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A級冒険者、その名は


 冒険者というのは、王国に存在する職業制度の一つだ。


 「黒髪の英雄」である初代国王、「魔術王キング・クラフト」が提唱し、今もその形を残している。


 国の戦力である魔術師は、基本的に国の軍に所属する事になる。


 しかし、その数は決して多くはない。


 なにせ、魔術の才能の有無は完全に遺伝で決まるのだ。


 その殆どが貴族であり、貴族でない魔術師も一応存在するのだが、貴族の魔術師よりも更に数が少なくなる。


 よって、国全体の領土を守るには、物理的に戦力が足りないのだ。


 そんな戦力不足を補うために作られた職業が、冒険者である。


 冒険者は国から依頼を受け、魔物を倒す事によって報酬を手に入れる。


 彼らは国によって身分と戦闘能力を保証される。

 そして、その代わりに国民の盾として魔物の討伐をする義務を有するのだ。


 そして冒険者も魔術師と同じく、「魔術王」の定めた記号によってランク付けがされている。


 一番上をSとして、A、B、C、D、E、Fといった順に表され、強さを始めとした信頼度の基準となる。


 S級程の冒険者となれば、魔術師と同等以上の戦闘力を持つ者もいる。


 貴族だけでは足りない戦力を、国民から募る。


 当たり前の事なのだが、それを「貴族的義務ノブレス・オブリージュ」を座右の銘としていた「魔術王」が実行した事が、最も重要なのだ。


 しかし、一部の貴族の中には、この冒険者をよく思っていない者もいる。


 いくら戦闘能力を有しているとはいえ、その殆どは平民。つまり、自分達の領民でもあるのだ。


 尊敬する「魔術王」が定め、国防に対して効果的であるとはいえ、理屈と感情は別である。


 つまり、護られるべき者達が戦っている事に、納得がいかないのだ。


 たとえ、仕方のない事だとしても。


 そうしなければ、沢山の民が血を流す事になってしまうとしても。


 自分達の無力さを、実感してしまうから。



 勿論、ラムセスやレムリットに関しては、それは当てはまらない。


 ラムセスはそもそも求道者気質であり、自分の行動の責任は自分で取るべきだと思っている。


 自ら戦いの道を選んだのであれば、何も問題はないと考えているのだ。


 レムリットも実力主義であり、使い物になるのであれば、貴族も平民も関係ないと思っている。


 だから、息子の魔物討伐に冒険者を同伴させようとしているのだ。


 しかし、ラムセスは不思議に思っていた。


 冒険者といえば、確かに国から依頼を受け、魔物討伐をする存在だ。


 魔物討伐以外にも、護衛や辺境の調査なども受ける事はある。


 しかし、ラムセスのいるオリシス家は貴族の中でも位の高い公爵家だ。


 たとえレムリットやラムセスが真っ当な人間性を有していたとして、自ら関わりに行くものは少ないだろう。


 貴族というものは、その全てが魔術師だ。


 「魔術王」の定めた「義務教育」によって、貴族の子息は全員が魔術学園に通うことを定められ、必ず魔術を習う必要があるのだ。


 つまり、平民では手の届かない戦闘力を持っているという事。


 いたずらに平民を苦しめる貴族などそうそういないが、ゼロではない。


 万が一失態を晒したり、機嫌を損ねなどしたら、問答無用で殺されてしまうかもしれない。


 自分達を護るために戦っている貴族のことを、平民は敬い、感謝している。


 しかし、それを抜きにしても、自分達の理解できない力を使う貴族は、恐怖の対象でもあるのだ。


 オリシス家は、公爵だ。


 王家を除けば、最も高い位の貴族。


 普通の冒険者であれば、関わろうとは思わないだろう。


 強制依頼という形式の任務もあるにはあるが、レムリットはわざわざそんな事をする人間でもないだろう。


 では、いったいどの様な冒険者が、公爵家の依頼を受けたのだろう。


 ラムセスは、それが気になっていた。



「冒険者…………ですか?」

 

「ああ……伝手を頼って一人、依頼を受けてもらった。とはいえ、あくまでこれはお前の魔物討伐だ。お前に限っては無いと思うが、本当に危ない時や、対応しきれない時に手を貸してもらう事になっている」


「はい、それは分かっています。ですが…………その方も、よく公爵家の依頼を受けようと思いましたね」


「それは、うむ。なんというか……学園時代の後輩でな、妻によく懐いていたのだ。それで、引き受けてもらえた」


「なるほど。つまり、その方も貴族なのですね」


「いや、それは違う。彼女は留学生だったんだ、共和国からの」


「共和国…………獣人、という事ですか? 何故冒険者をしているのでしょうか」


「それは本人に聞かないと分からない事だ。妻ですら、理由は教えてもらっていないらしい」


 魔術学園は、魔術を習うための場所だ。


 必然的に、その生徒のほとんどが貴族となる。


 しかし、それには例外が存在している。


 例えば、平民の中に生まれながらにして、偶然魔術の才能を持った者。


 魔術の才能は完全に遺伝によって決まる。


 そういった平民は、先祖に貴族の血筋の者がいたのだろう。


 王国は比較的長い歴史を持つ国家だ。


 そういう可能性・・・・・・・も、ゼロではない。


 そして、共和国からの留学生。


 国家間の交渉によって、共和国からは毎年数名の獣人が、魔術学園への留学を認められている。


 これは周知の事実なのだが、何故か・・・獣人は全員が魔術への才能を有している。


 その原因は分かっていない。


 しかし現実として、獣人は魔術が使えるのだ。


 ラムセスがバステトを買う事にした理由の一つでもある。


 本来、魔術の才能は外見から読み取ることはできない。


 黒髪を持っていたとしても、魔術を使えない者もいるのだ。


 しかし、獣人だけは別だ。


 なにせ、外見からして普通の人間とは異なっている。


 魔術が使えるかどうかは、一目で分かる。


 だからこそ、魔術を使える側近にするために、ラムセスはバステトを選んだ。


 勿論、それだけを理由にしているわけではないが。



 まだ共和国がなかった頃、獣人は魔物の一種だと思われていた。


 ある程度人間に近しい見た目でありながら、その本質が全く異なっているからだ。


 実際に、とある大森林に生息している狼人間ウルヴァリンと呼ばれる二足歩行の狼は、魔物だと認知されている。


 獣人とは、その延長線に存在する魔物だと思われていたのだ。


 魔物は、外見が人に近づくほどに、高い頭脳と危険性を持つ。


 獣人とは、普通の人間にとって恐るべき存在であり、理解できない生き物だった。


 だからこそ、奴隷として身分を貶め、近くで縛って監視することで恐怖を抑えていたのだ。


 獣人は食事をとるし、子孫も残す。


 ある程度専門的な知識を持つ者は、その点の差異から、獣人は魔物とは違う存在であると主張していたが、多くの人々はそんな事を知らない。


 人間は結局、自分の信じたい情報だけを信じるのだ。


 長い間、獣人は魔物扱いを受け、迫害されていた。


 しかし、獣人達が集まって共和国として独立しようとした時に、その誤解は解けた。


 獣人の反乱を受けそうになった王国や帝国が、共和国へ攻撃を仕掛けようとして、それが出来ないことに気がついたのだ。


 「世界契約ワールド・パクト」だ。


 「人間同士・・・・で戦争をする」事は、禁じられている。


 共和国には「黒髪の英雄」という人間がいたとはいえ、それ以外は全員が獣人だった。


 この時始めて、「獣人は人間の一種」であるという認識が生まれたのだ。


 この事実に後押しされて、共和国は周辺国に認められながら、無血で独立を果たした。


 それを理由に、「契約王キング・パクト」は共和国でも信仰されている。


 「世界契約ワールド・パクト」が、獣人を人間だと認めたのだ。



 だからこそ、王国は共和国からの留学を認めている。


 奴隷として扱っていた過去があるとして、それは昔の話だ。


 同じ人間であり、魔術の才能があるのであれば、認めない理由もない。


 魔術学園の理念は「優秀な魔術師を社会へ輩出し、人類を護る」という事。


 魔術師は万年、人手不足だ。


 獣人だとしても、諸手を挙げて歓迎する。



 しかし、そんな共和国の留学生が冒険者をやっているという事が、ラムセスには理解できなかった。


 通常、共和国からの留学生は魔術を修めた後、国へ帰り技術を伝える役割を持っている。


 この魔術の流出は、王国としても喜ばしい事だ。


 人間同士で争いが起きない以上、国という巨大な組織が力をつけるという事は、それがそのまま魔物に対する対抗力になる。


 むしろ、王国もそれを期待して、留学生を受け入れている。


 だから、獣人の魔術師が冒険者になるという事は、よほどの事情がない限りありえないのだ。


 共和国が国費を投じて留学生を送り出している以上、留学生には国の利益になる必要がある。


 留学生も、それを織り込み済みで学園へ訪れているはずなのだ。



 ラムセスは一瞬でそこまで思考を巡らせて、そして考えることをやめた。


 どれだけ考察を重ねたところで、正解を導き出せる訳ではない。


 無理やり聞き出すわけにはいかない以上、ラムセスには知ることの出来ない事柄だ。


 だったら、それに思考を割くだけ無駄である。


 ラムセスは気持ちを切り替え、レムリットへ詳細を聞くことにした。


「それで、その冒険者についてですが、どのような方なのですか? 彼女、というからには、女の獣人ですよね?」


「ああ……彼女は隼の獣人で、今はA級の冒険者らしい」


「隼…………羽を持つ獣人ですか。それで、その人のお名前は」



「ホルスと申します。若様」


 ラムセスは咄嗟にその場を跳びのき、戦闘態勢に入った。


 突然だった。


 ラムセスの背後に、一つの気配が現れたのだ。


 火属性の魔術師であるラムセスは、熱に対して敏感である。


 ある程度離れた場所にいる相手の体温すら、感知することができる。


 しかし、この女はそれを感じさせる事がなかった。


 文字通り、突然現れたのだ。


 それはこの女が、今のラムセスと同等か、それ以上の実力を持っていることの証明だった。


 自分の家だからといって、油断していたのだ。


 これが暗殺者だったら、ラムセスは死んでいた。


 ラムセスは呼吸を整え、隙を無くして相手を観察する。



 美しい獣人だった。


 側頭部から生えた一対の羽は、背中の方へ伸ばされ、綺麗な曲線を描いて畳まれている。


 ピンとした立ち姿は壁画のようであり、見るものに感心を抱かせるだろう。


 顔はやや童顔であり、目尻が鋭いが、それも今は下へと向いているため、優しそうな印象を受ける。


 衣装は獣人らしく布面積が少なく、動き易さを重視したものだ。

 脇がほぼ丸見えになっており、ラムセスからは判断できないが、恐らく背中も見えることだろう。

 エキゾチックな褐色の肌が光を反射し、眩しく輝いている。


 そして何より、その獣人は黒髪だった。


 しかし、その事よりも、ラムセスには気になる事があった。


「だから、その登場の仕方をやめろと言っているだろう。相手によっては、処刑されてもおかしくないぞ」


「あら、レムリット様にそんな事をする勇気があるのですか? 自分の番に求愛するのにさえ、四年も掛かった貴方が?」


「息子の前でそれは言わないでって釘刺したよね? なんで早速バラしちゃうの?」


「申し訳ありません。見た目通りの鳥頭でして」


「そのドヤ顔やめて」


 レムリットは獣人の女に対して、やや親しげだ。


 学園での後輩と言っていたし、前から友好関係にあったのだろう。


 自分の父が母へと求愛した時の話は、とても気になる。


 しかし、それよりも。


「ホルス…………?」


「ラムセス、警戒しなくてもいい。こいつが、お前へ同伴する冒険者だ。名前はホリィ・スィー」


「是非とも、ホルスとお呼びください。未来のファラオ」


 ホルスといえば、エジプト神話の中に登場する神の名だ。


 ラムセスとなった男はニワカとはいえ、流石にその名前は知っている。


 その事が気になっていたラムセスだったが、それ以上の衝撃を受けていた。


「どうして…………僕が、ファラオって…………」


「レムリット様から聞いています。ファラオという、偉大な指導者を目指していると」


「うん? そんな事教えたか?」


「いやですねレムリット様。貴方も鳥頭なのですか?」


「いやホリィ、だからそれは不敬だって…………」


 隼の獣人にして、ホルスを名乗る女。


 ラムセスはこの出会いに、何かしらの運命を感じざるを得ないのだった。

 今回のファラオ'sキーワード


 「ホルス神」


 隼の頭部を持つ「男神」。

 ラーの息子だと言われているため、ファラオはホルスの生まれ変わりだとされ、正当な後継者としての扱いを受けていた。

 ここでのホルスは女性である。

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