神話の序章
人は死者を裁くことは出来ない。
だからこそ、神が裁くのだ。
「我が名を讃えよ!!」
ラムセスの雄叫びと共に、彼の手に握られていた「ヴィジャトの眼」が熱を帯び、その形を変える。
彼の背ほどの長さを誇った杖は白色の光となって融解、拡散しながら幾重もの輪となって集い、先端の宝珠へと吸収される。
「我が渇望をしかと見よ!! 其は求めるほどに輝き応える、人の文明を象徴する明日への光!!」
宝珠の中心が白色の光球に染まり、気炎の如き淡い光を放つ。
そこまで認識したサンリルオンは肥大化した肉体に備わる無数の腕をしならせ、離れた場所に浮遊しているラムセスへと殺到させる。
無数の腕によって作られた濁流が、壁となってラムセスへと押し寄せる。
その光景はまるで、道連れを望む亡者のようであり。
しかし、どの一つたりとも彼の元へと辿り着く事はない。
「ヴィジャトの眼」から放たれた光がラムセスの周囲を球状に多い、バリアとなって侵入者を拒む。
死者の腕は光に触れると同時に消滅し、その中に進むことなく役割を終える。
『死者の書の序章に則り、第一の封印を解き放ちます』
「ーーーー許す!!」
炎蛇が咆哮と共に飛び立ち、遥か彼方を目指して空を征く。
太陽を目指して一直線に進み、やがて光の中へと姿を消す。
ラムセスは光の膜の中でそれを見届けると、さらなる段階を迎えるため、直感に従って身に宿る力を解放する。
「因業なる魂、精神を語るものよ! 墓より飛び立ち、来世に渡るものよ! 我が炎の元へと集い、その真なる姿を見せよ!!」
手の中の光球がひときわ強く輝き、一本の槍へと姿を変化させる。
ラムセスはそれを、太陽へと向けて投擲した。
「明日を知る事を恐れるな! 約束しよう、我が炎が汝を導く事を! 新たなる生命の誕生を、祝福と共に見届けよう!」
それは太陽に一点の影を作り出し、光でありながら光を遮る。
影は時と共に大きさを増し、音と共に存在感を主張する。
ラムセスを目掛け、それは彼方より訪れた。
「太陽をこの手に!! 汝の罪、我が炎を以って裁判にかけるとしよう!!」
それは棺だった。
ラムセスの背後を取り、彼に合わせて浮遊する黄金の棺。
その正面には、炎を背景にして瞳を貫く杖の紋章が描かれている。
音を立てる事なく封印が解かれ、内部が世界に晒される。棺の中から溢れた空気が
「ーーーー此処が汝の終着点、因果の導くその果て。罪も罰も、来世に持ち込む事は出来ない。全て我が元に置いて行くがいい」
『あなたの罪は救いを求めなかったこと。他者から差し伸べられた手に、自らの心の嘆きに目を向けなかったことーーーーそして、足りない物を他者に求めたこと。奪う事で補おうとしたこと。それこそがあなたの咎』
棺の中にあったもの、それは遺体だった。
全身を包帯で隠し、両腕を胸の前で交差させている。
両手にはそれぞれ一本ずつ杖が握られており、その手前に見えるように掛けられた首飾りが赤い光を放つ。
「今こそ約束の刻!!」
棺の中から飛び出した白布が、ラムセスの体を優しく包み込む。
拘束に抵抗することなく、ラムセスは力の流れに従って棺の中へと飛び込んだ。
ラムセスの肉体と棺の遺体が接触し、反発することなく一つに溶け合う。
肌をすり抜け、肉を乗り越え、骨と骨が重なり合う。
「勇者の遺体」はラムセスの血肉となり、力となり、その中へと取り込まれていく。
『契約に従い、「渇望のカルトゥーシュ」を此処に』
ヴィジャトの声と共に棺が閉じられ、ラムセスの肉体は姿を隠した。
しかし、それはほんの一瞬の出来事でありーーーー。
棺のあらゆる場所に亀裂が走り、眩い光が漏れ出す。
それはまるで、卵を割って新たな生命が誕生するかのようで。
胎動を伴いながら、音を立てて棺が崩壊する。
そこに居たのは、一人の『魔術師』だった。
全身を隙間なく覆う純白のローブ。
頭から足までが布地で隠されており、肩から先の両腕だけが素肌を世界に晒している。
華美な装飾が一切存在しない衣装は質素でありながら、この世のものではない存在感を放っている。
足先を包み込んでもまだ余裕のある裾は後ろへと流され、まるで蛇の尾のように揺れている。
両手に握られた二本の杖の先端には、赤く輝く瞳の宝珠。
首から下げられたカルトューシュが太陽の光を反射する。
ラムセスが杖を振ると、空間が急激に熱を放ち、彼の周りが炎に包まれる。
赤く輝く両目を開き、前方へと向けながら口を開く。
「『我が名を讃えよ』」
「『試練なくして、太陽が輝かぬというのならば』」
『わたしは炎となって、その道程を照らしましょう』
「『戦いの先にしか未来が存在しないというのならば』」
『その炎は全てを焼き払う業火となり、あなたの助けとなるでしょう』
『わたしは炎、わたしは力、わたしは蛇』
『ーーーー「渇望の神」の名を与えられしもの』
二つの声が折り重なり、始まりの呪文が完成する。
ラムセスを中心に炎が勢いを増し、柱となって天へと昇る。
そして、彼はその真の名を告げた。
「『我こそは「太陽を仰ぐ蛇」! 我が名の元に判決を言い渡す!』」
その日、世界に炎の神が降臨した。
人々の目に、あらゆる人工物の背丈を越える、規模を比較する事すら出来ない炎の人型が映りこむ。
それは蛇の頭を持つ異形でありながら人々の心を捉えて離さない、新しい神話の体現者。
「神聖」という概念を創り出す、始まりの象徴。
人の枠を乗り越えた存在が、産声を上げる。
『「嫉妬の魔人」、汝はーーーー』
炎の神の体が白熱し、全身を循環する力戦が両手の中へと息吹を吹き込む。
火を織り、炎を汲み上げ、不定を権能で固めて物質へと変換する。
完全に制御された力は無駄なエネルギーを放出する事なく、熱も光も感じさせない「無色の塊」となる。
「太陽を仰ぐ蛇」という存在を注ぎ込む事で、それは完成した。
『ーーーー語るに及ばず! 他者を羨み、妬み! 無用な剥奪を繰り返したその所業、罪深く、許されるものではない!! 故にーーーー有罪である!!』
『我は望む。我が前に立つ者の罪を暴く事を…………そして、全てを償いーーーー人として、死を受け入れる事を。来世へと導くことを!』
炎の神が杖を握りしめ、大上段へと構える。
巨大化した自分よりも更に雄大な相手に対して、サンリルオンは一切動きを見せなかった。
そしてーーーー。
「『ーーーーーーーー天罰!!』」
炎の神が振り下ろした杖の先端が、サンリルオンの肥大した肉体に叩きつけられる。
衝突した瞬間、空間が歪み震える。
その時、不思議な事が起こった。
サンリルオンの体が光を放ち、端から崩壊を始めたのだ。
崩れた肉は粒子となり、空へと飛び発ち、世界へ溶けていく。
それはサンリルオンという魔人が今まで集めた、彼/彼女という存在を形作る全ての要素だった。
徐々に小さくなっていく体を瞳のない顔で見下ろしながら、彼/彼女は悟ったように呟く。
『ーーーーーーーーーーーーっ』
その言葉を最後に、サンリルオンという存在はそこから消え去った。
跡に残ったのは、杖を構えて頷く炎の化身。
そして、その中で悠然と佇むラムセスのみ。
彼は両目をゆっくりと閉じ、現実を噛みしめるように息を漏らす。
戦いは、終わったのだ。
今回のファラオ'sキーワード
「カルトゥーシュ」
墓に刻まれし、ファラオの名を護る文字。
人が名を覚えている限り、そしてその名が護られている限り。
ファラオは不滅である。




