死を想え
突然だが、ファラオとはなんだろうか。
王である。
ラムセスはニワカであるとはいえ、その基本的な部分は流石に正しく理解していた。
しかし、ラムセスは父であるレムリットには「偉大なる指導者」としか伝えていない。
当たり前だ。ファラオを目指していると公言して憚らないラムセスが、ファラオを「王のことである」と言ったらどうなるか。
間違いなく王家への叛意を疑われるだろう。
そして、それは間違っていない。
ラムセスは、自分の国の王族を差し置いて、王の座に着くつもりでいた。
ラムセスは公爵家の人間だ。
王家の血筋を引いているし、髪の毛の色も黒である。
一応であるが、王位継承の権利があるのだ。
そして第一王女との交流があり、許婚という関係も結んでいる。
この国の王族には王子が生まれていない。
このまま時間が経ち、第一王女と結婚するならば、王になれる可能性が高いのだ。
もちろん、それまでには国も王子が生まれるように最大限の努力をするだろう。
ラムセスが成人を迎える時には、一人くらいは産まれているかもしれない。
しかし、例えそうなったとしてもラムセスは王の座を諦めるつもりはなかった。
それは子供という器には収まりきらないほどの野望。
ラムセスは心の中で、「死」というものを恐怖していた。
今までやってきた事が、一瞬で全て無駄になる。
何故か自分には二度目の人生があった。
では、三度目はあるのか。
そんな保証はどこにもない。
ラムセスとして産まれて、育っていく途中でそれに気がついた。
例え今どれだけの事を成しても、死んでしまえば意味はないのだ。
生前の因果は、死後の世界に持っていくことはできない。
失う事への恐怖で押しつぶされそうになった彼が縋ったのは、生前の最後の記憶だった。
「偉大なるファラオは、死後の世界を経て、再び現世に蘇る」
精神だけの状態で見たあの神殿。
彼処で再び認められれば、また人間として蘇る事ができる。
「ラムセス」として生き続ける事ができる。
だからこそ、ラムセスは心の底から自分をファラオであると思い、偉大なる王として名を残そうと動き始めたのだ。
その為には、幾つもの課題が存在している。
「偉大」であるという条件を満たす為に、政治や人を動かすための知識を身につけた。
偉業を成すまでは死ぬ事が出来ないため、直接的な力である「魔術」をならった。
人を率いるために、沢山の奴隷を買うための金銭も用意する必要がある。
後世へ語り継がれるために、自分の事を知る後継者や民を生き残らせないといけない。
自身の死体や所有物を保管するための技術や、それを受け継ぐ技術者も保護しないといけない。
そして何より、「王」でなければならない。
だからこそ、ラムセスは努力し続け、学び続け、進歩し続けなければならない。
少なくとも、彼自身はそう思っている。
そして、最終的にはピラミッドが必要だ。
ファラオと言えばピラミッド、ピラミッドといえばファラオである。
後世で生き返った時困らないように、なるべく金銀財宝を保管する必要がある。
そして、その財宝を元に再び王として君臨し、民を導く。
そうすれば、その後の人生も、ラムセスとして生き返ることの出来る善行が積めるだろう。
ラムセスは死を恐怖している。
産まれた時から、死ぬ事だけを考えて生き続けているのだ。
かといって、それが悪い事という訳でもない。
民衆にとっては、自分達の明日を保証してくれさえすれば、王がどんな人間であろうと構わないのだ。
ラムセスの狂気が善の方を向いているうちは、まだ何も問題がない。
中身がどうであれ、外見は優秀で誠実な少年だ。
究極的には自分のためとはいえ、理想の王となれれば、多くの人々にとっても幸福につながるだろう。
偉大なる王になるというラムセスの願いは、いずれ現実となるのだ。
キングサイズのベッド。
キング、つまりは王。
まさしく、ファラオに相応しい一品だ。
ラムセスは子供の体にはいささか不釣り合いな大きさのベッドで毎日眠りについている。
勿論、上半身は裸だ。今日も幼い体の上でシックスパックが輝いている。
バステトとの勉強会を終え、身を清めたラムセスは就寝するべく自室へと戻ってきていた。
将来のファラオであるとはいえ、肉体は未だ七歳である。
何が言いたいかというと、ラムセスは非常に強力な睡魔に襲われているという事だ。
しかし、それでもベッドに入ろうとしない。
それは何故か。
そう、膨らんでいるのだ。
ラムセスのファラオサイズのベッドの中に、誰かがいる。
ラムセスは眠気で回らない頭の中で「王たる僕のベッドを占領するとは、不敬だぞ!」と呟いていた。
掛け布団をめくり、中を確認する。
そこにいたのはラムセスの弟と妹、双子のアトムとアンナであった。
何を企んでいるのか、そう思ったラムセスだが、双子は既に夢の中へと旅立ってしまっている。
この双子は、バステトが来てから兄との交流が減ってしまい、寂しさを感じていた。
だからこそ、昼の勉強会を見ている時に、嫉妬心から「兄様の布団に潜り込んで、一緒に寝てもらおう」という結論を出していたのだ。
嫉妬。時として人を狂わせる負の感情。
しかし、偉大な兄の背中を見て育ったこの双子は、嫉妬で誰かを傷つけるような事はしない。
そもそも、まだ六歳なのでそこまで大それた事は思い至らない。
行き場のない感情を持て余した二人は、兄に甘える事でそれを解消しようと思った。
大胆だし、恥ずかしいし、はしたない。
それでも二人は、ラムセスの寝床に忍び込んだ。
勿論、自室で寝たふりをして、お付きの従者をごまかしてから部屋を出た。
そして、ドキドキしながら兄の布団に入り、その匂いを堪能して、そのまま寝落ちしたのだ。
「はぁ…………二人とも何をしているんだか」
ラムセスは前世でも、兄妹がいた。
結婚式を見に行くこともできなかった妹だったが、小さい頃はこうして一緒に寝たものだった。
「にいさま…………」
「にいさま…………」
寝言だろうか、二人同時にラムセスの事を呼んでいる。
ラムセスはなんとなく、懐かしい気持ちと、切ない気持ちを憶えた。
死んでしまえば、家族とも会えなくなるのだ。
しかし、自分はこうして全く別の世界で生きている。
それは幸福な事であり、そして辛い事だった。
(僕がファラオとして大成した時には、二人も一緒にピラミッドに入れてあげよう)
そうすれば、また家族として一緒に蘇ることもできるだろう。
ラムセスはそう思いながら、二人をそれぞれ脇に寄せて、布団の真ん中を空けると、そこへ入り込み、二人を抱き寄せた。
家族の体温を感じながら、ラムセスもまた、夢の世界へと旅立っていった。
今回のファラオ'sキーワード
「ピラミッド」
ファラオの墓。
古代エジプトでは、死は終わりではなかった。
いずれ死者が蘇ってくると、本気で信じられていた。
ピラミッドには、ファラオが蘇った時のために、 様々な物品が収められていた。
そして、その側仕えをするための従者の死体も。