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バステト、初めての魔術


「じゃあバステト、今から起きる事をしっかり見ておくんだよ」


「わかったです、にゃ」


「そこは『分かりました』だね」


「わかりました、にゃ」


「うん、いい子だね」


「にゃぁ…………」


 ラムセスが、慣れた手つきでバステトの頭を撫でる。

 バステトは、目を細めてそれを享受している。


 ラムセスとバステトは今、屋敷の庭へと来ていた。



 朝、ラムセスを起こしにきたバステトが見たのは、主君の両腕へそれぞれ腕を絡めた、彼の弟達の姿だった。


 アトムとアンナだ。


 双子はバステトへ見せびらかすように兄に纏わり付き、二人揃って「ふふーん」と得意げな表情をしていた。


 バステトはいけない事だと思いながらも、この双子に対して小さな嫉妬心を抱いた。


 朝からラムセスの部屋にいたという事は、恐らく昨晩は同衾していた事になる。


 バステトはラムセスに可愛がられているが、所詮は奴隷だ。


 夜の伽を命じられたならともかく、そうでないなら一緒に寝る事はない。


 つまり、バステトは未だラムセスと寝た事がないのだ。


 それなのに、この双子はラムセスと共に夜を過ごし、それを自慢するように見せびらかしてくる。


 バステトは、昨日の双子達のように、懐いている相手を取られたような気分を感じていた。


 双子達とバステトの視線が交わる。


 三人とも、「こいつとは相容れない」という事を感じ取った。


 そんな朝から始まったちょっとした諍いを無視して、ラムセスはバステトへ「おはよう、バステト」と挨拶をした。


 自分より先に声を掛けさせてしまった事を後悔しながら、バステトはその場で「おはようございます、にゃ」と返事をする。


 双子はそんなバステトをつまらなさそうに見つめていたが、突然現れた付き人によって何処かへと連れられていってしまった。


 きっと、説教が待っているのだろう。


 そもそも、優秀な従者達が貴族の子息の不在に気が付かないはずがない。


 彼らは、双子が部屋にいない事に気がついた上で、朝までラムセスの部屋にいることを許容していたのだ。


 そう、これから行われる躾と引き換えに。


 そして、いつも通り朝食を摂ったラムセスとバステトは、魔術の実施訓練のために庭へ出てきていたのだ。


 ラムセスがバステトに見えるように指を立て、腕を伸ばす。


「じゃあ…………『太陽よ』」


 そして、魔術を行使した。



 四属性に分類されている魔術だが、この才能の有無は、両親からの遺伝のみによって左右される。


 だからこそ魔術の使用において最も大切なのは「肉体」であり、「遺伝子」だ。


 魔術師と一般人は、骨格や内臓などは全て同じだ。

 しかし目には見えない「魔術を行使する器官」が、一般人には存在しない。


 これが存在するのは、魔術師のみである。


 人間という枠組みにおいて魔術師と一般人は、厳密には違う生物だ。


 そしてこの原理を解明したのは、王国の始祖である『黒髪の英雄』の王だ。


 その血と技術を受け継いだ王国は、この世界の国の中で最も魔術に秀でている。


 この国において、黒髪とはそれだけで力の象徴であり、敬うべき血統の証明になる。


 

 そして、ラムセスの持つ魔術属性は「火」と「水」である。


 ラムセスの指先に、掌ほどの大きさの火球が出現する。

 バステトはそれを近くで観察して、不思議な事に気がついた。


「あれ? あつくないです、にゃ」


 「火属性」というのは、あくまで分かりやすいように、一般化された呼び方である。


 その本質は「エネルギーの変換」だ。


 「火属性」へと変換された魔素は、それ単体で熱量を持つ。


 「熱量」とは「エネルギー」であり、「力」だ。


 この熱量の強弱を操り、他の性質へと自在に変換できるのが「火属性」である。


 つまり、電気エネルギーへと変換して、雷を起こす事も「火属性」に含まれる。


 そして、その火属性の極致が、これだ。


「熱というのは、高温である物質から低温である物質へと移動する過程を観測する事で知覚できる。そして、炎は常に空気中へとその熱を発散させてしまっているんだ。火属性は『エネルギーを変換』する属性。だからそれを極めれば、こうして『完全に熱が外へ漏れない火球』が作り出せるんだ」


「よくわからないです…………にゃ」


「ちょっと難しかったかな。でも、見てて。こうやって一部分だけ熱を変換して、解放すれば…………」


 ラムセスの指先の火球から、一条の光が空へと解き放たれる。


 それは雲の一部を引き裂き、宙へ消えていった。


「こうやって光線を飛ばす事もできる。これが火属性だよ」


「よくわからないけど、すごいと思います、にゃ」


 その賛辞を聞いたラムセスは、ややドヤ顔で胸を張った。


 ラムセスは三歳の時から、魔術の腕を磨いていた。


 前世ではありえない現象だったため、最初はうまく形にする事が出来なかった。


 しかし一度理解すれば、あとはスルスルと内容を飲み込めていった。


 その『一度理解する』までに、どれだけの汗と涙を流した事か。


 この火球は、そんな努力をしてきたラムセスの力の結晶なのだ。


 熱が漏れないという事は、放出されるエネルギーが殆ど存在しないという事。


 つまり、それだけ完全に魔術を制御しているという事だ。


 バステトの手前小さめにしているが、本当ならばラムセスの身長の半分ほどまで大きくしても、制御する事ができる。

 ラムセスの年齢では、ありえないほどの技術力である。


 いや、そもそもこの「熱が漏れない火球」を作ることすら、並の魔術師にはできない。


 ラムセスは間違いなく、この世界の一般的な魔術師を超越しているのだ。


 しかし、ラムセスは未だに満足していない。


 王国の始祖である『黒髪の英雄』がいるためだ。


 ラムセスはファラオだと思っているこの『黒髪の英雄』は、太陽と見間違えるほどの火球を生み出し、制御していたらしい。


 この逸話は、自分を太陽神の化身だと思っているラムセスの琴線に触れた。


 いつか、始祖を超える魔術を操ってみせる。

 自分こそが、真の太陽神なのだ。


 ラムセスはそうして一人、ファラオに到達するための決意を固めていた。


 しかし、今はバステトへの教育の途中だ。


 意識を現実へと戻したラムセスは、再びバステトへと話しかけた。


「バステトは土属性だからやる事は違うけど、魔素と魔力の動きは感じられたかな?」


「それは、たぶん…………大丈夫だと思います、にゃ」


 それを聞いたラムセスは、指先の火球を消して、バステトへと向き直る。


 そしてこう言った。


「じゃあ、僕が魔素を集めてバステトに流してみるから、やってみようか」





 当然だが、魔術師にも実力差というものが存在する。

 国の調査によって明確なランク分けを施され、彼らはお互いの実力を記号で測る。


 このランク付けは特殊な記号を用いて行われている。


 最低値がFであり、E、D、C、B、A、Sの順で高くなっていく。


 この記号は魔術の始祖である初代国王によって決められたものであり、今に至るまで引き継がれている。


 記号の位が高ければ高いほど、魔術師としてのステータスになる。

 また、一般的にはDが平均値であり、それから高いほど優秀だと判断される。


 これは王国の専門機関によって、定期的に計測されている。


 そしてラムセスは現時点でも、総合的に見てB以上の実力を持っている。

 レムリットは、そう推測していた。


 しかしラムセスはその見立てに全く満足していなかった。


 むしろ、不満すら感じている。


 ファラオとして、常に上に立つものとして、あらゆる事が他者より優秀でなければならない。


 そう思っている事は事実だが、原因はそれだけではない。


 このランク付けにおいて、Sとは「初代国王と同等である」という意味を持つ。


 王国の長い歴史で見ても、Sを得た魔術師は少ない。


 しかし、あくまで少ないだけであって、その評価を得た者は確かに存在しており、それぞれの時代で名を残している。


 ラムセスの周囲の人間は、彼もいずれSを取るだろうと思っている。


 ラムセスだって、そう信じている。


 しかし、ラムセス視点で「黒髪の英雄」である初代国王は、尊敬できるファラオであり、同時に乗り越えるべき壁である。


 その初代国王より下であるという現実が、ラムセスの心の中に僅かな劣等感を生み出しているのだ。


 当たり前だが、ラムセスは現時点でも非凡な魔術師だ。


 ラムセスの事を指差して「未熟である」と言える人間がいるとするならば、それは初代国王や、それに匹敵するほどの魔術師のみだろう。


 それでも、彼のある意味狂気的な向上心は叫び続けている。


 もっと強く、もっと高みへ。


 だから彼は今日も訓練をするのだ。


 まだまだ、自分自身に満足していないからこそであり。


 そして、自分をファラオだと信じているが故に。



「ら、ら、ラムセスさま! で、できました! バステトはやりました、にゃ!」


 ラムセスの目の前で、バステトが喜びを露わにしている。


 そんなラムセスは、バステトが行使した魔術の結果を見ていた。


 バステトの属性は土。


 その実態は「魔素による物質への干渉」。


 つまり、土を始めとしたあらゆる物体を意のままに加工することができる。

 薬草などを利用した調合や金属を使った造型なども、この属性に含まれる。


 ラムセスはバステトの才能がどれほどなのかを知るときを、楽しみにしていた。


 今はラムセスが魔素を集める事を肩代わりしたおかげで、その分制御に力を込める事ができたのだろう。


 しかし、それを抜きにしても、バステトの魔術は優秀だった。



 ラムセスは、目の前にある二つの物体を眺めていた。


 二つともほぼ同じ大きさであり、ラムセスの掌を少しはみ出る程度だ。


 それはいったい、なんなのか。


 要するに、石像である。


 素晴らしく精巧な造りをしており、一目でそれがなんなのか理解できる。


 ラムセスとバステトの、石像だった。

 バステトが跪いた姿勢を取っており、その頭をラムセスが撫でている。


 それは、バステトからラムセスへの、精一杯の感謝と愛情の表れだった。


 土属性魔術師の才能は、その成果物の出来に如実に現れる。


「え、えっと…………ラムセス、さま? どうですか、にゃ?」


 バステトは、黙ったままのラムセスの顔を覗き込んだ。


 そしてその瞬間、バステトの体が強制的に浮き上がる。


「に、にゃっ!?」


「凄い! 凄いよバステト! やっぱり君はファラオに相応しい人材だった! 君と出会えて良かった!!」


 ラムセスはその両腕でバステトを持ち上げ、それから抱擁していた。


 誰が見ても分かるほどに、上機嫌だった。


 バステトはラムセスの急な変わり様に目を丸くしたが、抱きしめられている事を理解すると、耳まで真っ赤にして俯いた。


 バステトの猫耳は髪の毛と同じ色の毛で覆われているので、実際には赤くなったかは分からない。あくまで、表現だ。


 ラムセスは、像を見たときこそ照れ臭い気持ちになって黙っていたが、バステトの顔を見た瞬間、感極まってしまったのだ。


 あの時、バステトを選んだ自分は間違っていなかったのだ。


 バステトは、自分に匹敵するほどの才能を有している。


 それを上手く使いこなしてこその、ファラオ。


 そんな気持ちもあったが、ラムセスは何よりも、バステトの気持ちが嬉しかった。


 ラムセスは、立派なファラオになると決意している。


 そして、ファラオとは支持を得なければならない。


 バステトは、ラムセスの第一の従者にして、最初の支持者なのだ。


 支持される。


 それすなわち肯定され、好意を受けるという事。


 バステトは家族や使用人達とは違う。

 自分で選び、そして育て上げた人材だ。


 好意自体は感じられていたが、こうして形にされると、なんとも言えない感情が湧き上がってくるのだ。


 万人に愛されるという事。


 ラムセスは、心の中でそれを望んでいる。


 死によってラムセスという存在がいなくなっても、自分を忘れないでほしい。


 ラムセスは自覚していないそんな気持ちが、爆発しているのだ。



「はははは! バステト! こんなに僕を喜ばせて…………君には、絶対に僕と一緒にピラミッドに入ってもらうからね!」


「えっ…………」


 ラムセスは喜びのあまり、一つの本音を零した。


 そして、それはバステトにとって、一生忘れられない思い出になった。


 一緒に墓に入る。つまり、結婚の誘いプロポーズだと思ったのだ。


 バステトは奴隷だ。


 しかし、基本的に子を残す事を推奨している王国では、一夫多妻が認められており、多くの貴族はそうなっている。


 奴隷から引き上げられ、側室となった者も、当然存在している。


 バステトはラムセスに対して、愛情を憶えていた。


 しかし、それがどの様な愛情なのかは、まだ定まっていなかった。


 まだ七歳、当然の事だ。


 しかし勘違いであるとはいえ、プロポーズを受けた事で、その形が決まってしまった。


 バステトはラムセスに、恋心を抱いたのだ。


「は、は、は、は…………」


「? どうしたの?」


「…………はいです、にゃ」


「?」


 バステトの様子がおかしい事に気がついたラムセスだったが、その原因には思い至らなかった。


 普段は聡明であり、人の機微に敏感な彼も、今この瞬間だけは、感情が理性を塗り潰していたのだ。


 この勘違いが、後に現実になることは、まだ誰も知らない。



 庭で抱き合う二人を、屋敷の窓から双子だけが見守っていた。


 ラムセスに似たその顔を、嫉妬で膨らませながら。

 今回のファラオ'sキーワード


 「火属性魔術」


 エネルギー源になると共に、それを変換する機能を有しているという事。

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