終章
目を覚ますと私は、壮年の男性に膝枕されていた。
「・・・いっそ殺せ」
「おっと、お互い悪運が強いみたいですな。ナディットさん?」
ヴィデオ・ヴィネカ、その人である。
「やはり死んでいなかったか、変態野郎め」
「感心しない口汚さですな! せっかく助けたというのに!」
「・・・何故、貴様が私を助ける?」
「観劇料と申しましょうか? 大変見応えのある茶番でしたので・・・特に、お綺麗だと思ってますよーの辺りとか?」
「・・・コロス」
「おっと、怖い怖い! 起き上がれるようになる前に、退散するとしましょうかね」
ヴィデオ・ヴィネカは立ち上がり、そのまま何処かへ歩き去ろうとする。
「待て・・・アーデーンの復活が貴様の目的だったはずだ。何故そうも笑っていられる?」
「え? 復活成功したからですよ? 理論が実証されたので私は満足なんですよ」
「・・・貴様らの、目的はなんなんだ? 本気でアニサを信奉しているとは思えないが?」
「御明察、私どもはアニサの存在を唱えていただけで、特に信奉などしておりません」
「貴様らの大義は、どこにある?」
「・・・我々に大義などありませんよ。あるのは、各々の意思だけ。そんな我々を呼称するなら・・・」
「変態ズ」
「貴方もしつこいですね・・・我々は我々を、ラベタリィ(愛すべきお馬鹿達)と呼んでおります。思想集団とか武装組織とか呼び難いな、と思ったらお使いください」
「おい、ヴィデオ・ヴィネカ。最後に質問がある」
「何か?」
「アシャ訓練兵は、どうなる?」
「ああ、大丈夫ですよ? アーデーンを倒した際に魔力が戻って行きました。魔力は本来、引き剥がすことの出来ないものですからね」
「そうか・・・次また狙ってきたら、貴様を灰にしてやろう」
「それまたご安心を、この地方での用事は終わりましたし、もうアシャさんの魔力も狙うことは無いでしょう。魔力による復活では不完全だと立証されたので・・・ああ、そうだ、あの店なんですが、料理だけの弟子に任せる事にしました。どうぞ、贔屓にしてやってください」
そこで、ヴィデオ・ヴィネカの気配が消えた。辺りを見回したが、奴の姿は無い。
気配と言えば、もう一つ。あのマヌワルスを名乗っていた存在が消えている。用が済んで帰ったのだろうか。
そんなことを考えていると、腹の上にウサギが落ちてきた。シュムである。
「えっと・・・マヌワルス様?」
「然り、我だ。元気そうでなによりである」
「ええまあ、おかげさまで・・・おかえりになるので?」
「然り。アーデーンも消滅したので、我も消えねばな」
「ありがとうございました。何だかんだ、助けて頂いて」
「否。感謝をするのは我だ。其方に尻拭いをさせてしまった」
「ペットの糞の処理は、法に定められているので」
「笑止。法の番人に法を語るか。短い付き合いだが、有意義であったぞ」
「ええ、確かに。もう会いたくはないですけど・・・」
「然り。我の憑依は辛いからな。では、行く。今後もこのウサギを、可愛がってやって欲しい・・・」
それきり、シュムが喋ることは無かった。私の腹の上で居眠りを始める姿を、ぼんやりと眺めていると、誰かがこちらへ駆けてくるのが分かった。
「ナディット!」
アシャ訓練兵である。どうやら、本当に魔力が戻ったようだ。
「息災か、アシャ訓練兵?」
「人の事言ってる場合!? ああ、もう傷だらけじゃない・・・」
「ああ、生きているのが不思議で仕方がない」
「・・・ありがとう」
「・・・はい?」
「よく覚えてないけど・・・私が死にかけてたのを助けてくれたんでしょう?」
「まあ・・・成り行き上?」
「だから、お礼を・・・」
アシャ訓練兵は、私の手を取り、目を閉じた。
「・・・何をするつもりだ?」
「大丈夫だから、目を閉じて」
「・・・待て、早まるな」
「今なら、ちゃんと出来ると思うの・・・回復魔法」
「止めろ、待つんだ! 誰か居ないのか! シャンテ訓練兵! ターヤ訓練兵! ソリア副官ー!!」
「えい」
「アアァァァ!?」
致死量に相当する魔力の流入により、私は昏倒してしまった。
一瞬のブラックアウト。
「・・・ハッ!?」
意識を失ったと感じた次の瞬間、私は目を覚ました。
見覚えのある天井、どうやら砦内の医務室に運ばれたようである。もしかすると、私は夢を見ていたのかもしれない、それもとびきりの悪夢を。まあ、おっさんの膝枕など、夢でも味わいたくなかったが。
周囲を見回したが、誰もいない。衛生兵は戦後処理等で出払っているのだろうか。
上半身を起こし、軽く身体を伸ばしてみた。疲れてはいるが、特別な異常は無いようだ。右腕も、潰れる覚悟で酷使したが、傷一つ無い。
さて、私の処分が判らない以上、下手に動くことは出来ない。例えば罪に問われていたとして、勝手に出歩けば有罪と確定される危険性が有るからだ。
誰かが様子を見に来るまで寝直そうかと思案していると、来客がやって来た。
「あっ・・・おはよう」
どこか気まずそうな、アシャ訓練兵である。まさか、夢のように回復魔法とか掛けてこないだろうな。
アシャ訓練兵は私の傍らまで歩み寄ってくるなり、頭を下げてきた。
「ごめんなさい・・・今回のは言い訳が出来ないくらい、私が悪かったわ」
「・・・ん?」
「覚えてないの? 私が、回復魔法を・・・掛けて・・・その」
薄々勘付いていたが、あれは夢ではなかったらしい。現実だったのか、おっさんの膝枕。それだけは、夢であって欲しかった。
「うぅ・・・叔母様にもこっぴどく叱られたわ。回復という名の破壊魔法は禁止だって」
私は、一度死んだのかもしれない。破壊魔法と揶揄され、アシャ訓練兵がひたすら謝るような惨事だと、そうとしか考えられないのだ。
「・・・監督官は的確な判断を下されたな」
触れないでおこう、永遠に。
「うぅ・・・あれ? ナディット、何で叔母様の事を?」
「ん? 聴いてないのか? 狂人部隊組は、君が王国軍大将の娘だと把握しているぞ?」
「え、いつから!?」
「最近だな、山賊討伐作戦の時くらいからだ」
「そう、知ってたんだ・・・」
アシャ訓練兵の表情が曇る。困惑、というよりは落胆といったところだろうか。理由は定かでは無いが。
「・・・私を助けてくれたのは、大将の娘だから?」
彼女は、私を試すように、そのような問いを投げ掛けてきた。
「・・・あん?」
アシャ訓練兵の分際で、私を試すとは良い度胸だ。
「調子に乗るなよ、訓練兵。貴様が大将の娘だろうが知った事では無い。私が隊長で、貴様は隊員なのだ。私は貴様らをこき使うが、代わりに隊員の危機を見過ごさない。それが私の責務である・・・それと、我々はタッグだ。貴様のお守りでは無いからな? 貴様も私の危機には奮戦することだ」
「・・・はぁ、ナディットらしい」
「私らしい? 話、聴いてたか?」
「聴いてたわよ・・・あんたは簡単な理屈を小難しくする天才よね」
「むぅ・・・あながち間違っているとも言えないな」
「相棒か・・・てっきり、ソリアさんに乗り替えるのかと思ってた」
「ソリア副官? 何の事だ?」
「・・・何でもない、です」
「よく判らんが・・・タッグとは血脈よりも固いと心得よ、そう習わなかったか? どちらかが死ぬか退役、主に転属するまでは、解消することは無いものだぞ」
「・・・うん、そうだったわね」
アシャ訓練兵の表情が少し和らいだ。まったく、忙しない奴である。
「それじゃあ、相棒には知っておいてもらおうかな・・・本当の私の事を」
「・・・間者か?」
「違うわよ!? ・・・私、御父様の、王国軍大将の、本当の娘じゃないの」
「・・・ん? つまり、養子ということか?」
「ええ、そうよ・・・私は両親を小さい頃に亡くして、孤児院で育ったの」
「孤児院・・・洗い物や洗濯に長けていたのは、そういうことか?」
「ええ、孤児院では食器洗いと洗濯は持ち回りだったから・・・それで、去年の今頃かな? 父上が私を引き取りたいと申し入れてきたの」
「何故、王国軍大将が君を?」
「御父様は、私の両親と懇意にしていて、小さい頃の私とも会ったことがあるらしいの。最近になって、私の両親が死んでいたことを知り、私の行方を捜していたそうよ」
「・・・ふむ」
それ、本当にお父さんなパターンだよね、とは口が裂けても言えない。
「そうして、大将の娘になった君が、何故入隊を? しかも、危険な訓練兵団に志願なんて」
「・・・大将の家には、跡取りが居なかったの。御母様との間に子宝が恵まれなくて。御父様は家名なんて断絶しても良い仰っていたけれど、周りが許さないのよ」
「跡取りとして、期待されていくわけか」
「御父様は、とても優しい人。本物の善意で、私を救おうとした。でも、私は救いなんて望んでいなかった。孤児でも、仲良くしてくれた友達や孤児院の兄弟たち、皆と気軽に会えない世界に、私は連れて行かれた。御父様の事は尊敬しているけど、恨みのような感情を拭い去ることが出来なかった」
「なるほど・・・つまり、家出なんだな、入隊した理由は」
「そこは、もっと高尚な感じに言いなさいよ!! 大将の娘として、志願したのよ。魔力が強いとも言われていたし・・・」
「家には居づらいが、家出では家名に傷が付いてしまう。跡取りを期待する奴らを黙らせ、新たな家族を悲しませない方法・・・出家?」
「・・・はぁ、もうそんな感じで。そんなこんなで志願しました」
「ほぅ・・・で?」
「え?」
「その事実を知って、どうしろと?」
「それは・・・その・・・ど、ドンと来い!」
「・・・そうか! 訓練に手心を加えるなと言うのだな? 心配無用だ、加えるつもりなど毛頭無い」
「あ~そうね~お願いするわ~」
「任された・・・と言いたいところだが、今後私がどうなるか判らない」
「・・・その事について、叔母様、監督官が話があるそうよ。私で第四分隊の聴取が終わって、貴方の処分を決めたそうよ」
「・・・そうか」
私はベッドから立ち上がると、アシャ訓練兵の横を抜け、医務室の出口へと向かう。
「門のところで、皆待ってるから・・・早くね」
「ああ・・・行けたら行く」
私は止まらずに、医務室を後にした。
あの時は、焦っていたとはいえ、脅迫紛いの行ないは、やはり失策であった。下手をすれば、斬首刑だ。惨めなものである。
「来たな、ナディット訓練兵」
執務室にて、入室した私に投げ掛けられたのは、今回の件は不問にするという寛大な御言葉であった。
理由として、私の言葉通り、アシャ訓練兵が助かった事や隊員からの聴取内容、それに加えて、南門砦には明らかに規格外の何かが居たと考えられる痕跡や損害、遠目から見えた触手等の状況証拠を鑑みての結果だそうだ。
「事実、私が処理に頭を悩ませている事を、無かったことには出来まい。ならば、貴様の判断は正しかったということだ」
つまり、何となくアニサ・アーデーンが居た事は察せるが、確証は無いので、評価は出来ない。ただ、諸々の事を問題にしない褒美をくれてやるというのだ。
「だが、今回の件に関する報告書は提出してもらう。極めて詳細に、何がどのようにしてその判断に至ったのか。包み隠さず、書くように」
「承知しました、監督官」
監督官の厚意を謹んで拝命し、私は執務室を後にした。
まったく、カシューンに来てまだ一ヶ月も経っていないというのに、何度呼び出された事だろう。一ヶ月でこれだけの非常事態が起きるのなら、後の数年、世界が滅びでもしないか心配だ。まだ訓練は本格始動していないというのに、物騒な話である。
市街地へと続く門の前に、我が分隊員が待っていた。お咎め無しに成ったことを伝えると、そのまま打ち上げをする運びになった。しかも、私を財布にしようとしている。
「おい、割り勘だぞ?」
はしゃいでいたアシャ訓練兵に、改めて回復魔力について注意喚起をしながら、第四分隊は、西通りのあの店への進攻を開始した。
次に待つ地獄については、そこで話すとしよう。