路地裏にて
「それではフォルテ先輩、僕たちはこれで」
「ありがとうございました、にゃ」
「後輩を導くのは先輩として当然だからね、「貴族祭」でまた会おう!」
ラムセス達はフォルテの助けにより衣装に幾つかの目当てを付け、店に発注を終えた。
今は店の外に立ち、フォルテに別れを告げているところだ。
バステトの手には、フォルテから渡された手提げ袋が一つある。
ラムセスはその中身が気になったが、フォルテはバステトに対し、夜になるまで中身は見せないように釘を刺していた。
そのため、バステトは申し訳なく思いながらも、ラムセスに対して中身を見せようとはしなかった。
ラムセスはなんとなくモヤモヤした感情を持て余したが、女性が秘密と言っている事を探るのも違うなと、思い留まった。
話を聞いた限りだと、どのみち夜には見せてもらえるらしい。
ならば、それまで待とう。
彼はそういう結論に辿り着いた。
目の前で手を振る貴族の少女を見つめながら、ラムセスは今日一日の様々な心労を思い出していた。
試着用の見本品を取っ替え引っ替えして、バステトの衣装お披露目は数時間に及んだ。
先輩。という一言でやる気を出しすぎたフォルテが、あれもこれもと次から次へと指示を出し、バステトも乗り気だったために、それほどの時間が経ってしまったのだ。
フォルテはその都度、衣装に使われている生地や、意匠や、その他様々な要素について事細かに説明し、ラムセスはその半分ほども理解できないまま、ひたすらに相槌を打ち続けた。
ラムセスは正直、女性の持つお洒落への拘りというものを、少し舐めていた。
しかし今回の出来事を経て、彼はその認識を改めざるを得なかった。
これからは魔術や勉学のみではなく、芸術方面もより力を入れて学んでいかねばならない。
話についていけなかった事で、ラムセスの貴族としての意地がそう決断させたのだ。
ラムセスはフォルテに向き合い、本心から礼を告げる。
「フォルテ先輩、今日は本当にありがとうございました」
「いやいや……二人の思い出が、よりよいものになる事を祈るばかりさ」
フォルテはすっかり最初の気取った口調へと戻り、その調子を取り戻している。
少し前に泣き喚いていたのが嘘のようだ。
「フォルテ先輩は、屋敷に戻らないのですか?」
戻るのならば、同行するのはどうか。
そういう意味を込めて、ラムセスは彼女にそう尋ねた。
しかしフォルテは首を振ると、それを断る。
「まぁ、ボクにはまだやる事があるからね。名残惜しいけど、今日のところはここでお別れだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ラムセスの心の中に少しばかりの違和感が産まれた。
なんとなくだが、何かを見逃しているような気がしたのだ。
しかし、ラムセスにはそれがなんなのかが分からない。
今の彼はとにかく疲労を癒すため、屋敷に戻る事しか考えることができないのだ。
いくら遺伝子的に優れていて、それなりに鍛えていたとしても、肉体は子供のものでしかない。
疲れることもあれば、そのせいで思考が回らなくなる事もあるだろう。
そうなるよう、仕向けられた事すら分からないほどに。
「じゃ、バイバイ」
だからこそ、ラムセスは最後まで気がつくことが出来なかった。
フォルテがその笑顔の下に隠していた、本当の意図に。
彼女が泣き喚いた時、咄嗟に風の魔術で周りに音が届かないようにしていたという事実に。
それが意味する、真実に。
ラムセスの背中が見えなくなるまで、フォルテは店の前に立ったまま、二人を見送っていた。
そして二人が視界からいなくなると同時に、その場に背を向けて歩き出す。
フォルテは店の隣の道を通り、迷う事なく大通りを離れていく。
そして誰もいない裏通りに入ってから、彼女は魔術を発動し、声を出した。
「こちらフォルテシモ、目標に接触」
その顔に先程までの笑顔は既になく、無表情の中に冷たい瞳を浮かべている。
それから暫くして、フォルテの耳元に他の誰かからの言葉が届く。
風属性魔術の一つ、言伝の魔術だ。
任意の音を風に乗せ、目的の場所まで届ける。ただそれだけの魔術。
しかし、彼女に与えられた役割をこなすためには、非常に大切な仕事道具の一つ。
マエストロ公爵家長女、フォルテシモ・ソフィアリ・マエストロ。
通称、『喝采』のフォルテシモ。
王家に連なる者しか知り得ない事だが、風の公爵であるマエストロ家は、王家直属の諜報員を輩出する役割も持っている。
彼女はラムセスが魔術を学び始めた歳よりも幼い年齢から、様々な特殊技能を学んでいた。
その中には、演技も含まれている。
背の低い事をコンプレックスにしている、気取りたがりのフォルテは仮の姿。
少なくとも本人は、背が低い事をコンプレックスに感じていないと思っている。
そう、あの醜態は咄嗟にその場を誤魔化すための演技だったのだ。
あの時、フォルテが言っていたことは事実だ。
ゴルドを見張っていたのも、その過程でラムセスの話を聞いてしまったのも、後をつけていたというのも、全てが事実。
だからこそ隠したい真実はその下に埋もれ、気付かれることはなかった。
嘘を話してはいない。
しかし、真実を話していたわけでもない。
フォルテは最初から知っていたのだ。
バステトがラムセスの奴隷であることを。
フォルテは話した事以外にも目的を持って、ラムセスに接触を図った。
会話の中でそれとなく聞き出そうとしたが、想定よりもガードが固く、逆にこちらの意図に気付かれかけてしまったため、とにかく誤魔化す方針へと変えることになってしまった。
諜報員としては三流もいい結果となってしまったが、彼女にも言い分はある
なんの訓練も受けていない八歳の貴族だという話だったのに、会話してみれば中身は全く別物といってもいいほどの差異があったのだ。
ゴルドといい、ラムセスといい、この国の子供は一々鋭すぎる。
味方であるうちは頼もしい限りだが、心臓に悪い。
フォルテは冷や汗を拭い、舌打ちをした。
しかし、そんな中でも収穫はあった。
そして彼女はいま、手に入れた情報をしかるべき相手に報告するため、人目のつかない場所へと移動していた。
「はい、間違いありません。見た目は情報と違いましたが、頭髪を採取できました。なんらかの方法を用いて、認識に働きかけているみたいですね」
フォルテは一本の髪の毛を掴んでいた。
それは黒色の長い髪で、明らかに女性のものだった。
フォルテはこれからの方針を相手に尋ねようとする。
そして、気がついた。
何者かに魔術を妨害されているという事に。
フォルテの背後から、風を切る音が迫る。
フォルテは咄嗟にその場から跳躍し、魔術を用いて近くの建物の屋根まで飛ぶ。
そして上から襲撃者を探そうとして。
「動かないでください」
自らの背後を取られている事に気がついた。
「あなたは…………」
「喋らないで、此方の質問にだけ答えてください」
首の横の空間に、刃物のようなものが置かれている。
フォルテが少しでも怪しいそぶりを見せれば、直ぐにでも命を刈り取るだろう。
フォルテは内心焦りつつも、その場に硬直する。
喋る事を止められているため、誘導によって情報を引き出す事も出来ない。
フォルテは唇を噛んだ。
風属性に長けているフォルテに気がつかれず、背後を取る事ができるなど、ごく少数を除いて不可能だ。
相手は間違いなく、自分よりも格上である。
フォルテはそう判断した。
相手の声は女性のものであるが、そんなものは正体を看破するための役には立たない。
そもそも魔術はこの国の専売特許だ。
魔術師は王国によって記録され、情報を管理されている。
その中に、このような行動を起こす可能性のある人物はいないのだ。
魔術を用いて、フォルテよりも上の実力を持つ者なら、何人もいる。
しかし、敵対した上で刃を向けてくる者など、記録上は一人もいないのだ。
そう、記録上は。
そんな記録に残らない魔術師となると、はぐれ者か。
あるいは、いま正に探っていた相手か。
「共和国…………?」
「…………」
襲撃者は何も答えない。
その代わり、一つの質問を返してきた。
「フォルテシモ・ソフィアリ・マエストロ…………いや、ソフィア・マエストロ。貴女に聞きたい事があります」
「な、なんでその名前を!?」
「いいですか? 簡単な一つの質問です。はい、いいえで答えてくださいね」
フォルテはいよいよ、死の危険すら感じ取っていた。
知らないはずの事を、知られている。
それは、未だ精神は子供の面影を残しているフォルテにとって、堪え難いほどの恐怖そのものだった。
断頭台へと向かう自らの姿を、彼女は幻視した。
「ソフィア、貴女はーーーー」
だからこそ。
その質問は意味不明であり、彼女は咄嗟に返事をすることが出来なかった。
「貴女は本当に、ソフィアですか?」




