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半裸のファラオ


 レムリット・オリシス。


 王家の血筋を受け継ぐ公爵家の貴族にして、その当主だ。


 彼は頭を悩ませていた。


 それは自らの息子である、ラムセス・オリシスについてである。


 あの長男は、間違いなく天才だ。


 レムリットはそう確信を得ていた。


 なにせ、物心つく頃には書物を読み漁り、いつの間にか言葉を覚えてしまった。


 その知能は高い。


 数学から始まり歴史、文学、天文学、作法。

 あらゆる学問へ手を伸ばしては、高水準で修めている。


 今は魔術に傾倒し、学園一の天才と言われた自らを追い越すまでに至っている。


 外見も素晴らしく、正しく紅顔の美少年と呼ぶに相応しいだろう。

 王家の血を引いている事がよく分かる、黒色の髪からは色気すら感じる。


 何よりその叡智を湛えた黄金の瞳は美しく、あらゆる人々の視線を奪う。


 家族に対する情も深く、一つ歳下の弟と妹にもよく懐かれている。


 親や歳上に対する敬意も忘れず、孝の心を抱いている。


 一を聞けば十を理解し、物事に対して鋭い指摘すらしてくる。


 まだ幼いゆえに社交界を経験していないものの、時が来れば噂通りの人物であると話題になる事間違いないだろう。


 婚約者である姫様との仲も好調であり、惚れられている節すらあるという。


 文句などつけようのない、理想的な倅だ。


 では、レムリットは何に対して頭を悩ませているのか。


 優秀さ故に傲慢な性格に育ったのか。

 いや、ラムセスは平民である使用人にすら慈悲深く、彼に対して誤って水をかけてしまったメイドを、その一存でお咎めなしにしたほどだ。

 この件については、むしろレムリットの方が眉をひそめる事になった。


 では、一体何について悩んでいるのか。


 執務室に、コンコンコンと扉を叩く音が響く。


「誰だ」


「父上、僕です。ラムセスです」


「そうか、入れ」


 ガチャっと音を立てて、扉が開かれる。


 そこに居たのは、自らの世継ぎであるラムセスであった。


 幼いながらも精巧な顔立ち、瞳からは自信を感じさせる。


 その肉体は既に鍛え始められており、少しだけだが腹筋が割れている。


 レムリットは思わずホゥ、とため息を吐いた。


 頭を悩ませる原因とはいえ、美しいものは美しいのだ。人体の黄金比といっても良いだろう。


 入室を許可されたラムセスは、手に持った本を開きながら、レムリットに近づく。


 また何か、質問する事があるのだろうか。


「お忙しい中すみません。この記述についてお聞きしたいのですが」


「ラムセス、ちょっと待ちなさい」


「はい」


 口を開いたラムセスへ待ったをかけると、彼は素直にその場立ち止まる。


 レムリットはラムセスの顔を見た。

 何かを言われるのを、待っている顔である。


 レムリットはラムセスの顔を見て、視線を下に向け、もう一度顔を見ると、溜息をつきながら目を閉じ、顔を伏せた。


 その反応には、ラムセスも思わず「ムッ」とした表情をしてしまう。


 そんなラムセスへ胡乱げな表情を見せながら、レムリットは口を開いた。


「なぁ、ラムセス。賢い我が息子よ。先に一つ…………質問してもいいかな?」


「はい、父上。どうしましたか」


「その…………だな、つまりは…………」


「父上。もしかして……ですが、言いにくい事なのでしょうか」


 ラムセスのその言葉で決意したのか、レムリットはその瞳に威厳を乗せる。


 そして、ついに問いかけた。


「ラムセス……なんで上半身裸なの?」


「はい、それは偉大なるファラオになる為です」


 これだ。


 この優秀すぎる息子は、何をトチ狂ったのか、公の場以外では常に上半身が裸である。


 そして、裸の上に姫から貰った首飾りをつけているのだ。


 幼いから許されてはいるが、正直変態的である。


 レムリットは、公の場で半裸にならないだけまだマシだと、そう自分に言い聞かせて我慢していた。


 いつからだっただろうか。


 この子供が半裸族になったのは。


 レムリットは過去へと意識を飛ばしたが、割と昔からずっと半裸であったため、そのまま意識を失いそうになった。


 作業机に手を乗せて、気絶しようとするのを耐える。


「まだ質問していいかな?」


「はい、どうぞ」


「ファラオというのは?」


「偉大なる指導者の事です。僕はそれを目指しています」


「うんうん、いい目標だね…………それで、その格好はそれとどういう関係が?」


「ファラオに相応しい正装です。ファラオたる者、常に上半身は裸なのです」


「そんな事聞いた事ないわっ!!?」


 思わずレムリットは大声を上げてしまう。

 それに気がついた彼は、大きく咳払いをして誤魔化すと、息子に目を向ける。


(これさえなければなぁ…………)


 ラムセスはいつからか、ファラオになると言って聞かなくなった。


 それ自体は別にいい。聞きなれない単語であるとはいえ、意味を問えば「偉大なる指導者」と返ってくる。


 なんの書物に影響されたかは分からないが、貴族として、公爵としていい傾向にあるだろう。


 貴族は庶民を導く役目がある。

 善良な貴族であるレムリットはそれが正しいと思っているし、息子もそう考えてくれた。


 それはいい。


 しかし、上半身裸なのが、偉大なる指導者になることになんの関係があるというのか。


 ファラオというのは「半裸男」が鈍って「半裸男ふぁらお」になったとでも言うつもりなのか。


 何度か窘めたものの「僕は将来、ファラオになるのです。ファラオとして正しい姿を見せ、人々を導かなくてはならないのです。だから、今から上半身は裸で過ごしているのです。これは必ずファラオになるという決意そのものなのです」などと言われ、結局矯正することが出来なかった。


 というより、「将来、裸で民の前に立つつもりなのか」という驚愕が大きすぎて、それどころではなかった。


 これはラムセスの持つ「ファラオは上半身裸だし、多分これが正しい装いなのでは?」という間違ってるのかそうじゃないのか、微妙なニワカ知識が主張してきた結果であり、そもそも古代エジプトを知らないレムリットに理解できないのは、仕方のないことだった。


 それでもレムリットは諦めない。


「いや、でも…………それで体調を崩したら事だろう?」


「魔術で常に周辺の温度を調節しています。そこそこ負担になるので、丁度いい訓練にもなるんですよ」


「いや、でもほら…………婦女子達の目にも止まるわけだし」


「メイド達も、『素晴らしい肉体美です』と褒めてくれましたよ?」


 何故、よく分からない方向に優秀なのか。


 そして、そのメイドは何をやっているのか。


 ラムセスは、この一点だけは、レムリットがなんと言おうと曲げようとしなかった。


 思想は文句なしに素晴らしい。

 そのために努力し続けることも、褒めて然るべきだ。


 しかし、何故最後に行き着く先が『裸族』なのか。


 不思議そうに自分を見つめるラムセスを他所に、レムリットは今日何度目になるか分からない溜息をついた。


「それで父上、この書のこの部分についてなのですが……」


 そんなレムリットを気にかけることなく、ラムセスは質問を始める。


 善良で理想的なファラオになる為には、どれだけの時間を自らの研鑽に注いでも足りないのだ。


 将来的には、奴隷を雇ってピラミッドを建てる。


 その為には、金も権力も必要だ。


 ファラオとは、神の化身にして偉大なる王。


 産まれ落ちたその時こそ混乱したが、今では自分のやるべき事をしっかりと理解している。


 そう、ラムセスの名を世の中に知らしめ、後世にまで語り継がせる。


 それが「死からの復活てんせい」をした自分の役目。


 ラムセスは心の底からそう思っていた。


 勿論、ただの勘違いだ。


 今回のファラオ'sキーワード


 「半裸男」


 鈍ってファラオと読む。

 その腹筋は美の象徴であり、あらゆる人々を魅了した。


 古代エジプトも日中は気温が高いとはいえ、夜が来たら普通に風邪を引いてしまうのではないだろうか。

 上半身が半裸というのは、完全にイメージである。

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