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復活の自称ファラオ

 ある男が、宗教にドハマりした。


 彼は二十五歳。新卒から三年が経過している。


 社会に希望を抱き、輝いた目で通勤電車に乗っていた彼も、今では立派なブラック企業の奴隷になっていた。


 その勤務時間、一日につきおよそ十八時間。


 大切な何かを削りながら、パソコンに向き合う日々。


 そんな彼は、もう何ヶ月も開いていなかったSNSを開いたことで、ある記述を偶然見つけ出した。


『ピラミッド建設って、ホワイトだったらしいよ』


 そんなバカな、彼はそう思った。


 ピラミッド建設といえば、古代エジプトである。


 人権という思想が根付く、遥か昔。


 奴隷が公然に認められた、そんな時代。


 まさか、そんな時代に働かされていた奴隷が、ホワイトな仕事をしているはずがない。


 彼はそう思っていた。


 気になった彼は、元より僅かしか存在しなかった睡眠時間を更に削り、ピラミッド建設について調べた。


『「誕生日だから」とか「怪我したから」とか「二日酔いだから」みたいな理由でも休めたらしい』


『週にそんなに仕事が入っていなくて、必ず定時で帰れた』


『毎日パンとビールの支給があって、祭日には石鹸や肉が配られた。ニンニクや玉ねぎなど精のつくものも優先的に配られていたらしい』


『そもそも失業した人たちに職を与えるための慈善事業だった可能性もあるらしい』


 調べるとそれなりの情報が出てきた。


 彼は涙を流した。


 なんて素晴らしいのだろう。


 自分も古代エジプトに生まれたかった。


 彼は心からそう思った。

 そして、自らの職場環境について振り返る。


 まともに休みが取れず、地獄の様な四十連勤。


 有給ももちろん消化させてもらえず、妹の結婚式にも行けなかった。


 大学時代から付き合っていた彼女は、長い間声すら聞くことができず、ただ一言『別れよう』という通知を最後に連絡すら取れなくなった。


 辛かった事を上げていけばキリがない。


 せめて上司がまともな人間であってくれれば。


 怒鳴る、仕事を押し付ける、責任を取らないの最低な条件が並ぶハゲ頭を思い出し、ため息を吐く。


 そして彼は、何を思ったのかエジプトについて調べ始めた。


『ラムセス二世は偉大なるファラオ』


『選ばれし者は死後の世界で蘇るという独特の死生観』


『正直者は神々に認められるという考え方から、善業を重ねる国民達』


 その煌びやかな神殿や特殊な思想に、彼は魅了された。


 もしも過労死してしまったら、古代エジプトに産まれたい。


 できれば偉大なる指導者の元で、善業を重ねたい。



 彼は寝不足な頭でそんなトチ狂った事ばかりを考えていた。


 ふと気がつくと、時計は四時を回っていた。


 八時までには出勤しないといけない。


 貴重な睡眠時間を無駄にしてしまった。


 そう思った彼は、二時間後にアラームを設定し、眠りについた。



 そして、その後目覚めることはなかった。


 過労と睡眠不足による、心肺停止である。


 彼は、古代エジプトに想いを馳せながら、その生を終える事になったのだ。




 神殿の様な場所で、彼は目を覚ました。


 目の前には天秤が置いてあり、片方には一枚の羽が乗せられている。


 そしてその傍らには、頭が鰐で上半身が獅子、下半身が河馬の奇妙な生き物が静かに座っていた。


 男はエジプトについてニワカであったため知り得なかったが、その生き物はアメミットという。


 女神マアトの真実の羽と、死者の心臓を天秤に掛け、心臓の方が重かった時、その心臓の持ち主は邪悪であると判断され、アメミットに心臓を食べられてしまう。


 アメミットに心臓を食べられた者は「第二の死」を受け、死者の楽園へ行くことが出来なくなってしまうのだ。


 勿論、エジプトについてニワカである彼は知らない事だ。


 彼は今の状況を、夢か何かだと思っていた。


 何せ、先程までエジプトについて少し調べて、睡眠した記憶が残っているのだから。


 調べた知識に影響された夢を見ても、可笑しくないと判断したのだ。


 そして、彼の胸元から心臓が取り出される。


 彼は目の前に浮かぶ自らの心臓を見て、とても微妙な気分になった。


 何せ、明らかにボロボロで、不健康そうなのである。


 さもありなん。過労によって心肺停止した彼に相応しい心臓である。


 そして、その心臓は天秤の片方に乗せられる。


 ガンッ! と音を立てて、天秤が傾いた。



 真実の羽を乗せた方が、沈んでいた。


 その場に、なんとも言えない沈黙が走る。


 彼には真の姿を捉えることが出来ない、モヤモヤした人型の何かが集まって、ヒソヒソと小声で話し始めた。


 アメミットは、何処か哀れむ様な目で男を見つめていた。


 男とアメミットの目が合う。

 アメミットはそっと目を逸らした。


 そして、祭壇から眩い光が走った。


 まるで太陽の如き輝きに、男は腕で目を覆う。


 彼には見えなかったが、彼以外の人型が全員、彼へと手を振っていた。


 まるで、彼がこれから何処かへと飛ばされるのを、見送るように。


 そして、彼の意識はその場から消え去り、遠くの方へと吸い込まれていった。




 太陽暦元年。


 ある赤ん坊が産まれた。


 その赤子は夜泣きをする事がなく、産まれた時から瞳に知性を宿し、自らの周りを観察するように見つめていた。


 周りは彼を神童と呼び、将来に期待した。


 その赤子の名を、ラムセス。


 偶然だろうか、ある世界でオジマンディアスと呼ばれているファラオと同じ名前である。別名で、メリアメンともいう。


 誰も知らない。


 この赤子が、死後の世界から復活を遂げた、ある男の魂を宿していることを。



 そしてその魂が、ニワカ知識を総動員した結果、自らを「死から復活したファラオ」だと思い込んだ事を。


 ニワカ知識を基にした、奇行を繰り返すようになるという事を。


 今は誰も、知らなかった。


 今回のファラオ'sキーワード


 「太陽暦」


 主人公が産まれた年を元年とする、主人公だけに通じる暦。

 自分がファラオとして君臨した時には、本気で国家公認にしようとしている。

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