなくてな。湖面に映る月を眺めていた」

「え、何それ? 凄く見たい!」

 アシャ訓練兵は、私の傍らに来るなり、外壁から身を乗り出す勢いで、湖面の月を凝視した。

「綺麗・・・見たこと無いくらい、綺麗な月ね」

「おい、あまりはしゃぎ過ぎるなよ、落ちるぞ?」

「むぅ・・・分かっているわよ」

 アシャ訓練兵は、頬を膨らませながら、数歩後ろへ退いた。

「・・・それにしても、こうして話すのは、何だか久しぶりな気がするわね」

「そうか? 先日、北門通りで後頭部をド突かれたばかりだぞ?」

「そ、それは・・・記憶が無いんだってば・・・うぅ」

「その割りには、心当たりがあるような表情をしているな?」

「えっと・・・気のせい、気のせいよ!」

「おう・・・そうか」

 ここでしばし会話が途切れ、再び湖面の月を眺めていた。そして、ふと私は思っていた事を呟いていた。

「・・・アシャ訓練兵、相棒を変えたくはないか?」

「・・・なるほどね」

 アシャ訓練兵は、得心がいったという表情で、頷いた。

「・・・驚かないんだな?」

「確かに、魔法に関してはポンコツだけど、頭が悪いわけではないのよ?」

「魔法に、関しては・・・ねぇ」

「うぅ、絶対言ってくると思った・・・とにかく、シャンテとターヤの態度がいつもより優しいし、二人と一緒に居た後のナディットが、考え込んでいるみたいだったから。私の事で何か言ってくれたんだろうな、と思ってたの」

「よく気付いたものだな・・・その通り、二人から進言があった。シャンテ訓練兵からは、男女の数が揃ったのだから規則通りに組み直すべきではないのかという疑問。ターヤ訓練兵からは、私が相棒として手を抜いているのではないか、手助けをしないなら誰かと変わった方が良いという助言。どちらも一理あって、本当に悩ましい」

「まったくもう・・・シャンテもターヤも直談判するくらいなら、練習にでも付き合ってくれたら良いのに」

「それは酷というものだろう。慣れてきたとはいえ、君は未だに歩く爆発物だ。万が一暴走した時に、対処するのは不可能に近い。だから、直談判してきたはずだ」

「それじゃあ・・・どうするつもりなの?」

「どうするも何も、それを決める為に聞きたいんだ。アシャ訓練兵、君の意志を」

「いきなり言われても・・・」

「そうなるだろう?」

「・・・うん、確かに。私的には解散するほどでは無いけど、規則を曲げてまで続行するほどの理由も出てこない」

「・・・一度、試してみるか?」

「試すって?」

「明日は君をソリア副官と組ませよう。訓練を経れば、答えが見えてくるかもしれない。それに、私としてもソラリオ訓練兵の力量も確認しておきたいからな」

「・・・分かった、やってみる」

「そうか・・・さて、一応の答えが出たところで、明日のアシャ訓練兵の星の巡りを診てやろう」

「え、星見が出来るの?」

「たしなむ程度だが、吉凶の兆しくらいは判る」

 私は夜空を見上げた。高原だからか、篝火が無いせいか、星々は爛々と煌めき、己の存在を誇示している。

 かつて、イグサ=アニサの領域であった星々は、その領主に因んだ意味を付与される。そして、その巡りで近々の運命が予測出来るのだそうだ。これは、星の位置で方角や季節を知る術を学んでいた過程で、覚えたものである。

「アシャ訓練兵、生まれの季節は?」

「春だけど?」

「春・・・成人してすぐに入隊したわけか」

 現在の位置から、春の季節の方位にある星だけをピックアップしていく。

「これは・・・アニサの領域ばかりだな」

「それって、まさか・・・」

「凶兆だな、明日はこれでもかと酷い目に遭うだろう」

「・・・何だか、色々台無しね」

「まあ、所詮こじつけみたいなものだから・・・もう休むか」

「うん、ふて寝する」

 我々は適当な挨拶を交わして、互いの宿舎へと戻っていった。今度はすんなりと眠れたのは、身体が凶事に備えようとしている為なのかもしれない。



 翌朝、日の出と共に我々訓練兵団は、ベイド指揮官の指示で砦の中庭に集結している。

「おはよう諸君、よく眠れただろうか? 早速だが、君達には訓練の準備として野戦陣地を構築してもらう。場所は、この砦と西の森の中間辺り。資材は倉庫にある、では行動開始だ」

 アタオ指揮の下、我々はすぐさま資材の運び出しに掛かった。王国軍には、野戦陣地を簡単に展開出来る様に不燃樹を用いた構築キットが存在する。不燃樹なのはもちろん、魔法の使用で炎上させない為である。

 本来は荷馬車で運ぶものだが、これは訓練なので自分達で運搬していく。各自大きな丸太を担ぐこと十数分、砦と森の双方を望める場所へと辿り着いた。

 ここからは説明書に従い、丸太を組み合わせていく。作るのは、簡易的な宿舎とそれを囲む防壁、そして森側に造るように言い付けられた防柵。我々第四分隊は、この防柵の設営を申し付けられていた。

 一ヶ所でだいたい六本の丸太を使い、横から見てバツ印に見える様、交互に打ち込んでいく。これは敵の突撃を防ぎ、勢いを削ぐ為のものだが、ここで受けられる訓練とは本当にどのようなものなのだろうか。一風変わった訓練だという噂のみなので、全貌が見えてこない。

 資材の運搬は、ソラリオ訓練兵と三人娘に任せ、私とソリア副官で構築作業を担い、丸太を次々と地面に突き刺していった。この作業、意外と運搬よりも構築の方が重労働である。身の長の三倍はある丸太を抱え上げ、跳躍し、突き刺していくからだ。しかも、細かなズレも許さない繊細さまで要求される。

 とはいえ、設営には慣れている我々ならば、容易く事が運ぶ。結果として、ものの数分で予定の半分を設営することが出来た。半分なのは、持ってきた資材が尽きたからである。

 資材を待つ間、手持ち無沙汰になった私は、ソリア副官に例の件を話すことにした。

「何? 私とアシャでペアを組めと言うのか?」

「藪から棒だが、お願いしたい。今後の連携を考える上で、今回の訓練の内にソラリオ訓練兵の力量を知っておきたいんだ」

「いや、理屈は分かるのだが・・・その、大丈夫か?」

「何がだ?」

「いくら剣技以外は不器用で新参者の私でも、隊内の雰囲気がぎこちない事くらい判るさ」

「気付かれていたか・・・」

「あまり軽んじないで欲しいものだな。私も副官という役割を務める身、貴方の補佐も仕事の内なのだから、遠慮せずに頼って欲しい」

「ソリア副官・・・」

「まあ、私の方が多少年上だしな。というか、存在を忘れられていそうで辛抱ならない!」

「その配慮に感謝する、ソリア副官」

 ソリア副官は、本当に頼れる高潔な人物だ。失念していたとは、口が避けても言えない。

「ならば、少し打ち明けたいことがある」

 私は、現在第四分隊で渦巻いている問題について説明した。全てを聞き終えたソリア副官は、眉間にしわを寄せ、唸り声を小さく発した。

「確かに、難しい状態に陥っているな。うちのソラリオが来たばっかりに、申し訳ない」

「いや、ソラリオ訓練兵に責は無いさ。全ての責は、問題を見す見す放置していた私にある・・・ソリア副官、君はアシャ訓練兵の事をどう見る?」

「アシャか・・・分不相応な力に振り回されている、憐れな娘といった感じだろうか?」

「ふっ・・・まったく、その通りだな」

「まあ、私はその力のお陰で命を救われたから・・・誠心誠意、彼女を支える心構えならあるぞ?」

「そうか・・・先も言ったが、今の私の魔法は出力が安定していない。実を言うと、アシャ訓練兵をサポートするには、少々心もと無かったのだ・・・今回は任せたぞ、ソリア副官」

「ああ、任せてくれ。アシャ訓練兵は貴重な才能の持ち主だからな、指導は出来ないかもしれないが」

「ああ、任せた」

 我々は、信頼の証として握手を交わした。

 力に振り回されている、憐れな娘。そんな言葉の羅列が、混迷を窮めていた私の思考を解きほぐしていく。私がアシャ訓練兵から目を逸らしていた理由、それをいつか彼女に伝えなくてはならない。



 防柵の設営を終え、本陣となる場所へ戻ってみると、木組みの陣地が出来上がっていた。正確には、外壁の設置がまだ残っていたが、完成は間近である。

 防柵の設置完了をアタオに報告しに行くと、陣地内で待機していて欲しいと言われた。そして、全分隊が作業を終えてくると、ベイド指揮官が我々の前に進み出てきた。そして、肩に担いでいた軍旗を、陣地のど真ん中に突き立て、笑みを浮かべた。

「皆、御苦労。迅速かつ精緻な、素晴らしい陣地である。ここで休憩と言いたいところだが、すぐ次の目的地へ移動してもらう。それは西の森だ」

 ベイド指揮官を先頭に、訓練兵団は湖の西にある森へと誘われていった。理由は判らないが、森から湖へと流れ出る小川に沿う形で遡り、森の奥へと足を踏み入れていく。この小川を辿れば、水源である雪山へと行き着くだろうが、そこが目的地とは思えない。

 実際、ベイド指揮官は小川の途中位置で足を止めた。そして、ここへ誘った理由を語り出す。

「この辺で良いだろう・・・さて、君達が受けに来た訓練の内容だが、この森の木霊達と戦ってもらう」

 兵団の全員が、言葉を失っていた。このおっさんは何を言っているのか、といった感じである。

 一方のベイド指揮官は、この様な反応に慣れているのか、気にする素振りも見せずに話を続けた。

「かつて、湖の北にも森が続いていたのだが、我々が砦を築く際に、伐採してしまったのだが・・・するとその日から、木霊達が砦を襲撃するようになったのだ」

 皆が絶句する中、アタオがどうにか持ち直し、相槌を打った。

「それで、どうなったのですか?」

「木霊達は、我々が木人と呼ぶ存在を毎日送り付けてきてな。負けじと撃退を続けていたが、根負けしてな。木霊の下へ謝罪に赴いた。そして、とある取り決めを結んだのだ」

「その・・・話せたのですか?」

「うむ、驚くべきことに部隊には木霊の言葉が解る者が居たのだ。どうやら、彼らと波長の合う者は、言葉を理解できるらしい」

「・・・取り決めとは?」

「うむ・・・我々は、森を伐採したお詫びとして、甘味の貢ぎ物と遊び相手になることを要求された。何てことないと思うだろうが、これがとんでもなかったのだよ。遊びとは、三日三晩ぶっ通しで木霊達と踊り明かすというものだったからな」

「踊り明かす・・・あの、それがどのように訓練と結び付くのでしょうか?」

「実は、この要求なのだが、付近の木を切る際に必ず要求されてしまうのだ。甘味はともかく、踊り明かすのは嫌なのでな。木人と三日三晩争い、勝ち抜けば良いことにしてもらった」

「つまり訓練とは・・・その木人と三日三晩戦うことだと?」

「その通りだ・・・木霊たちもお気に入りを見つけたようだぞ?」

 そうして、ベイド指揮官はある人物を指差した。それは幸か不幸か、我が隊のアシャ訓練兵であった。皆が彼女の方を向き、驚きの声が各所から上がった。

「え? え? 何?」

 当の本人は、困惑するばかりで状況を理解していなかった。自身の頭の上に、奇妙な生き物が腰を下ろしていることに気付いていないのだ。

 それは、葉っぱで編んだ笠を被り、乳白色の身体を持つ小さな存在。本体に顔と手足が集約した、何となく歯の形に似た姿の小人。木霊と思われる今は楽しそうに枝を振っている。

「・・・アシャ訓練兵、足元を見てみろ」

 私は、彼女に足元を確認するように促した。言われるがままに俯いたアシャ訓練は、その異様な光景に小さな悲鳴を上げた。

「何か、いっぱい居る!?」

 そう、彼女の足元には木霊がひしめきあっていたのだ。俯いた拍子に頭の上に居た木霊が滑り落ちたが、それを他の木霊達が受け止めた。それから、実に楽しそうな歓声が上がる。

「ナディットォ~」

 泣きそうな顔で助けを求められたが、私もどうしたら良いのかは分からない。まさか、焼き払うわけにもいかないだろう。

「ふむ、彼女が一番波長が合うらしいな」

 手をこまねいていると、ベイド指揮官は、アシャ訓練兵の元へ歩み寄った。

「君、木霊達に話し掛けてみたまえ。言葉が通じるはずだ」

「え? あ、はい・・・その、こんにちは?」

 アシャ訓練兵が声を掛けると、木霊達は皆一様に彼女を見上げ、枝を振り、ワナワナと声ともとれる音を発し始めた。

「え、仲間? いや、違うと思うんだけど・・・」

 ワナワナとしか言っていないようにしか、聴こえないのだが、アシャ訓練兵は言語として認識しているらしい。

「あの、指揮官・・・この子たちが、遊ぶのかと聞いてきているのですが?」

「うむ、そうだと伝えたまえ」

「あ、はい・・・そうだよ~」

 アシャ訓練兵が返事をすると、木霊達はより一層大きな歓声を上げ、一斉に四方八方へ駆け出していった。

「行っちゃった・・・」

 アシャ訓練兵も、我々も唖然としながら走り去る木霊達を見送っていたが、突然ベイド指揮官が声を張り上げた。

「何をしている、訓練は始まっているぞ! すぐに陣地へ戻り、防衛体制を敷くのだ! 旗を取られたら負け、この娘は木霊と踊り明かすことになるぞ! さあ、駆け足ッ!!」

「・・・はっ!? 訓練兵団、駆け足!!」

 アタオの号令を皮切りに、我々は全速力で来た道を引き返した。身体強化による全速力なので、ソリア副官にアシャ訓練兵を抱えてもらった。突然貧乏くじを引かされたアシャ訓練兵は、もはや茫然と固まっている。

 森を抜けた辺りで、我々は背後に違和感を覚えた。振り返ると、森から人の形を木の根が絡み合うことで再現したような存在が湧き出してきていた。尋常ではない数である。

「くっ・・・第四分隊と第五分隊は防柵で敵の足留めを! 残りは陣地へ急いでください!」

 アタオの号令に従い、我々と第五分隊は防柵にて踵を返した。 木人とやらの群れは、目と鼻の先まで迫っている。その数は、目測でもこちらの三倍は居る。しかも、絶え間なく森から湧き出してきていた。

 我々は右翼、第五分隊は左翼に展開し、奴らを迎え撃つ準備を急いだ。

「シャンテ、ターヤ両訓練兵は、左へ展開し、第五分隊の右翼と連係して中央を固めろ! ソリア副官とアシャ訓練兵は防柵で足留めされた木人の処理だ! ソラリオ訓練兵は私と右翼から攻め込むぞ!」

『了解!』

 私は全員が指示通りに動き出すのを見てから、ソラリオ訓練兵を伴い、右回りに移動し始めた。

「ソラリオ訓練兵、私が切り込むから討ち漏らした敵を頼む。貴様の力量、存分に見せつけろ!」

「任せてください!」

 私は長剣の柄に手を掛けた状態で、殺到する木人の群れへと突貫した。そして、先頭集団が間合いに入った瞬間、鯉口を切り、長剣を抜き付けた。鞘引くその瞬間まで力を溜めていた切っ先は、解放された瞬間に恐ろしい勢いで閃き、三体程の木人の胴を横薙ぎに切断した。

 さらに間髪入れずに、左手の指先に小さな炎の球を現出させ、切り裂いた敵の後続に向けて放った。この炎球は一つ一つが圧縮されており、何かに触れた瞬間、爆発的な燃焼を起こす。よって、後続の敵に触れた瞬間、五つの火柱が木人達を吹き飛ばした。

 木人の勢いが削がれたところで、ソラリオ訓練兵の援護が始まった。彼の火矢は、集団の中心に居る木人を射抜き、周囲の敵もろとも炎上させた。実に精確で、容赦の無い攻撃である。これなら彼を気遣わず、戦いに集中出来るというものである。

 木人の多くは私を取り押さえようと向かってくるが、何体かは無視して突き進んで行ってしまう。全てを引き受ける事は物理的に不可能だ。長剣を構え、目の前に来た木人を次々と伐採していく。

 だが、数十の敵を切り伏せると流石に王国軍の長剣と言えど、刃こぼれしてしまった。堅い木を叩き斬っているのだから、当然と言えば当然である。私は長剣から拳へとシフトし、身体強化、回復、火炎、全ての魔法を駆使して暴れ回った。際限無く湧き出す、生命とは異なる存在。変わってしまった魔法の出力を身体に覚え込ませるには、ちょうど良い相手である。

 遮二無二敵を粉砕していると、王国西部の戦線でユマンと拳を交えていた時を思い出す。あの時もユマンが息つく暇も無く襲い掛かってきていた。そしてそれを、血沸き肉躍る高揚感と共に迎え撃つ。まさにこの世の地獄と言える状態でこそ、私の技は冴え渡るのだ。

 しかし、ここは狂人たちの集う彼の地ではない。私が突出してしまった分、敵の勢いは第五分隊の方へ流れてしまった。何も考えずに戦うわけにはいかないようだ。すぐに第五分隊の援護に回り、敵の勢いを均一に慣らしていった。

 敵の勢いがだいぶ落ちたところで、一端私は防柵の後ろへ下がることにした。戦況の推移を把握する為である。

 だが、防柵を飛び越えた瞬間、炎のダートが私目掛けて飛んできた。

「くっ!?」

 咄嗟に火球を放って相殺したが、露出している肌を、容赦なく熱が炙っていく。着地してから、飛ばしてきた張本人に苦情を入れる。

「アシャ訓練兵! 惰性で迎撃するな、敵味方の区別をしろ!」

「うぅ・・・はい!」

 その時、こちらに気を取られていたアシャ訓練兵に木人が肉薄してきていた。彼女は気付いておらず、私の火球では間に合わない。悲惨な末路を覚悟したが、ソリア副官がその間に割って入り、木人を瞬く間に薪に変えてしまった。

 ソリア副官はさらに防柵を越えてきた木人を解体しながら、私に目を向け、微笑んだ。約定は果たしている、そう伝えてきているようだ。

 私は頷き返し、矢が尽きて戻ってきたソラリオ訓練兵にソリア副官らの援護を命じ、私は防柵の上へと跳んだ。そして、飛び掛かってくる木人を打ち払いながら、周囲を窺う。

 まず、森から湧き出していた木人の列は途絶えていた。現在相手にしているもので片が付きそうだ。

 次にこの防柵の戦況だが、いくつかの防柵は壊され、第五分隊には負傷者が出ているようだ。だが、防衛線は健在であり、足留めとしての役割をしっかりとこなせている。

 そして、陣地の様子だが、思ったよりも落ち着いていた。我々が討ち漏らした木人を、防壁の上からお掃除するだけの簡単なお仕事だ。そう成るようにアタオが布陣したのだろう。

 つまり結論としては、ここの敵を殲滅すれば、一先ずの終結を迎えられるというわけである。

「なら、もう少し私の調整に付き合ってもらおうか」

 私は、蒼い炎を現出させ、木人の群れへと突入した。



 木人の第一陣を退けた後、兵団全員を集めての作戦会議が、陣地内で行なわれた。

 内容はもちろん、今後の木人の撃退法についてである。ベイド指揮官の話では、木人の襲撃は昼夜問わず、日にちを追うごとに激しさを増していくのだとか。早急に持ち場のローテーションが組まれ、それぞれの担当へと散っていく。

 ローテーションは、東境界砦の時とあまり大差無い。防柵に二個分隊、陣地の防衛に一個分隊が張り付き、もう一個分隊が防衛の援護をしつつ、遊軍として機能する。そして、残った一個分隊は休息を取ることになった。

 我が第四分隊は、陣地の防衛に就くことになった。例の討ち漏らしをお掃除するだけの簡単なお仕事だ。

 先の戦闘で足留めをした分隊には比較的楽をさせようとのアタオの計らいで、負傷者の出ていた第五分隊が休息、その次に手間の少ない陣地防衛が我々になったというわけだ。

 ちなみに、前線の防柵には、第二と第三分隊が置かれ、第一分隊は遊軍として、現在は各分隊へ昼食を届けるべく奔走している。

 私が防壁の上の、さらに縁の上でラスグェンを食していると、ベイド指揮官がふらりと現れた。

「まさか、狂人部隊の御仁が参加されているとは、思いも寄りませんでした」

「止めてください、ベイド指揮官。確かに私たちは貴方より上の権限を与えられていますが、それはあの前線での話。今の私は訓練兵なので、御気遣い無く」

「そうですか・・・こほん、そうか、助かる。その、君の他にも狂人部隊の方はいらっしゃるのだろうかな?」

「混迷を窮めていますね・・・兵団を指揮しているアタオと彼の分隊に居るクリメルホがそうですよ」

「そうか・・・ユマンと渡り合う卓越した戦闘能力と、狂人部隊にしか扱えないという蒼き炎・・・良きものを見せてもらった」

「ふっ・・・これから嫌というほどお見せすることになるのでしょう?」

「ああ、おそらくは。大体の兵団は壊滅に追い込まれる程の猛攻だからな。それをどう乗り切るのか、楽しみにさせて頂こう」

 ベイド指揮官は、私の肩を叩くと、何処へか歩き去っていった。ベイド指揮官、本当に暇を持て余しているのでは無いだろうか。

「お疲れ様です、分隊長」

 ベイド指揮官をぼんやりと見送っていると、入れ違いでソラリオ訓練兵がやって来た。

「どうした、ソラリオ訓練? 見張りは私がするから、君達は下で休むように言っておいたはずだが・・・」

「はい、分隊長と話したいなと思いまして」

「ソラリオ訓練兵・・・君も、進言か?」

「え? いえ、姉が居るとはいえ、女性ばかりの場所は少々落ち着かないので、こちらへ逃げてきたんです」

「なるほどな・・・どうぞ、隣へ来ると良い」

「ええ、御言葉に甘えて」

 ソラリオ訓練兵は私の隣に腰掛けると、持参してきたダラクア入りの陶器を私に手渡した。

「差し入れです」

「すまない・・・おお、これは・・・キンキンに冷えているな」

「そうでしょう? 僕も驚きました。何でも夜の内に外で冷やして、昼は地下室に置いて冷たさを保持するそうですよ」

「ほぅ・・・この場所特有の冷やし方というわけか」

「キンキンなんて言葉、滅多に使わないですよねぇ」

「そうだな・・・私は雪山で訓練をした時に初めて使った気がするな」

「雪山で訓練とは、流石は狂人部隊ですね・・・」

「ああ、狂っているだろう? 昔、雪山を越えてユマンの背後を取ろうという作戦があってな・・・おっと、すまない、昔語りとはつまらない事をした」

「いえ、僕個人としては凄く興味津々なのですが・・・」

「そうか? だが、今は昔語りよりも先の戦闘に関する事を話すべきだな。ソラリオ訓練兵、実に見事な弓の腕前だったぞ?」

「ありがとうございます。弓は唯一の取り柄なので、認めて頂けて何よりです」

「ああ、背中を預けられるというのは良いものだ。お陰さまで大暴れ出来た」

「確かに、あれは鬼気迫る戦いぶりでしたね。普段からあのように?」

「ふっ、今回は少しばかり肩を慣らす必要があってな。全力で八つ当たりさせてもらったんだ。普段はもう少し大人しいぞ?」

「あれでも、八つ当たりレベルですか・・・縦横無尽過ぎて、僕の腕では当てないようにするのが精一杯でしたよ」

「それだけ良い腕というわけだな、これからも濃き使わせてもらおう」

「あはは、お手柔らかにお願いします・・・あれ?」

「ん? どうやら第二陣が来たようだな」

 森の入り口、木々の間からおぞましい数の木人が顔を覗かせてきている。

「さてと・・・ソラリオ訓練兵、ソリア副官達をすぐに呼んできてくれ」

「分かりました!」

 ソラリオ訓練兵が駆け出すのを横目に見ながら、私は上空に火球を放ち、爆散させた。敵の発見を知らせる合図である。

「ふぅ・・・盛り上ってきたじゃないか」

 久しぶりに暴れたので、恥ずかしながら、少しハイになっているらしい。



 第二陣を退けた後、我が第四分隊は次の襲撃から第三陣を退けるまでの休息を言い渡された。

 時刻としては夕暮れ時、度重なる襲撃で新兵である三人娘は倒れ込むように寝入ってしまい、正規兵であるソリア副官らも息があがっている。私は慣れているので大丈夫だが、一日目にしてこの様子では、先が思いやられるというものだ。

 早々に寝入ってしまった隊員らに、心ばかりの回復魔法を施してから、私も仮眠を取ることにした。仮眠が取れるなど、幸せなことである。

 次に目が覚めると、既に辺りは闇に覆われ、月が中天に差し掛かっていた。周囲を確認すると、まだ隊員らは寝入っていた。ソリア副官らは雑魚寝状態、ソラリオ訓練兵は先程までの私と同じように、少し離れた場所で毛布を身体に巻き付け、地面に腰を降ろした状態で壁にもたれ掛かっている。

 熟睡出来ているようで何よりだ。休める時に全力で休むのも必要なことである。

 ふと、寝入る隊員の頭数が足らない事に気が付いた。アシャ訓練兵が居ないのだ。気になったので、捜してみることにした。

 仮宿舎という名の掘っ建て小屋を出て、さらに周囲を見回す。思っていたよりも、人の気配が少ない。静まり返った砦に眠り続ける隊員たち。嫌な既視感が脳裏を過るが、今回は何人か起きていた。しばらく襲撃が無かったのか、最低限の見張りを残し、他の分隊も仮眠をとっているようだ。

 旗の前で不寝番をしていたアタオと目が合ったので、彼の元へ歩み寄った。

「ナディット殿、第三陣は未だ来ておりませんぞ?」

「そのようだな・・・ずっとここに居るのか? 一人で?」

「ええ、クリメルホ殿に指揮官なのだから陣地に詰めていろと言われまして。彼と第一分隊は前線に居ますよ」

「確かにな・・・万が一の事態が起きても、アタオが居れば旗は無事だろうし」

「むぅ・・・私も、ナディット殿のように存分に暴れ回りたかったのですが・・・残念です」

「ふっ、我慢してくれ、指揮官殿・・・そうだ、アシャ訓練兵を見なかったか? 宿舎に居なかったのだが」

「アシャ殿? つい先程、防壁の上に登って行きましたよ」

「そうか・・・いったい何をしているのだか」

「声を掛けたのですが、目が覚めてしまったので月を観に行くとか」

「月? まったく、人一倍持久力が無いというのに・・・連れ戻して来るか」

「ははっ、大声は出さないでくださいよ、皆が起きてしまうので」

「・・・アタオよ、お前の笑い声も大概だぞ?」

「おお、これは失敬!」

「・・・ああ、不寝番頑張ってくれ」

 私はアタオに別れを告げ、防壁の上に向かった。見回すと西側には木人を警戒した第二分隊の見張りが立っていた。これは当然のことだが、南側にも見張りが一人だけ立っている。これは、おかしい。つまり、あれがアシャ訓練兵なのだろう。

 足音を発てずに背後へ回り、昨夜の意趣返しとばかりに肩を叩こうと手を伸ばす。

「来たわね、ナディット」

 肩を叩く前に看破されてしまった。信じ難い感知能力だが、ここは負けを認めよう。

「よく分かったな、アシャ訓練兵」

「ふぉ!? く、来ると思っていたわ」

「・・・その反応、当てずっぽうだな?」

「そ、そんなことは・・・」

「おそらく、アタオと話しているのを見ていただろうな。それから、大体私がここまで来る頃合いで、先程の台詞を繰り返し呟いていた・・・とか?」

「うぅ・・・し、証拠が無いでしょう?」

「うむ、無いな。それで、こんなところで何をしているんだ?」

「聞いたんでしょう? 月を見に来たの。残念ながら、今日は湖面に映って無いけど・・・」

「そのようだな・・・それで、落ち込んでいる理由は?」

「・・・そう見える?」

「心配事が無ければ、起こすまで寝ているだろう、君は?」

「うっ、否定出来ない・・・今日、私ってソリアさんと組んでたじゃない?」

「ん? ああ、組ませたからな」

「その・・・私がどんくさいから、ソリアさんがずっとサポートしてくれてて・・・何だか、ソリアさんの良さを奪っていたかなって・・・」

「・・・つまり、ソリア副官という駒を無駄使いしてしまっていると?」

「うん、そんな感じ・・・私が足を引っ張らず戦えていたら、ソリアさんに無駄な負担を掛けずに済んだのかな?」

「まあ・・・そうだろうな」

 ソリア副官は本来、アシャ訓練兵と連携して事に当たるべきだったのだが、恐ろしい威力の魔法以外が一般人レベルのアシャ訓練兵を守るべき存在と認識してしまったのだろう。よって彼女は守りに入り、足留めの効果が下がったと言えなくもない。

「やっぱり・・・」

 アシャ訓練兵は、納得の表情でそう呟いた。そして、大粒の涙が瞳から溢れ、頬を伝って落ちてく。

「・・・私って、何でこんなに役立たずなんだろう・・・皆が当然の様に出来ることが出来ないなんて・・・このままじゃ、遠からず皆を危ない目に・・・ぐひゅ!?」

 ふと気が付くと、私は右手でアシャ訓練兵の顔面を鷲掴みにしていた。

「あ、すまん。イラついて、つい」

「うぅ・・・泣いてる女の子にすら、優しく出来ないの?」

「そこだよ、アシャ訓練兵。そこが気に入らなかったのだろう」

 私は、アシャ訓練兵の顔からて手を離し、真っ正面から向き合った。

「アシャ訓練兵、君に伝えなければならない気持ちがあるんだ」

「・・・え、気持ち?」

「ああ、そうだ。これを言うのは、とても恥ずかしいのだが・・・聴いてもらえるか?」

「は、はい・・・」

「気付いたんだ、私は君を、君の事を・・・」

「え、いや、その・・・何でしょうか!?」

「・・・憐れんでいたんだと思う」

「・・・・・・ほへ?」

「私だって、何もせず強くなったわけではない。痛みに耐え、飢えに耐え、睡魔に耐え、恐怖に耐え・・・様々なものに耐えて、蒼き炎を現すまでになった。だが、君は強大な力を既に有していたからな、当初はその力を使いこなそうとしない姿勢には苛立ったものだ」

「・・・はい?」

「だがな、君が荒事に向いていないのは明白だった。君は年相応の少女過ぎたからな。その潜在能力は、鍛えれば私程度簡単に凌駕するだろう。しかし、一度そんな力を身に付けてしまえば、君は確実に最前線へと送り込まれてしまう。ただの少女に、それは酷というものだ」

「・・・おぅ」

「だから、問いたい。君が今後どのような軍人生活を送りたいのかを」

「・・・紛らわしい!!」

「ん? 何がだ?」

「気にしないで、言わずには居られなかっただけ・・・それで、今後の事でしょう?」

「ああ、考えがあるなら教えてくれ」

「う~ん・・・例えばどんなのがあるの?」

「え? そうだな・・・大将の養女として儀礼的に軍務やり過ごすのか。もしくは、その才能をさらに伸ばし、強者としての道を行く・・・とかか?」

「ほうほう・・・私ってどこまで強く慣れそう?」

「ふむ・・・確約は出来ないが、努力次第では狂人部隊の御歴々に匹敵出来るやもしれないな」

「それって、凄いの?」

「ああ、少なくとも私には無理だな。悲しいが、ポテンシャルが違い過ぎる」

「つまり・・・ナディットより強くなれる、と?」

「そうなるな。同じ条件下なら、既に君の魔法の方が威力は高いし」

「・・・よし、強者でお願いします」

「お願いしますと言われてもな・・・私は君の考えを聞きたかったのだが?」

「う~ん、入隊する事までしか考えて無かったのよね。それに、ナディットを一度泣かすのが私の目標だし」

「まだ言ってるのか・・・」

「・・・何より、皆に負担を掛けたままで居たくないの。だから、強くなりたい」

 強くなりたい、そう言った時の彼女の目は、真剣そのものであった。ああ、伸びしろがあるというのは、本当に羨ましく思う。

「そうか・・・なら、今この時から、少女であることを辞めなさい。強さを求めるのなら、泣き言は吐くな。弱音ではなく気概を見せろ」

「うん・・・いや、お、おうよ!」

「その、男に成れと言っているわけではなくてだな・・・」

「そ、そうなの?」

「説明が難しいのだが・・・つまり、涙はお預けということだな」

「おお・・・よく分からない」

「・・・とりあえず、これからは相棒として、君を支え、目下の問題点を解消していこう。それから、ある程度まで体裁を調えたら、監督官に指導してもらうべきだろう」

「叔母様に・・・うん、やってやるわ」

「不安しか無いな・・・」

「そういえば、ナディットの目標って?」

「私は、そうだな・・・西部へ戻り、ある程度まで戦い抜いたら、前線を退くだろうな」

「意外ね、死ぬまで戦うとか言い出すかとばかり・・・」

「それを普段から豪語していた御歴々のようには戦えないからな。凡兵に出来るのは、前線を支える人材を見つけ、鍛え、供給し続ける事くらいだ」

「何だか、つまらないのね。私がナディットを越えたら、追い越し返すくらいが燃える展開なのに」

「黙れ、最上ポテンシャルのポンコツめ。己の分を弁えるのも大事な事なのだよ・・・まあ、隙があれば追い抜かすだろうがな」

「そうそう、そのくらい陰険な方がナディットらしいと思うわ」

「アシャ訓練兵、貴様・・・」

 久々に苦言を呈そうとしたその時であった。私とアシャ訓練兵の間、防壁の外側から手が伸びてきたのだ。そして、その手はアシャ訓練兵の袖口を掴み、一挙に這い上がってきた。それは木人であった。

「ひぃやっくぉ!?」

 突然の出来事に錯乱するアシャ訓練兵、私は彼女の袖口を掴む腕を手刀で叩き折り、返す刀で木人の顔面?に五指の火球を見舞う。

 爆発炎上し、落下していく木人を追って防壁の下に目をやると、防壁をよじ登ってきている木人の大群の姿が炎に照らされて露になっていた。

「嘘だろ・・・敵襲! 敵の夜襲だ!!」

 頭上に火球を打ち上げると、バレたと気付いたのか木人らは怒濤の勢いで這い上がって来た。

「焼き払え、アシャ訓練兵!」

「ええっ!? ダート以外はまだ自信が・・・」

「四の五の言わずに焼き払え! ここで一皮剥けてみせろ!!」

「うぅ・・・上等よ! 壁が吹き飛んでも知らないんだからッ!!」

 私が範囲外へ飛び退いたのを合図に、アシャ訓練兵は次々と登ってくる木人目掛けて、両手から火炎を放射した。

 顔を覗かせた順に、炎上させられていく木人達。アシャ訓練兵が有する規格外の火力によって、瞬く間に片付いていく。

「よし、やれば出来るじゃあないか、アシャ訓練兵!」

「は、初めて、皮肉無しで褒められた~!?」

「おい、集中を切らすな!? そのまま前に出て、防壁に取り付いている木人を薙ぎ払え! 私は他の外壁を見てくる!」

「ええ!? 私一人で持たせろと!?」

「慌てるな、君なら出来るさ! それとも、デーベラウを退けた炎は見せ掛けだったのか?」

「何ですって!? ナディットが滅茶苦茶褒めてくれてるんですけど!」

 どうやら、後半の煽りは聞こえなかったらしい。アシャ訓練兵は褒めて伸びる性質だったのか、今までに無く奮起している。私はそんなに、彼女を褒めたことが無かったのだろうか。

 疑念は拭えぬまま、私はアシャ訓練兵の背後を抜け、東方面の防壁へと駆け出した。西の防壁でも既に戦闘が始まっている。

「では、任せたぞ、アシャ訓練兵!」

「コォォ・・・うん、任せなさい!」

 あまりの意気揚々さに一抹の不安は残りつつも、私は東の防壁へと急いだ。

 下を覗き込むと、案の定、先程よりは少ないものの、木人が這い上がってきていた。

「しゃらくさい!」

 私は、炎の円盤を投じて木人共を撃ち落とし、地面に密集した所を火炎放射で焼き払う。アシャ訓練兵程では無いものの、以前より火力が上がったらしい私の火炎は、蒼く無くとも木人を消し炭にしていった。

 ほくそ笑んでいられたのも束の間、北の防壁から木人の侵入を許してしまった。

「くっ、他は間に合わなかったのか」

 私はすぐさま北の防壁へと馳せ参じ、木人をこの拳と五指の火球でもって粉砕していった。だが、五体ほどの木人が防壁を越え、陣地の中へと降り立った。旗は今や、目と鼻の先である。

「行ったぞ、アタオ!」

 旗の前に陣取っていたアタオは、その重い腰を上げ、長槍と盾を手に、木人と相対した。

「クリメルホ殿の保険が当たりましたな・・・では、参りましょうか」

 木人達は、アタオに向かって三体、それと左右に回り込むように一体ずつに散った。三体掛かりでアタオを釘付けにし、左右の木人に旗を盗らせようとしているようだ。

 状況に適した的確な作戦、なのだが、その程度ではアタオの横を抜くことは出来ない。

「ふんぬッ!!」

 アタオは蒼い燐光を迸らせながら、長槍を横薙ぎに振り払い、木人を左から順に、穂先でもって両断していった。旗の周囲は既にアタオの間合い、他方から攻め寄せようが、それが同時ならば彼の一撃は全てを絡め獲る。まさに、鉄壁の守りと言っても過言ではない。

「すまない、手を煩わせた!」

「いえいえ、私の差配が遅れた報いですよ! そちらと東は遊軍の分隊に任せますので、ナディット殿はアシャ殿の援護を!」

「了解した! うちの隊も差し向けておいてくれ!」

 私は、木人との乱戦状態にある西の防壁を突破し、アシャ訓練兵が一人で押さえる西の防壁へと戻ってきた。

「戦況はどうなっている、アシャ訓練兵!」

「うぅ・・・ナディット! いくら焼いても新しいのがどんどん這い上がってくるんだけど!?」

 あれほど意気揚々としていたアシャ訓練兵、こちらを振り返ると半泣き状態になっていた。

「泣くのは禁じたばかりだろう? 心の火を絶やすな、心が折れない限り、魔法は共にある」

「で、でも・・・・・・いや、これは無理!」

 覗き込むと、こちらが本隊なのか、木人の数が多く、絶え間ない。諦めるというか、飽きそうな状況である。

「・・・確かに、これはキツイ」

 私も撃ち落とすのを手伝ったが、木人の勢いは衰えることを知らない。終わりの見えない作業というのは、容易く人の心を手折り、無心に

させてしまう。無心はいけない、冷静である事は大事だが、感情が無くては魔法の火力が落ち、魔力が生成され難くなってしまう。放つばかりで供給量が減るとは、まさにジリ貧、心の消耗戦は王国軍の苦手とするところである。

 この様な時は、遊戯感覚で楽しむという荒業があるのだが、アシャ訓練兵は既に無我の境地へ至っており、楽しむ余裕は無さそうだ。というか、魔力欠乏症になっている。枯渇寸前の魔力で魔法を使い続けると、感情が消費に回されてしまう現象で、ほとんど気絶しているのと変わらない状態に陥ってしまう。先日、魔力を根こそぎ奪い取られた時と似たような症状だ。これが続くと、感情が戻って来ない場合がある。

「アシャ訓練兵、魔法の使用を中止しろ!」

 呼び掛けると、アシャ訓練兵は虚ろな目を私に向けてきた。

「・・・うい」

 炎がピタリと止むと同時に、アシャ訓練兵は糸の切れた人形のように、倒れ込んできた。迎撃を続けながら、どうにか受け止めたものの、彼女無しでは木人の侵入を抑え込むのは難しくなる。手を止めるわけにはいかない。片手しか使えないが、這い上がってくる木人を端から撃ち落としていく。だが、やはり全ては防げなかった。数体の木人が防壁の上まで到達してしまったのだ。そして、唯一の障害である私を、取り押さえるべく飛び掛かってきた。

 咄嗟に握り拳を作って、迎え撃とうとしたその時、飛来した矢が木人を射抜き、炎上させた。

「ふぅ・・・間に合って良かった」

 射掛けたのは、ソラリオ訓練兵であった。

「遅れてすまない!」

 ソリア副官が防壁の縁を駆け抜け、上がってきた木人を膾切りにしていく。

「ちょっと、何でアシャちゃんを抱き締めてんのさ!」

 シャンテ訓練兵が木人を蹴落としながら、叱咤してくる。

「ふふっ・・・上手く纏めてくれたようですね」

 ターヤ訓練兵が、ニコニコしながら、気絶したアシャ訓練兵を引き受けてくれた。

「お前達・・・・・・遅い、減俸だ」

『ええっ!?』

「ふっ、冗談だ。まずは火球で取り付いている木人を落とせ、それから全員の火炎で落下した所を焼き払うぞ!」

『了解!』

「ターヤ訓練兵、アシャ訓練兵は放置で構わん、迎撃に加われ・・・・・・よし、放射!」

 木人の夜襲は、夜明け頃には終息した。

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