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高貴な役割



 ラムセスはレムリットの執務室を訪れていた。


 家族が揃った朝食の最中、食後に部屋を訪れるように達しがあったからだ。


 今日も魔術の訓練をする予定だったラムセスは、急遽予定を変更し、執務室へ向かった。


 コンコンコン、と。

 ラムセスが三回、扉を叩いた。


 扉の奥から、レムリットの声が響く。


「誰だ」


「父上、ラムセスです」


「入れ」


「失礼します」


 ラムセスが扉を開けて執務室に入ると、レムリットは早々にため息を吐いた。


「ラムセス…………やっぱりその半裸はどうにかならんか?」


「ムッ、いくら父上とはいえ、それは聞くことができません」


「そうか、言ってみただけだ」


 このやり取りも、いつも通りのお約束のような物だ。


 レムリットは、度重なるラムセスの半裸騒動によって、既に感覚が摩耗し、半裸を見ることに慣れてしまった。


 しかし、何も言わないわけにもいかないので、毎回このように窘めている。


(いつか、これも落ち着いてくれたらなぁ)


 心の声は正直なもので、レムリットはそんな仄かな期待を持ちながら、毎度このやり取りをしている。


 ラムセスはというと、一見巫山戯ているようにしか見えないが、これでも真面目にやっているのだ。


 そう、心の底からファラオは半裸でいるべきだと思っている。


 ニワカ知識を通り越して、思い込みを拗らせてしまっているのだ。


 その誤ちを諌めるべき、正しい知識を持った隣人もいない。


 この世界でラムセスになった男は、ピラミッド・テキストも、神殿壁画と呼ばれる神話を描いた壁画も、死者の書と呼ばれるパピルスすら見たことがない。


 死の間際にエジプト神話を信仰し始めたとはいえ、その知識量はニワカの域を出ないのだ。


 神も、ファラオも、普通に服を着ている様子が描かれているというのに。


 その半裸の由来は、日本のサブカルチャーによる影響に過ぎないのだ。


 しかし、この世界では誰もそんな事は知らない。


 この勘違いが解かれる事は、あるのだろうか。



「それで、父上。いったいなんの用でしょうか」


「あぁ、真面目な話がある。とりあえず、そこに座れ」


「はい、失礼します」


 レムリットに促され、ラムセスは執務机に向き合うように設置されたソファーに腰掛ける。


 ラムセスが席に着いたのを見届けてから、レムリットは話を切りだした。


「お前も、もう七つになっていたな」


「はい、まだまだ未熟ですが、貴族として自分を研鑽しています。充実した毎日です」


「うむ、感心だ。そして、そんなお前に頼みたいことがある」


「頼み…………ですか?」


「ああ…………少し早い気もするのだが、お前もそろそろ実戦を経験し、実績を積んでいくべきだと思ってな」


「! …………では」


 聡明であるラムセスは、この時点でレムリットの言いたい事を理解していた。


 ラムセスは期待と不安を感じながら、レムリットへ話の先を促す。


「そう、魔物退治に行ってもらいたいのだ」


 戦争がないこの世界において、人口減少の一番の原因であるのが、魔物だ。


 魔物は、生物的な交配を行うことがない。


 しかし、どれだけ倒してもいなくなる事がない。


 それは、人間を残酷に殺す事で、その死体を元に数を増やしているからだ。


 魔物の種類は多岐に渡る。


 一般的な四足動物に近い姿や、昆虫の姿、魚の姿を取るのであれば、まだマシな方だ。


 ラムセスがかつて過ごしていた地球において、空想の存在であった生物の姿を取ることもある。


 巨人、竜、悪霊、妖精などが例としてあげられる。


 様々な種類が存在していることは確かな事実であり、未確認の物も多い。


 しかし、今ではある程度分類され、名称も統一されている。


 それによって、数多の魔物が複数確認できるほどに、悲劇的に人々が死んでいるという事実も確認できてしまうのだが。


「それは、一体どの魔物でしょうか」


 そして、一番最悪なパターンに「人の姿を取る魔物」が存在している。


 擬態しているのだ。


 それほどの力と知能を持つ魔物は少数なのだが、それでも歴史を眺めていると、頻繁に災厄の原因となっているのが分かる。


 そんな存在は殆どが「固有種族ネームド」であり、複数存在していないのがせめてもの救いだ。


 まさか、そんな大物ではないだろう。


 ラムセスはそう確信しているが、それでも不安は隠せない。


 その緊張は、対面にいるレムリットに痛いほど伝わっていた。


 レムリットはラムセスを安心させるべく、なるべく優しい声音で話を続ける。


「魔物といっても、大した相手ではない。領地の農村で確認された「ミカルザハの大群」の一部を、焼いてくればいい。もちろん、護衛のために冒険者もつける」


 「ミカルザハの大群」というのは、「ナイルの大飢饉」によって餓死した多くの民衆が変異して産まれた魔物だ。


 その姿は、ラムセスの前世である地球に存在していた「イナゴ」に近い。


 「大群」というと、やたら多いイメージがあるが、それは「本体」の場合だ。


 「ミカルザハの大群」はあまりにも数が多く、その中には「本体」と呼ばれている「群体」を離れて行動する個体も少なくない。


 ただのイナゴと侮ることはできない。


 その一体一体が、一般家庭の猫ほどの大きさであり、群れで人を襲い、その血肉を喰らうのだ。


 魔物は、食事を必要としていない。


 どこから生きる為のエネルギーを得ているのかは不明だが、少なくとも食物を消化して栄養に変える器官を有していない事は、有志によって証明されているのだ。


 しかし、この「ミカルザハの大群」と呼ばれる魔物は、とにかくなんでも食べる。


 それは、生前食料不足に苦しんだ者達の、本能的な行動なのだと思われている。


 最も優先度が高いのは人間だが、畑の作物や家畜なども、かなりの被害に遭遇している。


 収穫の時期は特に被害が大きいため、魔術師や傭兵などが国費でその護衛につく事が一般的だ。


 そして、その一部であるならば、魔術師の敵ではない。


 「ミカルザハの大群」はある意味、人類にとって最も迷惑な魔物だ。


 なにせ、人間は魔物と違って、食事を必要とする生き物。


 その食料を奪うとなれば、これ以上に厄介な相手はいないだろう。


 しかし、その直接的な戦闘力は、さほど高くない。


 サイズも魔物にしては小さい方であり、「何処にでも現れる」という事を除けば、特に特徴のある行動も起こさない。


 毎年何人もの被害者が出るが、それはあくまで「群れる」という性質によるものだ。


 一対一であれば、普通の農民ですら勝つことができるだろう。


 ラムセスはレムリットに悟られないように、心の中だけでため息を吐き出した。


 魔物を退治する。


 それ自体はいずれ、嫌でもやらなければいけない事だ。


 なにせ、この国では殆どの戦闘力を、魔術師に依存している。


 そして、魔術師は魔物と戦うために生き、その行為に殉ずる事が多い。


 魔術師とは、すなわち貴族だ。


 家を継ぐ長男などは、戦死する前に後陣に配属される事が多いが、次男三男は積極的に魔物退治を行う。


 それは一重に、力を持つ者の高貴な役割であり、初代国王が「貴族的義務ノブレス・オブリージュ」を重んじていたからだ。


 この国では、その末端に至るまで、全ての人々が初代国王を信奉している。


 だからこそ、貴族は民のために戦うのだ。


 初代国王のように、「黒髪の英雄」のように。


 ラムセスがファラオになるためには、そんな偉大な初代国王を超えなければならない。


 誰がそう言った訳でもないが、彼自身がそう信じているのだ。


 道は険しく、壁は高い。


 それでも、ファラオになるためならば。


 きっとラムセスは、その試練を越えていくのだろう。



 そんなラムセスは、レムリットの言葉の中に、気になる所があった。


 首を傾げ、口を開く。


「冒険者…………ですか?」

 今回のファラオ's キーワード


 「死者の書」


 「死後の世界」「永遠の園」、そして「現世への復活」について記された、古代エジプト宗教において大切な書物。


 古代エジプト人にとって、「死は新たな人生の始まり」だったのだ。

 異世界への転生について描かれた、たくさんの作品達もまた、「死者の書」なのだろう。

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