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奴隷を買おう


「父上、僕は奴隷が欲しいです」


 ラムセスのその一言から、事は始まった。


 貴族として奴隷を持つ事は当然とはいえ、ラムセスは未だ七歳。


 そういった物事とは切り離して育てていたいという思いが、レムリットにはあった。


 しかし、この優秀な倅の事だ。


 何か深い考えがあるのかもしれない。


 レムリットはラムセスに、何故奴隷が欲しいのかを訪ねた。


「僕の臣下が欲しいのです。今から教育していけば、将来は優秀な人材に育ちますし、信頼できる部下になると思うのです」


「ふむ…………なるほど、一理あるな」


 レムリットは思ったより無難な考えに、心の中でホッと溜息を吐いた。


 何せ、この息子の事である。


 事あるごとに「ファラオになる為」と言って無茶をしているので、またその類なのではないかと思ったのだ。


 それが概ね向上心に繋がっているため、レムリットに理解できない言動でも見逃す事が多い。


 しかし、今回に関しては割と普通の思考である。


 この歳でここまで深く物事を考えている時点で『普通』からは程遠いのだが、それはそれ、これはこれ。


 信頼できる部下を持ちたい、というのは、貴族として当たり前の事である。


 家の金を盗むような人間であったり、仲の良くない貴族からのスパイだったり、人を雇う時はそれなりのリスクも伴う。


 完全に安全とは言えないが、一から教育すれば恩も感じさせる事が出来るだろう。

 何より、人となりを理解する事ができる。


 しかし、レムリットには一つ疑問があった。


「ラムセス。それは使用人の娘などではいけないのかね?」


 そう、それだけならば態々奴隷を買う必要はない。


 聞く所によると、雇っている使用人の娘は今年で七歳。


 ラムセスと同い年であり、近づけさせるに適している。


 その使用人も代々オリシス家に仕えている身分であり、信頼が置ける。


 この息子がその事を理解していないわけではないだろう。


 だからこそ、なぜ奴隷を買おうとするのか。


 レムリットは、それが疑問だったのだ。


「父上。ファラオたるもの、沢山の奴隷を使いこなす必要があります」


 初耳だ。

 レムリットは、そんな事は聞いた事がなかった。


 しかし、取り敢えず相槌を打っておく。


 ラムセスは続ける。


「確かに、ポニーもとてもいい人材です。素直ですし、向上心もあります。それに、僕を慕ってくれています。しかし、僕はファラオとして、奴隷を一から育て上げたいんです。いい経験になりますし、指導者としての自信にも繋がると思うんです」


 ポニーは使用人の娘の名前だ。


 レムリットは「いつの間に仲良くなっていたのだ」と思ったが、口にはしなかった。


 それよりも、その後に聞いたことの方が驚きだった。


「まて、ラムセス…………もしかして今、自分が育てると言ったのか?」


「はい。僕は自分の理想の従者が欲しいのです。僕の話についてこれて、魔術が使えて、僕の側で支えてくれるような人材を、自分自身で育てたいのです」


「しかしだな、お前はまだ七歳だ。確かにお前は優秀だろう。正直、規格外なほどに。しかし、その歳の人間に教わりたいと思う奴がいるだろうか? はっきり言って、舐められるだろう」


「はい。だから僕は、自分と同い年の奴隷が欲しいのです。できれば、一緒に学園に行ければいいと思っています」


「ふむ…………確かに学園に行った時、身近に世話をする人材を置く事はあるだろうが…………しかし…………」


 レムリットが悩んでいる事を悟ったラムセスは、手札を一つ切ることにした。


 顎に手を当てて云々言っているのレムリットに近づき、袖を引く。


 レムリットが自分の方を見ている事を確認したラムセスは、上目遣いをしながらこう言った。



パパ・・、お願い…………」


 レムリットは心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。


 記憶にある限り、ラムセスにパパと呼ばれたのは、実に二年ぶりのことである。


 この早熟すぎる息子は、いつの間にか「パパ」から「父上」へと呼び方を変えていた。


 悪いことではない。しかし、あまりにも早すぎる成長に寂しく思わなかったと言えば嘘になる。


 「ファラオになるため」と言い、「父上」に呼び方を変えてきた時のことを思い出す。


 あれは辛かった。


 眼を輝かせて「パパ、パパ」と後を追いかけてきた頃の思い出が、脳内に流れ始める。


 割とすぐに「父上」になったため、とても短い思い出だったのだが。


 それはともかく、今はラムセスである。


 ラムセスの貴重なおねだりだ。

 記憶を漁って気がついたが、むしろ初めてかもしれない。


 あれ? 私の息子、早熟すぎ?


 レムリットは混乱していた。


 ラムセスの見た目は、どちらかと言えば妻寄りの美顔である。


 つまり、見方によっては美少女になるのだ。


 妻にそっくりの、息子の、初めてのおねだり。


 迷う必要はなかった。



「私に任せなさい。奴隷の一人や二人や百人、すぐに揃えてくるからな」


「父上、一人で充分です」


 レムリットはやはり、混乱していた。



 そういった経緯があり、ラムセスとレムリットは奴隷市場を訪れていた。


 奴隷市場といっても、言葉から連想される小汚い場所ではなく、貴族向けの高級市場だ。


 護衛に周りを囲まれながら、ラムセスとレムリットは貴族用の待合室で話をしていた。


「それで、どんな奴隷がいいんだ?」


「そうですね…………年齢は僕と同じ、出来れば可愛い女の子がいいです」


「ほほう、何故女の子を?」


「残念なことに、貴族である僕の側に置くのであれば、見た目も重要視されてしまいます。僕はどんな見た目でも気にしないのですが、側仕えの格で家の評価を下げられるのは…………一族の迷惑になります。それと、女の子を指定した理由は、妹に歳の近い男を近づけたくないからです」


「なるほどな。そこまで考えているなら、そうすれば良いだろう。あと、私も娘に男を近づけたくない」


 二人の意見は一致していた。


 それから暫くすると、商人の男が何人かの奴隷を連れてやってくる。


 しかし、連れられてきた奴隷の数は少ない。


 当たり前だ。そもそも幼い歳の奴隷自体が少ない上に、顔の整っている女の子というのは更に数が減る。


 ラムセスは並んでいる奴隷の少女達を見て、考えていた。


 奴隷は口を開かない。


 立場の上の者に自分を売り込むのは、無礼であると考えられているからだ。


 商人も注文通りの奴隷を連れてきただけで、あとは黙って待っている。


 注文された奴隷の条件は合っているため、質問された事だけ答えればいいのだ。


 ラムセスは少女達を矯めつ眇めつ眺めていたが、ピンとくるものが無かったのか、商人へ話しかける。


「これだけですか? 他に条件に合う奴隷はいないのですか?」


「はい。いいえ、貴族様。教育を終えていない者ならば、一人だけ」


「では、その者を連れてきてください。それから判断します」


「はい。貴族様、少しお待ちください」


 何が貴族の気を害すか分からない。


 商人は何を聞かれても、まず「はい」と返事をして、それから質問内容へ包み隠さず真実を話すのだ。


 ラムセスはその受け答えで前世の会社での風習を思い出し、苦い思いをしていた。


 しかし、それを顔に出す事はない。


 不機嫌を顔に出すのはファラオ的ではないし、商人が怯えてしまうからだ。


 これから共に過ごすかもしれない奴隷達からの印象も悪くなる。


 少しして、奴隷商人が戻ってきた。


 少女の叫び声と共に。


「ハナシテ! ヤメテ!」


「貴族様の前です。静かにしてください」


 教育をしていないとの事もあり、少女はカタコト混じりで喋っていた。口調も、やや荒い。


 商人は貴族の気分を害してしまうのではないかと、額に汗を浮かべている。


 しかし、それでも連れて来いと言われたら、連れて行かねばならないのだ。


 商人はラムセス達の顔色を伺いながら、首輪をつけられている少女を部屋に連れ込んだ。



 ラムセスはというと、連れてこられた少女を見て、驚愕していた。


 人の顔の上に、耳が生えていたのだ。


 猫の獣人だ。


 知識として知ってはいたものの、実物を見たことがなかったラムセスはこれを見て、「本当に異世界に来てしまったんだな」と思った。


 その獣人の少女はというと、そう注文しただけあって美少女だ。


 肩の上で揃えられた茶色の髪の毛はしっかり清められており、サラサラしている。


 その瞳は猫らしく縦に割れており、人の容貌と相待って不思議な雰囲気を放っている。


 肌はやや薄めの褐色であり、小さな唇が愛らしい。


 そんな獣人の少女は、ラムセスを見ると「フシャーッ!」と、警戒心を露わにした。


 商人はというと、もう気が気でない。

 いつ処罰されてもおかしくない態度なのだ。


 善良で知られているとはいえ、オリシス公爵家は位の高い貴族だ。


 その心労は、計り知れない。


 ラムセスはふらふらと惹かれるように獣人の少女へと近づいた。


 そして、少女の頭へと手を伸ばした。


 少女は、近づいてきたラムセスに驚き、目を丸くして身を縮ませる。


 そんな少女を見ながら、ラムセスは少女の頭に触る。


「本物の耳だ…………」


「に、にゃぁ…………」


 そのままラムセスは、知的好奇心を満たすために、やたらめったらに頭を撫で繰り回す。


 少女は最初こそ戸惑っていたものの、段々と鳴き声を上げるようになった。


 そんな少女を見て、ラムセスは一つの事実に気がついた。


(こんな感じの神がエジプト神話にいたような…………そう、バステトだ!!)


 ニワカである彼の脳裏には、日本人によって人に近い姿にされたバステト神の姿が浮かんでいた。


 学生の頃にやっていたソーシャルゲームにも、出ていたはず。


(バステトってなんの神様だっけ…………)


 考え事をしながらも、撫でる手は止めない。


 頭だけではなく、耳の中や頬や喉に至るまで、とにかく手のつく範囲を撫で回す。


 ラムセスが気がつけば、少女は息も絶え絶えになって座り込んでいた。


 膝をつき、下を向く少女の喉に手を当てて上を向かせ、視線を合わせる。


 頬の上気していた少女に、ラムセスは一瞬ドキッとしたが、妹やポニーで慣れているため、そのまま話しかける。


「君、名前は?」


「ナ、ナマエ…………?」


 やはり、ラムセスはそう思った。


 文献によると、獣人は子供が七歳になるまで名前を付けないらしい。


 古来から受け継いだ、部族のしきたりだそうだ。


 その基準は子供が作れるようになるまで、つまり、成人するまでだ。


 猫の獣人は、七歳で成人を迎えるのだ。

 そして奴隷となっている彼女に名前をつける存在は、恐らくいない。


 ラムセスは、これもファラオたる自分へ訪れた機会だと思っていた。


 このバステト神の様な見た目の従者を側に置き、やがては太陽神となる自分に相応しい存在へと育て上げる。


 それが天啓だと、本気で思っていた。


「父上、この子にします」


「ふむ…………今は獣人も普通に居住権を認められているとはいえ、まだ蔑視が残っている場所もある。態々それにする必要があるのか?」


「はい、この子はファラオに相応しい存在です」


「何がお前の琴線に触れたかよく分からないが、まぁ良いだろう。好きなようにしなさい」


「ありがとうございます」


 ラムセスはレムリットに礼を告げると、獣人の少女へと向きなおる。


 少女は困惑していた。


「今から君は僕のものだ。ならば、ちゃんとした名前を付けてあげないとね」


「ナマエ…………」


 そして、ラムセスは自信満々に名を告げた。


「君は今日からバステト! ファラオたる僕の従者、バステトだ!」



 将来、「オリシス家の守護者」と呼ばれる獣人の少女、バステト。


 「太陽の化身」と呼ばれる少年ラムセスとの出会いは、このような始まりだったのだ。

 今回のファラオ'sキーワード


 「バステト神」


 猫の顔を持つ女神。

 エジプト神話における主神・太陽神ラーの娘だとか妹だとか妻だとか色々言われている。


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