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番外編二 拝啓バステト様、共和国より愛を込めて


 共和国首都、円卓街。


 びょう一族の屋敷の一室で、その会話は行われていた。


 その場にいるのは二人、どちらも猫類の獣人の女性だ。


 一人は大きな椅子に座り、もう一人はその横に控えている。


 椅子に座っている方の獣人が、前触れなく立ち上がり、喜びを露わに口を開く。


「うーん、バステトは生き残ったみたいだね! いいねいいね、未来は明るいよ」


 その言葉を聞き、側にいた獣人の女性が、ホッとため息を吐いた。

 そして、恐る恐ると言った様子で、口を開く。


「…………マフ姉様、やはり私が行った方が良かったのではないでしょうか。彼のお方の側仕えとして、キティ・・・…………いえ、今はバステトでしたか。あの子では少々力不足では?」


「にゃははは! テフちゃんは本当にバステトの事が好きだねぇ…………でも! テフちゃんは既に”名付け済み”だったしぃ…………未来の王様に中古を渡すのも、ねぇ?」


「な、ち、中古!? 私はまだ未通です! そういう言いかたは控えてください!! 訂正、訂正を求めます!!」


「耳年増になっちゃって……何を想像したのかな? テフちゃんも発情期は一人で自分を慰めてたりするの? あれ、凄い声出しててマ〜ジで煩いから、少し控えた方がいいよ?」


「にゃあああああああ!!!」


「ぬわっ、暴力に身を任せるのはやめろぉ! マフちゃんの頭の中身には、共和国全国民の未来が掛かってるんだぞぉ!!」


 この二人は姉妹だ。


 長女は猫一族頭領、マフデト。


 次女は猫一族副頭領、テフヌト。


 そして今は此処にいないが、三女であるバステトを加えて、猫一族本家の三姉妹と呼ばれている。


 いや、呼ばれていた・・


「はぁ、はぁ…………テフちゃん本当に乱暴になったよね。前はあんなに『大きくなったらマフ姉様のお嫁さんになりゅ〜』って言ってくれてたのに…………およよ」


 マフデトが涙を流す、フリをする。


 テフヌトは慣れたもので、それを軽く受け流した。


 部屋に、嘘泣きの声だけが響く。


「ってなんか言ってよ! もー! 昔はもっと懐いてくれてたじゃん! バステトもいなくなっちゃったし…………お姉ちゃん寂しいよぉ!」


「貴女が…………」


「ん?」


「貴女があの日、バステトを勝手に奴隷にしたからじゃ、ないですか」


 テフヌトは服の裾を握りしめ、顔を俯かせながら、絞り出すようにそう言った。


 一人で盛り上がっていたマフデトは、その反応に白けた。

 頭領専用の椅子にドカっと腰を下ろし、ため息を吐く。


 テフヌトはそのため息にビクッと震える。


 マフデトは、そんなテフヌトを視界に収めながら、先程までとは違い、ゆっくりと、諭すように話し始めた。


「あのね、猫一族は共和国設立後に此処を訪れた一門だよ。ご先祖様の頑張りと、他の一族の大らかさによって、今こそ円卓の一席についているけど…………本来、外様なんだよ。分かってる?」


「そ、それは分かってますけど…………」


「いーーーや! 分かってないね! 猫一族はこのままじゃダメなんだよ。何かしらの、それこそ共和国をもう一度立ち上げるくらいの功績を挙げ、他の一族達に立場を認めさせる。いや、見直させる。そうしないと、近い未来で先兵として使い倒され、そして滅亡するんだ」


「マフ姉様が、そう言うなら、そうなんでしょう。で、でも…………何もあの子を差し出すことなんて」


「…………あの子しか居なかったんだよ。そりゃマフちゃんだってね、身内を売りさばくような事はしたくないよ。でもね、あのタイミング。『太陽王キング・アメン』が、一生に一度だけ自ら従者を奴隷から引き上げる。あのタイミングでしか、私達がその覇道に寄り添う事は、出来なかったんだ」


 もう何度も聞いた説明を、テフヌトは静かに聞いていた。


 しかし、理屈は通じていても、感情は抑えられない。


 獣人とは、情の深い生き物だ。


 それはテフヌトも、そしてマフデトも例外ではない。


 自分が、代わりに。


 何度そう思った事だろう。


 どれだけの涙を流した事だろう。


 そんな気持ちが、テフヌトの口から漏れ出る。


「ラムセス様の事は、何回も聞いております。確かに、偉大なお方だと思います。それでも、バステトはまだ子供でした。私でも…………私が、奴隷になってもよかったんじゃ」


「あのね、バステトは『特別』なんだよ。テフちゃんじゃ、そしてマフちゃんですら、足元にも及ばないほどにね」


 テフヌトの精一杯の抗議を、マフデトは一蹴する。


 彼女の黒い瞳には、テフヌトの想像できないほどの、あらゆる未来が映っていた。


 話している時も、食事を取る時も、身を清めている最中も、そして寝ている時でさえ、マフデトの目は常に動き続けている。


 それは、絶えず変動し続ける未来の全てを、ひたすらに追い続けているから。


 彼女は全てを理解している。


 今までの事も、そしてこれからの事も。


 猫一族頭領、『未来王キング・フェイト』マフデトの、「可能性を見通す瞳」には、全ての結末が映っている。


「まぁ、あれでしょ。何とかなるよ。ここでバステトが生きるか死ぬかが、マフちゃん達の未来を左右する最初のターニングポイントだったんだ。本来なら、ラムセス様の最初の討伐の時、バステトが死ぬ確率の方が高かった…………でも、生き残った。何処かの誰かさんが介入したんだろうね。恐らく、未来を知っている」


「やはり、マフ姉様以外にも、歴史を変えようとする者はいるのですね」


「あったりまえだよぉ! なにせ、あのお方の未来の姿が、そのまま人類の存亡を決めることになるんだ! 聖教国だって、共和国だって、帝国だって…………そして、王国自身も! あのお方には細心の注意を払っているんだ!」


 そこまで言うと、再び興奮が蘇ってきたのか、マフデトは立ち上がり、咆哮するようにブチまける。


「だからこそ、その存在に全てを賭けるのさ! オールベット! いずれ王へと至る者に、猫一族がいの一番に馳せ参じ、そしてその覇道に名を刻む! その為には…………一族のためならば、肉親だって売り払ってみせるよ! 例えそれが、死の危険と直結していたとしてもね!」


 そこまで言ってから、再びテンションが下がったマフデトは、三度席に着いた。


「ま、バステトちゃんも満更じゃ無いみたいだし、あんまり気にしなくてもいいんじゃない? ライバルは多いみたいだけど、王様らしくモテまくりのヤリまくりだよ。第一夫人の座を勝ち取る未来も無いわけじゃないけど、マフちゃんそこまで求めるほど完璧主義じゃないし」


「や、ヤリまくりって…………」


「いやもうほんとすっごいね、ゾクゾクしてきちゃう。バステトもめっちゃノリノリだし、盛りのついた猫だね、本当。やっぱり名付け親になってもらったのが大きいかな! 決断したマフちゃんえらい! 大勝利!」


「も、もしかして…………いつもそんな未来ばっかり見てるわけじゃありませんよね!!」


「当たり前じゃん、マフちゃんそこまで暇じゃないの。あっ、でも〜」


 マフデトは急に目を細め、テフヌトへと流し目を送る。


 そして、思わせぶりな言葉とともに、ニヤニヤとした性格の悪そうな笑顔を向ける。


 テフヌトはそれに嫌な予感を感じつつも、マフデトへ何事か問い掛ける。


「? …………でも、なんですか?」


 そして、帰ってきた言葉は、テフヌトの精神を揺るがすような爆弾だった。


「結局マフちゃんもテフちゃんも、一緒に侍ることになるから、そっちの方も覚悟しといた方がいいよ? 王様は、下半身もご立派だからね」


「な、な、な…………」


「ん? どうしたの? 想像して発情スイッチ入っちゃった? 激しく活動するのもいいけど、未通の証は破らないようにね? そこらへん煩い男の人、多いから」


「未婚の女性が! 軽々しくそういう事を言わないでくださいって! 言ってるでしょうが!!!」


「にゃああああああ!! やめろぉ! 頭を狙うのだけは本当にやめろぉ!!」


 二人の声が、騒がしく屋敷へと響く。


 屋敷の使用人達は一瞬手を止めるが、何時ものことかと、それぞれの作業に戻った。


 暴れるテフヌトを抑えながら、マフデトは遠くへと視線を送る。


 そして、テフヌトにも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「バステト…………とにかく、精一杯生きるんだ。君は最も愛情深く、そして愛されやすい。誠実に、そして自分に正直に生きるんだよ」




「にゃ?」


 バステトは手を止め、窓の外を見る。


 誰かに名前を呼ばれたような気がしたからだ。


 すぐに気のせいだと判断し、手元の作業へと戻る。


 そこには、ラムセスに頼まれて作っている、四角錐の物体が置かれていた。


「ラムセス様、喜んでくれるかにゃぁ…………」


 バステトとその姉妹が再会するのは、まだまだ先のお話。

 今回のファラオ'sキーワード


 「未来王キング・フェイト


 最も良き未来で会いましょう、愛しい人達よ。

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