燃え立つ夜 1
「次の人、どうぞ〜」
「あの…………えっと、よろしくお願いします」
「はいはい、そこに座ってね〜」
仮設テントの扉を開け、簡素な身なりの男が中を覗いた。
元から中に居た白衣の青年が言葉で入室を促すと、男は及び腰ながらも足を進め、設置された椅子に座る。
青年はニコニコと笑顔を浮かべながら、自分の仕事を開始した。
「はい、じゃあお名前と職業を教えてもらえるかな?」
「カ、カリスです…………家族で農家をやっていまして…………」
「ふんふん」
青年ーーーーバイオは男の正面で腰掛けながら、併設された机の上の書類を検める。
紙面を上から順に読み流し、該当する項目にチェックを入れて頷くと、カリスと名乗った男の方へと視線を戻した。
「念のため、家族構成を聞いてもいいかな?」
「つ、妻が一人と息子が二人…………それと、弟が一人…………いま、した」
「うーん、過去形って事は…………そういうこと、だよね?」
「はい…………今回の件で犠牲に…………」
バイオは目尻を下げ、浮かべていた笑みを悲哀のものへと変えた。
そして、手にしていたものとは別の書類を取り出すと、それをカリスへと手渡す。
「被害届けは家長が出す決まりになってるんだけど、君でいいんだよね?」
「は、はい…………私で間違いありません」
「そっか…………じゃあこれ、今日中に提出してね。書き方は分かるよね?」
「はい、はい……問題ないです」
バイオが差し出した紙を両手で受け取ると、カリスは皺の刻まれた顔に不安の感情を浮かべながら、何度も頷く。
その様子を確認したバイオは「辛いかもしれないけど」と前置きした上で、簡易的な説明を行なった。
「大切な事だからね。あとで国から手当も届くし……だからって訳じゃないけど、あまり引っ張られないようにね?」
「あ、ありがとうございます…………」
頭を下げる民をなだめながら、バイオは更に別の紙を取り出すと、再び笑顔を見せる。
「じゃあ、本題に入るね? まずは検診する必要があるから…………少し、体に触らせてもらうよ?」
「はい、よろしくお願いします」
その言葉を聞いて頷いた後、ペンを持った手とは逆の腕をカリスの胸元へと伸ばす。
「少しくすぐったいかもしれないけど、我慢してね」
そう注意されたカリスの目には隠しきれない緊張が浮かび上がっており、彼は口を開くこともなく只々首を縦に動かした。
バイオの指先がカリスに触れると、接触した部分を中心にカリスの体へ魔力が注ぎ込まれる。
薄く青色に輝く瞳を絶え間無く動かし、彼は矯めつ眇めつ肉体の観察を続けた。
時間が経つと、バイオは魔術の行使を止めて腕を引き戻し、元の姿勢を取り直した。
「うん、そうだね」
カリスは裁かれる罪人のような重い気持ちで、バイオの次の言葉を待った。
額からは汗が流れ落ち、唾を飲み込む音が室内に嫌に響く。
バイオは神妙な顔つきを取って暫く沈黙すると、何でもないことのように結果を告げた。
「いたって健康、君は問題なし……だね」
「よ、よかったぁ…………」
その言葉にカリスは貴族の面前であることすら忘れ、思わずといった様子で安堵のため息を吐き出す。
胸元に手を当て、弛緩した顔に笑みを浮かべる。
その様子を見届け、バイオは次の仕事へと話題を進める。
「一応確認なんだけど、最近体調に違和感を感じたことはあるかな? 不自由していることはある?」
「い、いえ…………私はーーーー」
この一件と同じような事が、複数のテント内で行われていた。
突如領内に発生した魔物の清掃が終わってから、丸一日後。
「大遠征」のメンバー達は、避難していた近隣住民のアフターケアを行なっていた。
「おい、もう一人こっちに回してくれ! 最低でも三人はいないと、一日で全てを見て回る事は出来ない!」
「すまない、こっちを終わらせたら向かうから先に進めてくれ。すぐに済ませる」
「木材が足りてないぞ! 手の空いてる風属性術師はいるか?」
土属性と風属性を得意とするものは、魔物によって破壊された村の修理と補填を行っていた。
倒された家屋や崩れてしまった石垣などを複数人で手早く直し、驚くべき速度で修復を終えていく。
「大遠征」は一箇所の魔物を全て倒して終わりではない。
次の目的地へと早く移動するためにも、作業を最適化させて役割を終わらせる必要がある。
手を緩める事なく、彼らは絶え間無く魔術を使用して補修を進めている。
「なんで俺がこんな事しないといけないんだ…………」
「仕方ないだろ、こういう時に私たちはやれる事が少ないんだ」
「だからってわざわざ魔術師を使って炊き出しって…………」
「一応村人達の護衛も兼ねてるんだ、気を抜くなよ。それと、あんまり愚痴をこぼすと平民が怯えるからやめろ」
「分かってるけどさ…………」
火属性の魔術師達はよく言えば待機、悪く言えば雑事を行なっていた。
今回の討伐対象であった「牛頭鬼」は火の効果が薄かったため、彼らは隊の中で一番余力を残している。
しかし属性の都合上彼らに出来る事は限られているため、今は他の魔術師のサポートや雑用に駆り出されていた。
「それともお前、あっちの方がいいっていうのか?」
愚痴を吐く魔術師をなだめていた男が、顎で一方向を指し示した。
そちらへ目を向けた魔術師は、そのまま目の光を失わせて首を振る。
「流石にあれはないわ」
「奇遇だな、俺もそう思う」
彼らの視線の先では、一人の男が村人の子供を相手に魔術を披露していた。
男が手に持った灯籠から炎が飛び出し、宙に線で様々な動物を描いている。
子供達はそのショーに喜び、逆に大人達は遠い位置でやや震えながら見つめていた。
魔術を披露している男は口元を歪め、ややいびつな笑みを浮かべている。何処と無く、満足気だった。
「いやどんな神経してるんだ、あいつ。魔術は見世物じゃねーんだぞ」
「前に子供が好きって言ってたからな」
「ガキ共もちょっと慣れ過ぎじゃないか? 普通もう少し怖がるだろ。いや、怖がってほしいわけじゃないけど…………」
「この領地を任されてる家の子息と交流があったんだとさ。よく見回りに来ていたらしい」
「あの殺された…………」
「言うな、そいつらも本望だったろうよ」
湿っぽい話題に瞳を伏せ、二人はお玉で鍋をかき回した。
そんな二人をよそに、灯籠の魔術師は瞳を輝かせて魔術を行使し続けている。
魔術師と子供達をぼうっと眺めていた炊き出し係の男は、ふと思い出したかのように口を開いた。
「そういえば…………オリシス家の長男はどうしてるんだ? 今日は姿を見ていないが」
「オリシス家といえば医療魔術で有名だからな、村人の健康診断の方で見学していると思うぞ」
「あぁ、魔人を倒した時は火属性を使っていたからそっちのイメージが強かったが…………オリシス家といえば王家の専属医の役割もあるくらいだし、むしろそっちが本業か」
「能力があると与えられた役割が多くて大変そうだな。まだ八つだというのに、親元を離れてこんな危険なところまで…………」
「まぁ、実力がある以上は仕方がないが…………おい、焦げてるぞ」
「うわっ、嘘だろ!?」
慣れない仕事で狼狽える魔術師の男もまた、誰かに貢献している事は間違いない。
結局、何か問題が発生することもなく。
彼らは炊き出しの仕事だけで一日を終えることになった。
そして、その翌日。
「では、我々はこれで。あなた達に良き日々が戻ってくる事を祈っています」
「貴族様、本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか…………」
「それが我々義務ですので、気にする事はありません」
「ありがたや…………」
兼ねてより次の遠征を行うべく準備を進めていた彼らは、村の復興が終了した事で直ぐにでも旅立とうとしていた。
村の前で隊長が村長に別れを告げ、村長はそれに恐縮しきった様子で礼を告げている。
彼が村をまとめる立場に着いてからそれなりの時が経っているが、貴族を直接相手することには未だに慣れていないのだろう。
無意識のうちに背筋が曲がり、隊長と視線が交わらないようにしている。
他の村人達は全員遠くから見送っており、その全員が緊張を隠そうともしていない。
例外として子供達だけは手を振っているが、それも親であろう大人達に止められている。
ある意味不敬とも取れる態度であるが、貴族である魔術師達は慣れたもので気にしてすらいない。
自分よりも歳上である村長の、小さな体と態度を見て、隊長を含めた数人の貴族は苦笑を浮かべていた。
「また何かあれば、早期の避難と通報をお願いします。それが、一人でも多くの命を救うことに繋がりますので」
「はい、はい、それはもう、承知しております」
「それでは、御機嫌よう」
村長に気を使ったのか、隊長は最低限の会話だけでその場を収めると、ゴーレムの馬が牽引する馬車に乗り込んだ。
それを合図に全ての馬車が歩み出し、それはやがて速度を上げて走りへと変わる。
地平線の先へと消えていく何台もの馬車を、村人達はずっと見送り続けていた。
その背中が見えなくなるまで、ずっと。
今回のような一幕が、国のあちこちで発生していた。
なんの前触れなく出現する、前例のない魔物達。
それが何者かの手によって意図的に起こされた事件であるというのは、少しでも魔物について知っている者であれば一目瞭然だった。
魔物とは、人が死ぬ事で初めて産まれる。
しかし、今回の件では共通してある要素が問題になっている。
すなわち、魔物となった死者が不明であるということ。
火のないところに煙は立たない、犠牲者なしに魔物は産まれない。
魔物が発生したのであれば…………それは必ず、誰かの死の上に成り立っている。
しかし、その死者の身元が一向に判明しないのだ。
例えば、「ミカルザハの大群」などの群体型魔物はあまりにも数が多すぎて元の特定が不可能だ。
しかしそれは遥かな「過去」に発生したのが原因であり、今日に発生したのであれば近隣住民の行方不明者から素性を確認できるだろう。
そういう、「元の姿が分からない魔物」というのは確かに多数存在している。
しかし、新種の魔物に関してはそうはいかない。
それまで目撃証言がなかったという事は、「ここ数日中に誰かが死んだ」という意味を持つ。
もちろん、全てがそうと言い切れるわけではないだろう。
しかし、基本的に魔物の存在証明とは死者の存在証明である。
魔物が発生した周囲で、最近誰かが死んだというのが自然な考え方だろう。
だというのに、今回はその殆ど全てで行方不明者の報告が上がっていない。
見知らぬ旅人が訪れ、たまたまその場所で死を迎えた。そう考えるのは流石に無理があるだろう。
ならば、最も納得のいく説明の一つとして。
「何者かが悪意を持って魔物を生み出し、それを放出している」
そう囁かれているのは、決して与太話で済ませていい事ではないだろう。
「大遠征」の隊員達が村を離れて、僅か数時間後。
村を大きな震動が襲っていた。
「なんだ…………?」
時間も遅く、村人は夜警を残して全員が夢の世界へと旅立っていた。
その殆ど全員が目を覚ましてしまうほどの震えが、一瞬だけ地を駆け抜けていった。
地震とも違う。何か異変が起きたことに、間違いはない。
そう考えたカリスは家族を起こすと、決して家を出ないように告げて一人夜空の下へと飛び出した。
片手に持った松明が暗闇を照らし、僅かに村の様子を映し出す。
他の村人達も異変を感じ取ったのだろう。
カリスが視線を巡らせると、そこかしこに松明を持った大人達が立っていた。
そのうちの一人に近づき、声をかける。
「何があったんだ?」
「いや、分からねぇ。大きい音が響いてきたよな…………?」
「みんな起きちまったんだ、勘違いってわけでもないだろうな」
カリスが話しかけた男はそこで少し考えると、「もしや」というように恐る恐る口を開いた。
「魔物が攻めてきた…………とか?」
「バカ言っちゃいけねぇ、近くにいた奴は貴族様たちが全部やっつけてくれたじゃねぇか」
「いや、でもよ…………もしかしたらって事もあるかもしれないし…………」
「だがーーーー」
「おい、こりゃなんだ!」
カリスたちとは別の村人が何かを見つけたのか、その場に集まった人々へと声をかけている。
カリスと男は目を合わせると、声のした方へ気持ち早めに足を進めた。
声の発生源らしき男に近づき、その肩に手を置く。
「どうした、何を見つけたんだ」
肩に手を置かれた男はカリスに見えるように指を伸ばし、それを指し示した。
「あれ、こんな所になかったよな?」
カリス達は指の示す方向に視線を向け、そして驚いたように口を開いた。
「なんだ、これは」




