番外編二 それでも死にたくない
コンティニューしますか?
はい←
いいえ
文明の痕跡がない、荒れ果てた荒野。
空は青く、太陽の光が地上に降り注いでいる。
そんな場所に一つの異物が紛れ込んでいた。
「あっ…………はっ、っぅ…………」
何もない場所をただ一人、ふらふらと進む。
その人影は時折地面に跪いては、吐瀉物を辺り一面に撒き散らしている。
「うぅ…………ぁ、はぁっ…………げほっ」
全身の肉が無意識のうちに彼の手元を離れ、腐敗し、残った肉体を伝って地面に滑り落ちる。
それは常人には耐えきれない悪臭を放っており、原因となっている彼の鼻腔を犯し、朦朧としている意識を更に薄く引き伸ばしていく。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。
その理由は、彼にも理解できていない。
しかしどうしてこうなってしまったのかは、彼自身が誰よりも理解していた。
「あぁ…………おうさま…………っ!」
崩壊していく身体を繋ぎ止めるように、新しい肉体を作り出す。
しかし、それも時間稼ぎ程度の効果しか得る事が出来ない。
新しい身体を作った側から、彼の中を尋常ではない程の「熱」が焼き、その残滓が全てを腐らせた。
とめどなく溢れる腐肉は、彼の歩いてきた道に一本の線を作り出している。
止まるわけにはいかなかった。
自身をこの世に繋ぎ止めている線が解きほぐされ、一本ずつ消滅していくのを、彼は命という実感を持って感じ取っていた。
彼は足を進める事で、最後の一本を必死に繋ぎ止めていた。
一歩、また一歩。
噛みしめるように、確かめるように。
命の終わりを目前にして、それでも諦める事なく歩き続ける。
その先に望んだものが存在していなくても。
その果てに救いが訪れるとは限らなくても。
それでも彼は、前へと進んでいた。
それは、全てを失っても捨て去る事が出来なかった想いを守り抜くため。
初めて宿った感情の行き先を、見つけ出すため。
身を焼き尽くすような激しい感情が、彼を繋ぎ止めていた。
それは炎よりも遥かに強く、彼の心を焦がす。
全てを燃やされ、命すら奪われたとしても。
それでも、全てを否定することはなかった。
自分という存在を、受け入れてくれた。
もう一度だけでも、会いたい人がいるからーーーー。
「ぁっ…………」
しかし、それにもついに限界が訪れる。
突起に足を躓けた彼は、力の流れに逆らう事なく前方へと倒れ伏した。
地面の硬い感触を頬に感じながら、虚ろな瞳をゆっくりと閉じていく。
残った最後の肉体が泡立ち、地面に吸い込まれていくのを感じていた。
意識が薄れ、自我が消滅していく。
訪れる「その時」を自覚しながら、それでも彼は口を開いた。
生きとし生けるものが持つ原初の願望、誰もが心の中に宿している渇望を吐き出す。
「死にたくない…………っ! まだ、しにたくない!」
その一言を皮切りに、胸の内にあるものが堰を切ったように溢れ出した。
「やっと、やっと見つけたのに!」
「本当の自分も、本当の名前も」
「全部、受け入れて欲しいのに!!」
「たくさん語り合いたい!!」
「もっと知ってもらいたい!!」
「やっと分かったのに…………」
「褒めてもらいたいだけなのに!!」
支離滅裂で、文脈も出鱈目な言葉。
しかし、本心から溢れ出すその願望を最後の支えとして、彼はこの世に生を保っていた。
みっともなくて、往生際の悪い。
それでもまだ、死にたくない。
理由は数えきれないほど存在していても、それを確かめる時間すら残っていない。
そんなのは、嫌だった。
何一つ叶えないまま死んでいく事が、許せなかった。
そして、何よりもーーーー。
「まだ誰にも愛してもらえてないのに、名前すら残していないのに、ひとりぼっちで…………こんな所で、あきらめられないよ…………っ!」
此処に来て、彼は今までのどの瞬間よりも必死に「生きるための努力」をしていた。
■■■■として生きていた時よりも、■■■■■■になった時よりも。
残った力を全力で利用し、無くなりつつある身体を作り直す。
肘から先を再生し、地面に手をつける。
腰から下を創り直し、大地に足を立てる。
何度崩れても、何度苦痛に心折れそうになっても。
「死にたくない」という感情だけを頼りに、先へと進む。
無駄な努力を、無駄にしないために。
「おうさま…………おうさま! 違う! 違う違う!! ラムセス!! ラムセスらむせす!! 私は、僕は、俺は…………っ!」
脳裏に浮かぶ少年の幻影へ向けて、叫ぶ。
決して相手に届く事がなくても、それでもその名を呼び続ける。
だって、そうしたいから。
「僕は…………ボクは!! もう一度…………あなたに会いたい!!!」
「想像以上に凄い事になってるね、大丈夫?」
「ピュグ……マリ、オン?」
そして、その生への執着は身を結んだ。
ありふれた物語のように、仲間が助けにくるという展開によって。
「はーい、そうですよ? みんなの友達、ピュグマリオン君です…………ピーくんって呼んでも、いいんだよ?」
「どうして、此処に…………」
「いやさ、僕もビックリしたわけよ? まさか君の分体がやられたと思ったら、他の分体もぜーんぶ消えちゃうなんてさ。何のためのスペアだよって思ってたら、本体まで行方不明ときたわけだし? 半分くらい諦めて探してたんだけど、急にマップに反応が出てきたからさ? こうして迎えにきてあげたの、立てる?」
「ぼ、ボクは…………」
「っていうか、なんか外見違くない? イメチェンした? えっ…………? そっちが本当の姿なの? 男じゃん! ネカマちゃんだったのか!! 特に何か貢いだ訳じゃないけど何となくショックだね! 姫プでもしてた?」
「まだ、死にたくない…………」
「え、ガチで死にそうなの?」
必死な顔で懇願する彼に対して、ピュグマリオンと呼ばれた少年は温度差を感じさせる気楽さで言葉を口にしていた。
「うーん、ちょっと状態が分からないね。ログ見せて」
「えっ…………あっ」
「ふんふん…………へぇ、なるほど。あれが件の神様って奴なのか…………ふーん、「隠の王」とは真逆、「陽の王」の権能…………なるほどね、前情報は正しかったわけだ?」
「あっ…………あっ、あっ…………」
「えぇ…………それはチートじゃない? ズルいなぁ…………いや、でも割と…………へぇ…………」
ピュグマリオンは目の前に座り込む少年の頭の中に手を突き入れ、探るように動かしながら何事かを呟いている。
手を入れられた少年は喘ぐように声を漏らし、白目を剥きながら口の端から唾液を垂らす。
暫く虚空に視線を向けていたピュグマリオンは、その惨状に気がついた瞬間苦笑いを浮かべ、空いてる片手を立てて謝罪の姿勢をとりながら手を引き抜く。
「ぅ…………」
無理やり頭の中をこじ開けられた少年は、手を離された瞬間に精魂尽き果てたように気を失い、地面に再び倒れ伏した。
「サンリルオン? …………サンリルオーン? あぁ、やっちゃったかな? ごめんね? 大丈夫?」
ピュグマリオンが少年ーーーーサンリルオンを突いて声を掛けるも、反応は帰ってこない。
ピュグマリオンは困ったように頬を掻くと、ポケットの中に手を入れ、そこから光り輝く一つの石を取り出す。
それは八面体であり、正面から見ると菱形に見える。
ピュグマリオンはそれをサンリルオンに向けて放り投げると、再び口を開いた。
「「隠の王」が殺した相手を魔の者に変えるというのなら、「陽の王」が殺した魔の者は日向に戻る…………ねぇ、やっぱりなんだかんだバランス取れてるのかな?」
「サンリルオン、君はすでに魔人ではない。魔人じゃないから、肉体を維持できない…………人間だった君が死んでからどれだけの時が経っているのかは知らないけど、どうやら人間が腐り落ちるには十分だったみたいだね」
死体を前に語る姿は、センチメンタルすら感じさせる。
しかし、そんな時でもピュグマリオンは笑顔を浮かべていた。
「戦いは楽しかったかい? 人を殺すのは? 自分の力を思う存分に使うのは気持ちよかった? …………僕はね、すっごく楽しい! このために生きてるんだって実感出来るからね!!」
「だからまた一緒に遊ぼう! 世の中は娯楽に溢れてる! 一人で遊ぶよりも、友達と遊んだ方が楽しいじゃないか!!」
「遊びで死ぬのも、馬鹿らしいしね」
変化を始めたサンリルオンに向けて、ピュグマリオンは微笑んだ。
「もう一度、生まれ変わった君に祝福を贈ろう! ハッピーバースデー!! そして、ハッピーニューイヤー!!」
ピュグマリオンの瞳には、金髪碧眼の少女が佇んでいた。
「友達になりたい子が、いるの」
「へぇ、どんな子?」
「それと、好きな人も出来たの」
「ふぅん、可愛いの?」
「ううん、凄くかっこいいんだ…………」
「は?」
「また会いたいの。だから…………あなたには感謝してる」
「まった、きみ男だよね?」
「今は、女の子だもの」
「…………えぇ、いや、まぁ…………個人の自由だと思うけど」
「はやく会いたい…………私のラムセス…………」
「……………………」
戦いはまだ終わらない。




