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Good bye my friend


 炎と炎がぶつかり、一方が押し負ける。


『なっ…………!』


 炎蛇は目の前に現れた炎を押し潰しつつも、突然の襲撃に目を丸くさせ、その場から一歩後退する。


 僅かな隙が生まれ、彼女・・はそれを逃す事なく、サンリルオンを連れて上空へと浮上した。


 ラムセスはその姿を確認すると、胸の内に宿る熱を吐き出すようにその名を呼んだ。



「フランベリック…………」



 ヴィジャトの牙がサンリルオンに届こうとしたその瞬間、彼女バンシーはサンリルオンの懐にできた影から飛び出し、巨大な炎蛇であるヴィジャトを覆い隠すほどの炎を吐き出した。


 サンリルオンは何故か気を失ったままであり、咄嗟に能力を使用してベンニーアバンシーを盾代わりにしたとは思えない。


 つまり、今までサンリルオンの言いなりになっていた彼女が、初めて自分から行動する姿勢を見せた。


 いや、違う。


 ラムセスはこれまで、心の何処かでベンニーアバンシーはサンリルオンに操られているだけではないかと思い込んでいた。


 サンリルオンは彼女を程のいい道具として扱い、そして彼女はそれに服従している。


 ベンニーアバンシーにつけられていた拘束具や、サンリルオンの見せた態度からも、それは限りなく真実に近いと判断できていた。


 しかし、違ったのだ。


 思い返せば、ラムセスが「ヴィジャトの眼ヴィジャト・サードアイ」を手にした時も、彼女は命令される事なく彼へと攻撃を仕掛けていた。


 その後サンリルオンに窘められ、すぐに大人しくなった事への印象が強すぎて、今までそれを失念していたがーーーー。



 ラムセスは杖を握りしめ、ベンニーアバンシーとヴィジャトの戦闘を見つめる。


「『こないで!!』『くるな!!』『死んじゃえ!!』」


『簡単に誑かされる未熟者が!! この後に及んでまだ無様を晒すのですか!!』


「『うるさい!!』『そんなこと知らない!!』『こっちにこないで!!』」


 子供の癇癪のように喚き散らす事で魔物を生み出す魔人と、憤りを言葉にしてぶつけながらそれ・・を食らう炎蛇。


 高度を保ちながら縦横無尽に浮遊するベンニーアバンシーを、ヴィジャトはひたすら追いかけ続けている。


 一見すると拮抗しているように感じられるが、実際はヴィジャトがかなりの優位性を保っている。

 ベンニーアバンシーがどれだけ敵意を向けたところで決定打が存在しないのにも関わらず、ヴィジャトは魔物を取り込む事でその力を増加させ続けているのだ。


 消耗するしかないベンニーアバンシーと、成長するヴィジャト。


 このまま数合同じ事を繰り返すだけで、あっという間に決着がつく事だろう。


 しかし、だとしても。

 時間を稼がれている事は確かであり、ラムセスがヴィジャトに加勢して畳み掛けるのが最良であるのは明白だ。


 「ヴィジャトの眼ヴィジャト・サードアイ」の持つ機能を感覚的に理解しているラムセスは、それを使用するために杖を構え、再び瞳を閉じようとする。


 しかしーーーー。


『お待ちください、我が王』


 それを悟ったヴィジャトは意外にも、彼の行動を拒絶する。


 ラムセスはそれに何も言う事なく、一つだけため息を零すと、杖を地面に打ち付け静観の構えを見せる。


『この者だけは、どうかわたしにお任せください』


 頭の中に直接響くヴィジャトの声を聞きながら、ラムセスは同様に心の声をヴィジャトへと送る。


『理由は、聞かない方がいいかな?』


『申し訳ありません…………どうしても、この愚か者は…………わたしが…………』


 言葉を濁すヴィジャトへ、ラムセスは沈黙を返す事で意思を示した。



 ベンニーアバンシーとヴィジャトの攻防が激しさを増し、それなりに離れているラムセスの元までその熱気が伝わってくる。


 頬を撫でる熱を肌で感じながら、ラムセスは彼女の事へと思いを馳せていた。


 サンリルオンに命を奪われ、死後の魂を利用されているベンニーアバンシー

 彼女はいま、何を思って戦っているのかと。


 魔人として再会した少女は、思わず目を逸らしたくなるような『嘆き』の存在へと変わり果てていた。

 僅かな交流しかなかったが、それでもその人となりと良心が伝わってきていただけに、衝撃は大きかった。


 だが、彼女は本当にベンニーアバンシーでは無くなったのだろうか。


 ラムセスは力という名の余裕を得て、魔人という存在について幾つかの疑問を抱くようになっていた。


 魔人とは、人が未練や恨みを持って死んだ事で誕生するとされている。

 その条件ゆえに直情的であり、自らの欲望や願望に対して手段を選ばず、人類にとって害になってしまう。

 死んでも死に切れなかった者の成れの果てであり、総じて生き汚いというか、やけに耐久力に優れていることが多い。


 それが一般的な魔人に対する人々の認識であり、実際に遭遇したラムセスはそれが極めて正しい事を理解している。


 しかし、それならば。


 魔人として生きる者の魂は、何処からやってきたのだろうか。


 人間を辞めた時に、新しく誕生するのか。

 人間だったものが、歪んでしまっただけなのか。


 その人を人とも思わない所業の数々は、いったい何処から産まれてしまったのだろうか。


 人はそう簡単に、心を魔に囚われてしまうものなのだろうか。


 その精神は、思考は、人格は。


 何処からやってきたのだろうか。



 あそこで戦っている少女は、いったい誰だ。


 ベンニーアという少女の魂は、何処に行ってしまったのだろうか。




『恥ずかしくないのですか! 自分勝手に行動して! 誰にも相談せずに抱え込んで! その果てに悪しき者に利用されて! あなたはそれでいいんですか!!』


「『うるさい!!』『うるさいうるさいうるさい!!』『勝手なことを言わないで!!』『分かってない!!』『あなたは何も分かってない!!』『自分と変わらないくせに!!』『偉そうに説教しないで!!』」


『何があなたをそうさせるのですか!! その不届き者があなたに何をしてくれたというのです!! 欲望と悪意であなたを堕落させたその者を、どうしてあなたが庇っているのですか!!』


「『黙れ!』『絶対に許さない!!』『殺してやる!!』『それ以上この子を悪く言うな!!』…………わたしの、わたしの!!」



「『わたしの友達を虐めるな!!!』」


 ベンニーアバンシーの口から一際大きな炎が吐き出され、巨大化した炎蛇の高さに匹敵するほどに広がっていく。


 炎は命となり、言葉は精神を生み出す。


 魔人らしからぬベンニーアバンシーの言葉は、産まれて初めて・・・・・・・出来た友達を思う彼女の言葉は、それでも人に仇なす存在へと変貌する事を強制される。


 様々な感情が渦巻くように狂騒し、時間とともに姿を変えて、相手を害する事だけを目的として顕現する。



 ヴィジャトの目の前に、炎で出来た悪魔の形相が現れる。

 それはベンニーアバンシーが全力を込めて仕掛けた、全身全霊の最後の一手。


 悪魔は顔を歪めて嘲笑し、獲物へと狙いを定め、大口を開けて彼女へと襲いかかる。



『愚かな』



 しかし、それが炎である限り。

 決して彼女を傷つける事は叶わず。


 この決着は、当然の成り行きであった。


 ヴィジャトが悪魔を突き破り、その先にいる二人の魔人へと迫る。


 悪魔と鏡写しのように口を大きく開いたヴィジャトが、その牙を剥き、ベンニーアバンシーごとサンリルオンを屠らんと襲いかかる。



 だが、その攻撃はある意味では成功であり、ある意味では失敗だった。


 ベンニーアバンシーは抱きしめていたサンリルオンを手放すと、自分の背後に向かって大きく投げ出したのだ。


 そして両手を広げると、ヴィジャトを通せんぼするようにその場に制止する。



「…………えっ? いったい何が…………」


 体にぶつかる空気の壁を感じながら、サンリルオンが意識を取り戻す。


 彼女の瞳には、口の中を見せながら飛びかかる炎蛇と、その中に飲み込まれようとしているベンニーアともだちの姿が映っていた。


 彼女は咄嗟に手を伸ばすも、その指先は遠く離れたベンニーアバンシーには届かない。


 視界の中の動きがどんどん緩やかになっていき、時間が引き伸ばされていくような感覚を、サンリルオンは体験していた。


 その中でサンリルオンへと振り返ったベンニーアバンシーは、拘束具で隠された瞳の奥から視線を向けて、サンリルオンを見つめる。


 そして、口を開いた。



「            」



「ーーーーーー待っ」


 サンリルオンの制止を求めた言葉は、その全てが声になる前に掻き消され、時は止まる事なく針を刻む。


 ベンニーアバンシーが炎蛇の口の中へと消え、同時にサンリルオンが地面へと叩きつけられる。


 サンリルオンは体についた砂埃すら落とさず、ただ呆然としてその光景を見つめていた。


 ヴィジャトが鼻と口から火を吹き、チロチロと舌を出し入れする。

 そして、呟いた。



『本当に、愚かな…………』



 そんな結末を見届けたラムセスは、思わざるを得なかった。



 はたしてーーーー。


 友達まじんを庇った彼女の魂は、いったい誰のものだったのだろうか、と。

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