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三人目の公爵


 ラムセスとバステトは、声のする方へと揃って視線を向けた。


 そこに立っていたのは、ラムセスよりもやや身長の低い、燕尾服に身を包んだ少女だった。


 胸元に光るバッジが、彼女が貴族である事を示している。


 黒髪の先を切り揃えたセミロングであり、顔は貴族の例に漏れず美形だ。


 ともすれば、美少年と見間違われそうな程に中性的であり、顔と声だけで性別を見抜くのは難しいだろう。


 ラムセスがその人物を少女であると一目で判断したのは、胸元で控えめに主張する二つの膨らみがあったからだ。


 その人物は瞳をキラキラと輝かせ、腰に手を当てて優雅に立ちながら、ラムセス達を見つめている。


 店員は空気を読んだのか、先程までいた場所より一歩後ろからラムセスの様子を伺っている。


 ラムセスはまず、挨拶から返すことにした。


 相手の素性がわからない以上、返答として最も無難であるからだ。


 背筋を伸ばし、一礼してから名乗りを上げる。


「初めまして……僕はオリシス公爵家が長男、ラムセス・オリシス。貴女の名前を、教えてもらえますか?」


 ラムセスの自己紹介を受け、少女は一言「失礼した」と返す。


 そして、カツンと音を鳴らして足を揃えると、片腕を体の前で曲げ、礼をしつつ名乗り上げた。


「ボクはマエストロ公爵家が長女、フォルテシモ・ソフィアリ・マエストロ。気軽にフォルテと呼んでくれたまえ、ラムセス少年」


「では、フォルテ……いきなり話しかけてきた理由を、聞かせてもらえますか?」


 マエストロ公爵家といえば、二代目国王である「歌劇王キング・マエストロ」を輩出した家系であり、風属性魔術を得意とする公爵家だ。


 その当主は代々魔術楽団の指揮者を務め、王都の防衛を主な役割としている。


 芸術家気質な人間が多く、個性的でありながら仕草が大仰であることで有名だ。


 その印象のあまりの強さから、王国貴族といえばマエストロ公爵家をイメージする国民も、少なくはない。


 内心「また公爵家か」と思っているラムセスは、相手の性格の濃さに若干辟易としつつも、自らの姿勢を貫き、笑顔を浮かべながら問いかけた。


 途端、フォルテは勢いよく顔を上げると、その碧眼に強い興味の色を乗せながら、その考えを述べる。


「ラムセス少年、僕が見たところ……君はこのお嬢さんフロイラインにドレスを贈ろうとしているようだね?」


「まぁ、さっき店員にそう言いましたし…………その通りですけど」


「しかし! 今の流行りや服のセンスにはイマイチ自信がない…………そうでしょう!?」


「…………そうですけど、それが貴女にどのような関係が?」


 やや食い気味なフォルテに対し、不躾な言葉を送られたラムセスはやや素っ気なく対応する。


 しかし、そんなラムセスの不機嫌を知ってか知らずか、フォルテはどんどんと興奮を高め、劇の上に立つ役者のようにハリのある美声で捲し上げる。


「ならば! 不肖フォルテシモ・ソフィアリ・マエストロ! ラムセス少年の力になりましょう!! 貴族と奴隷の恋愛物語ラブロマンス!! 実にドラマティックでロマンティックだ! このフォルテシモ、二人の旅路を導くキューピッドなればこそ! その花道を華々しくプロデュースさせて戴きたく!!」


「…………は、はぁ」


 皮肉すら通じない、あまりにも自己完結しているその言葉に、流石のラムセスも押され気味となる。


 その内容からも、この人物がやや思い込みが激しく、話が通じない事がヒシヒシと伝わってくる。


 一歩下がったラムセスの裾を、バステトが引っ張る。


「ん? どうし……た…………の?」


 ラムセスが目にしたのは、フォルテに負けず劣らず目を輝かせているバステトの姿であった。


 嫌な予感を感じつつも、引き攣る頬をなんとか抑え、平静を保ちつつ問いかける。


 バステトはやや興奮した声音で、ラムセスへと口を開いた。


「ら、ら、ラムセス様! この人きっと良い人です、にゃ! わ、わた、私達を…………その、ぷろでゅーす? して貰いましょう!」


「ああ、うん…………分かったよ、うん。そうだね…………そうしてもらおうか」


 諦めの感情を強く前面に出しながら、ラムセスはそう返した。


 元より、こと服飾関係においては、古今東西女性の方が力が強いと相場が決まっているのだ。


(また、厄介な人に目を付けられたな)


 ラムセスは口にする事こそなかったが、心の底からそう思った。


「では、お嬢さんフロイライン…………どうか、お手を」


「? …………こ、こうですか、にゃ?」


 ラムセスが疲労感で惚けているうちに、フォルテはバステトの手を取り、店の奥へと向かっていく。


「さぁ! 兎にも角にも、彼好みの衣装を見繕わないとね! 君も、その方が嬉しいだろう!?」


「は、はいです…………にゃ」


「ふふ、そんな表情が出来るなら、ボクの見立ては間違ってなかったという事だね! 実に良い! 我らが偉大なる先祖へ、この素晴らしき出会いへの感謝を!!」


 フォルテは手馴れているのか、歩きながら従業員達に指示し、沢山の布や衣装、型を取り寄せる。


 そして、そのまま店の裏手へと消えていった。


 それを見送ってから、ラムセスは大きなため息を吐くと、呟いた。


「な、なんだったんだ…………」




 それから少しして、ラムセスの元へフォルテが戻ってきた。


 その隣に、バステトの姿は見えない。


 その事を不思議に思うラムセスへ、フォルテが話しかける。


「いやー、申し訳ない。どうにもボクは興奮すると人の話を聞かなすぎる悪癖があるみたいでね。よくよく考えたらラムセス少年と殆ど会話をしてなかった事に気がついて、こうしてお先に戻ってきたんだ。あっ、隣いいかい?」


「はぁ…………どうぞ」


 ラムセスが座っていた待ち人用のソファに腰掛け、フォルテは会話を再開した。


「ところで、君が噂のオリシス家長男のラムセス君かな? 我らが第一王女様に求婚されたって本当? その首飾りが王家から賜ったっていう例の? 去年は災難だったらしいね? 「貴族祭フェスタ」は今年が初めて? さっきの子との馴れ初めって聞いていいかな? あ、それと八歳になるって認識で合ってる? 随分と背が大きいんだね? もう魔物には会ったことがある? 二属性使えるって聞いたけどーーーー」


「あの、良くお喋りだって言われませんか?」


「あはは、ごめんね」


 フォルテは次々と質問をぶつけ、ラムセスは呆れた顔でそれを止める。


 フォルテは苦笑いを浮かべると、片手で前髪を掻き上げた。


 その仕草が妙に様になっていて、ラムセスはようやくだが、このフォルテという人物について理解し始めていた。


「で、結局どうなんだい?」


「噂のっていうのがどのような物なのか分かりませんが、一応ネフェリとは婚約者という事になっていますね」


「わぁ、王女様を呼び捨てにするなんて」


「不敬と言って止めますか?」


「いや、素敵だね。どういう事情でそうなったのかは残念ながら知らないんだけど…………あっ、これ聞いて良かったりする?」


「一応、秘密という事になっていますから」


 だから聞かないでくれ、そういう意図を込めたラムセスの言葉を、フォルテは正確に受け取り、申し訳なさそうに目尻を下げた。


「ああ、ごめんね? ところで、敬語を使っているけど……もしかして、ボクが歳上って事を知っていた感じかな? ほら、ボクは君よりも背が低いわけだし? もっとフランクな口調で話しかけてくるもんだと思ったよ。もしかして誰にでもそんな感じなの?」


「いや、なんとなくその……あまり深くお付き合いしたくない方だなと思いまして。というよりも、やっぱり歳上だったんですね」


「あはは、正直さんだ。でも、嫌いじゃないね。もっと普通に接してくれてもいいんだよ? 同じ公爵家じゃないか。ちなみに僕は来年で十二歳、君の四つ上になるね」


 それを聞いたラムセスは、フォルテの体を上から下まで眺めてから、気の抜けた声で「はぁ」と返した。


 フォルテは頬を膨らませ、ラムセスに迫る。


「さては信じてないね? ボクは来年からちゃんと学園に入学する事が決まってるんだから…………ラムセス少年も、先輩って呼んでくれていいんだよ?」


「すみません、不躾でした」


 やや不貞腐れた様子のフォルテへ、ラムセスは素直に謝罪する。


 相手の肉体的な事に対して、無遠慮だった事を詫びたのだ。


 フォルテは両手を胸の前でワタワタと動かすと、慌ててそれを止める。


「いやいや、そんな畏まらなくていいから! …………んー、どうしたらもっと気安く接してくれるのかな? ねぇ、ボクはどうしたらいい?」


「どうしたらって…………」


 ラムセスは少しだけ言い淀むと、始めてフォルテに目を合わせる。


 そして、真正面から口火を切った。




「じゃあ、なんの目的で僕達に接してきたのか、教えてくれますか?」




 それを聞いたフォルテの笑顔が、固まった。


 片手で口元を隠すと、やや震えた声で言葉を返す。


「なんの目的でって…………やだなーラムセス少年ったら、そんな人聞きの悪い」


 本当に思い当たる節がないのか、ハッキリした答えを返さず、フォルテは言葉を濁した。


 そんなフォルテへ、ラムセスは更に問いかける。


「じゃあ、どうして僕達を待ち伏せしていたんですか?」


「…………なんの事かな? ボクは偶然君たちを見かけて、折角だから力になろうと」


 なおも言い逃れしようとするフォルテへ、ラムセスは決定的な言葉を口にする。



「じゃあ何故、バステトの事を一目で奴隷だと気がついたんですか? 今の彼女、奴隷用の首輪を付けてないですよね?」



 バステトは街に入る時、奴隷の証である首輪を外していた。


 それは、共和国の使者も訪れる「貴族祭フェスタ」を前にして、余計な騒動を起こさないようにするため。


 街の規則で、奴隷用の首輪は付けずに、街の住人と同じように生活する事が決められているのだ。


 それなのに、このフォルテという少女は、初対面であるにも関わらず、一目でバステトを奴隷だと見抜いた。


 獣人関係は繊細な問題であるため、一般的に奴隷という発想がまず出てこない。


 そして、仮に獣人を示して奴隷だと発言した場合、事実に反していれば人権問題になってしまう。


 貴族の、それも公爵であるフォルテがその事を知らないはずが無い。


 しかし、フォルテはそれでも確かに言ったのだ。


『貴族と奴隷の恋愛物語ラブロマンス


 と。それはすなわち、最初からラムセス達の事を知っていて接触してきたという事。


 だからこそ、ラムセスはこの少女の事がイマイチ信用できていない。


 フォルテは目を泳がせながら、言葉を探す。


「あっ、ほら! 風の噂で聞いたんだよ! オリシス家が獣人の奴隷を買ったって!」


「それはいつ聞いたんですか? 商人は守秘義務があるから貴族が何を買ったかなんて話しませんし、彼女を買ってからこれが初めての外出ですよ? 父上だって、問題になるからと風聴したりしません」


「あっ、あー? どこで聞いたんだったかな?」


 ラムセスはやや冷たい目をしながら、フォルテの目を射竦める。


 そして、最後の問いかけを行なった。



「もう一度聞きますよ…………なんの為に、僕達に接触してきたんですか?」

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