第5話 信じるということ
鬱回になるかもしれませんがそういう展開が苦手な方はお気を付けください。
―――その後見舞いに来た両親にも事件の顛末や美華のことを聞いてみたのだがテレビでも特にニュースは流れていないらしい。そして,両親は美華の両親とはさすがに気まずいらしく話してないらしい。
そのほかにもいろいろ調べたりした。しかし,結局まったく情報を得ることができなかった。
退院するまで愛菜は見舞いに来てくれてはいた。だが,愛菜とは気まずくあまり話すことができなかった。
そうしていると入院している時間もあっという間に過ぎ去っていき,ようやく退院する日がやってきた。
病院から家に帰り一息をつくことで徐々に眠くなってきたのでベッドに横たわりすっと眠りに落ちた。
―――カーテンの隙間から日差しが差し込んでくる。
その光があまりにまぶしかったため,加藤は目を覚ます。うーんと背を伸ばし,時計を見るとすでに八時を回っていた。かなり遅刻しそうな時間ではある。しかし,あまり急ぐ気にもなれない。
「ふぅー」
そう肺の中の空気をすべて吐き出すような深いため息をつきながら,ベッドのはじに座る。
体が重い。
そして,学校に行くことがいつも以上に憂鬱に感じる。
「学校には行かないと」
ただその義務感のみで動き,朝食をとる暇もなく,学校に行く準備を済ませ家を出る。
2キロ以上ある長い通学路をもくもくとあるいていく。
「・・・」
いつもと同じはずの通学路なはずなのにいつも隣にいるはずの彼女が隣にいないことに違和感が生じてしまう。
彼女はいつも当たり前のように隣にいて,いつまでも隣にいてくれる。実は加藤のことを好いていてくれているのではないだろうか。
そんなことすら加藤は思っていた。だがそれはきっと幻想だったんだろう。きっと美華は俺と一緒にいることが嫌で嫌で仕方がなかったのだ。そうでなければ美華が『あの時』あんなことをしたりはしない。
そんな幻想を見ていた自分自身に辟易してしまい,思わずため息をつき曇天の空を仰いだ。
―――やけに長く感じる通学路が終わりようやく学校に着いた。
すでに学校は始まっているらしく校門付近には誰もいない。
(やっぱり学校には広まってるんだろうな)
学校内で人が刺されたというのはいくらニュースになってないとはいえ学校中に広がっていないはずがない。
教室の前に来るとちょうど休み時間だったのだろう。教室の中はざわついている。
注目されることが嫌だったため静かに教室に入る。なんとか気が付かれずに席に着くことに成功した。そこでふっと一息をつく。
しかし,ほっとしたのもつかの間このクラスでうわさ好きで知られる男子が加藤の様子に気付き近寄ってくる。
「なあ我妻さんと何があったのか教えてくれない?」
そうやっていつも話さない加藤に対して話しかけてくる。
なぜか加藤みたいなボッチと一緒にいることを除けば特に欠点は見当たらないほどの完璧美少女で,学校の有名人である。
そんな美華が事件を起こしたといわれてもあり得ないと予測するのは当然だろう。
「いや………」
加藤はそんなにコミュニケーション能力が欠如しているわけではない。いつも通りであったならば無難な返しができたはずだ。それなのに久しぶりの学校だからだろうかほとんど何も話すことが出来なかった。そんな返事では誰も納得ができるはずもない。
そして,その会話が聞こえていたのだろう。加藤が学校に来ていることにクラスメイトが集まってくる。
「なあ何があったんだよ。教えろよ」
集まってきたクラスメイトがそんなことを訪ねてきた。
クラスメイトにかかまれるそのことが昔小学生のころいじめられていた時のころに重なる。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
そうやって俺の頭の中が恐怖で覆いつくされる。
体中から脂汗が噴出し,めまいがして何もできなくなってしまい,体が金縛りのように固まり頭を抱える。
「あっ………う………」
加藤は何か答えようとして口を動かすがそんな言葉しか出てこない。
「我妻さんはあんなことするわけない」
「おまえが何かしたんだろ」
「そうだそうだ」
「何があったか教えろよ」
「そうだ教えろ」
教えろ,教えろ,そうコールが響く。
悪意がおしよせる。
加藤には囲っているクラスメイトに殺意を向けられているようにすら見える。
突如めまいが襲ってきてひどい吐き気がする。
「あ,あああああああああああああああああああああああああああああああああ………」
加藤は叫び周りの人をかき分け必死に逃げだした。
教室を出て廊下を走り抜ける。どうしようもない吐き気が襲ってきてトイレの個室に駆け込み,
「おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………」
便器に向かって胃液を吐き出した。
「はぁはぁはぁ」
そう声を荒げ,頭痛がひどく,めまいがして動けない。
長い時間トイレの中にいたが,いつまでもそうしているわけにもいかず,ふらつきながらも家への帰路に就く。
帰りの長い通学路を歩いていると,徐々に雨がぱらつきはじめ,突然土砂降りに変わる。加藤は家から出るときは急いでいたから天気予報など見る暇もなかったため傘などもっているはずもなく,ただ雨にうたれる。
何もできないむなしさと言うことを聞いてくれない自分自身に腹が立つ。そのいらだちは雨に打たれるということで一層増していく。
「くそっ!」
そのイライラを晴らそうと近くにあった電柱に拳をぶつける。
だがそんなことをしてもむなしさは一層強まっていくだけだった。
「はあ」
加藤は何もかもが嫌になり,ため息をつきふらつきずぶ濡れになりながら家への道を歩いて行った。
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―――それから数日後………
加藤はまだ学校に行けていなかった。
学校どころか家族と関わることすらも拒絶してしまった。
誰とも接したくなく,ひたすら自分の部屋に引き籠る生活を続けている。
ただ食事だけはとらないわけにはいかないため食事は母親が部屋の前に置く。俺はそれを取り出して食べ,また部屋の前に余った皿を置く。
ただただ現実の世界を投げ捨て,そんな怠惰な日々を過ごし続けていた。
そんな毎日が続いていたとある日の夕方,突然部屋の扉のノックが鳴り,
「お兄ちゃん………今日も夕飯出てこないの?」
愛菜がそうやって声をかけてくる。
「ごめん無理だ」
加藤には信じることがとても難しく感じる。
今,家族ともまともにコミュニケーションをとれる自信がない。
信じられない。
「入っていい?」
そう愛菜は聞いてきた。
「・・・」
加藤は断ろうと思い,何を言って断ろうか考えていたためすこし間が開いてしまう。
「入るね」
愛菜はその沈黙をきっと入ってよいという意味に勘違いしたのだろう。愛菜はドアを開け入って来る。
「何か用か?」
加藤がそう聞くと,愛菜は深呼吸をしてから,
「お兄ちゃん大丈夫?」
そう美華は心配そうに声をかけてくる。
「・・・」
加藤は何と答えていいかわからず黙っている。
「『あの時』美華姉がやったことはきっと………きっと何か理由があるはずだって愛菜は思うよ」
「なんで美華があんなことをやったことが何か理由があるって思うんだ」
その根拠がなければ加藤にはそれは信じることができない。
「だって美華姉はそんなことをするような人じゃないもん」
何という美しい信頼だろう。あんなふうに加藤も信じられれば良かったんだろう。ただ加藤にはそうまでして美華を信じられる気がしない。
たしかに加藤の腹に悪意を持って突き刺した。自分が刺されたのだから自分が良く分かっている。
「どうやって信じろって言うんだ?現に俺は明らかな殺意を持って・刺されたんだ。そんなの信じられる
わけないだろ・・」
加藤は顔をゆがめながら無理やり声を絞り出す。
「う~ん………ほら例えばお兄ちゃんを傷つけたくはなかったけど脅されてやるしかなかったとか……ほかには実はつまずいてたとか………」
ありえないということは自分でわかっているのか徐々に語尾が小さくなっていく。
「そんなのありえない」
加藤はそうつぶやく。刺された加藤自身が一番わかっている。
あれは躊躇などみじんもなく正確に俺の腹に突き刺さった。ありえるはずがない。
「でもほらポジティブに考えるのって大事だよ。それに美華姉のこと信じてあげないの?」
「信じられるわけないだろ」
加藤はそうつぶやく。
「なんて?」
愛菜は加藤のつぶやきを聞こえていなかったのか聞き返す。すると、加藤の秘めていた感情が爆発した。
「信じられるわけがないんだ。だってさ俺が信じられる根拠が足りないんだ。周りを見てもわかる。仲がよさそうにしている友達同士だって裏では陰口をたたき合っていることがあることだって知ってる。誰だって面と向かって自分のすべてを話しているとは思えない。でも美華と,美華とだけは本当のことだけを話せるような本物の関係に慣れるって信じてたんだ。でも『あの時』確かに裏切られた。きっと美華は俺を嫌っていたんだろ。だったら………だったら俺は誰を信じろっていうんだ」
加藤は叫ぶ。愛菜が悪くないことはわかっている。それでも押さえきれない感情をひたすら叫ぶことを止められることができない。
「じゃあお兄ちゃん。愛菜を信じてよ。」
愛菜は真剣な目をして加藤の目を見つめ、
「愛菜だったらずっと一緒に住んでる家族だよ。美華姉よりもきっと愛菜の方が信じられるでしょ。」
「・・・」
加藤はそう言われてもまだ黙っていることしかできないでいると愛菜は,
「それに愛菜はお兄ちゃんのことどんなことがあったって信じ続けるよ」
愛菜はそんなことまで言った。そんなことまで言ってくれた愛菜を加藤はそれでも信じることができない。なぜなら,
「でもお前は俺の妹だ。いつか俺の元を離れていくだろ」
一生愛菜は俺の隣にいることはありえない。いくら今加藤の隣にいるといったところでいつか結婚してこの家を出ていくだろう。兄妹で一緒にい続けることなどできない
「ずっと一緒にいるもん。私お兄ちゃんのこと大好きだから。ずっと一緒にいた。いって誓うしこれからも一緒にいるって誓うよ。」
加藤はそんな愛菜のことでさえも信じられることができない。例えば今はきっと本気で言っているのだろう。ただその気持ちがいつまでも続くとは限らないのではないだろうか。
「悪い。信じられない」
「愛菜を信じてよ。何で愛菜を信じてくれないの?」
「じゃあ俺に隠し事がないって言えるのか?」
「あ,愛菜は………」
愛菜はそう言いかけて少し言葉が詰まる。何か思い当たる節があったのだろう。誰だってそうだろう。何も隠し事が無い人間。そんな人が存在しているはずがない。誰にだって隠し事はあり心に抱え続けて生きている。
「だから俺は信じられないんだ。」
加藤はそうつぶやく。
「ごめん。お兄ちゃん」
愛菜はそう言って部屋から出ていく。
徐々にそれは最悪な事を言っているのが自分でもわかる。
「俺は最低だ」
そうつぶやき,ベッドに倒れこむ。
そうやって無気力なままベッドに倒れこんだままでいると,そっと何かが部屋に置かれる音が聞こえる。きっと母親が夕食を作り持ってきたのだろう。そう思っていると,
「英雄?ご飯おいてるからね」
とても優しい母親の声で響く。
「ああ」
そう返事をして,母が部屋から離れるのを待つ。だがいくらたっても離れていく気配がなく不思議に思っている。
「学校行かなくていいからね」
母はそう加藤を包み込むような声音で話し出した。
なぜ母はこんなに優しくしてくれるのだろう。
こんな引き籠ってしまったダメ息子なのに。
「どう…して?」
「あんたきっと今ほんとに辛いんだろう。そんな息子に学校に行かせる親なんていないよ」
母はそれだけを言い残し,部屋から出ていく。
なぜそんなにやさしくすることができるのだろう。俺は家族までも拒絶してまで部屋の中に引き籠っている。それなのになんでこの人はこんなに優しいのだろう。こういうのを無償の愛と呼ぶのだろう。
そう思っていると自然と目から涙があふれだしてくる。
加藤はいままで必死の鳴くことだけは我慢してきた。
その母親のあまりのやさしさは我慢すらも忘れさせる。
そして,今まで我慢してきた分だけ涙があふれ出てくる。
「あ,ああああ…………」
その夜加藤は嗚咽するほど泣きわめいた。いくら泣きわめいてもあとからあとから涙があふれだしてくる。
その後泣くことに疲れ切った時加藤はポツリと眠りに落ちた。
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―――数日後・・・
「暇だ………」
見たいアニメはあらかた見尽くしてしまってさすがにやることがなくなってきた。部屋の前のパソコンの前ではあっとため息をつき,ノロノロと自分のベッドに向かい,そこに横たわる。
ベッドの上で横たわりながらぼけーとしていると家のベルがなった。
(家族?いやもし家族だったらベルなんか押さないよな)
そう思い一階におり玄関までいって,おそるおそる玄関ののぞき穴を覗く。
するとなぜか特に見覚えはない男が立っている。
(なんだろう?)
そう思いながらおそるおそるドアを開ける。
「えっとどちらさまですか?」
玄関の前に立っている男の歳は二十一か二十二歳というふうな青年である。そして顔が小さく整っていて,髪は軽いパーマがかかっていていかにもイケメンという感じだ。しかも自分の格好にはあまり気を使ってなさそうで髪はぼさぼさしているがそれでもイケメンだとわかるレベルのイケメンである。
「君の名前は加藤英雄君で間違いないね」
「はあ,俺が加藤英雄ですが。何か用ですか?」
「ふむふむ」
その男は加藤の顔や体形をじろじろと見てきた。その視線が加藤にとってはどうにも気持ちが悪い。
「な,何ですか?」
「うむ,まあいいだろう」
あまりによくわからない行動をとっていたので尋ねてみるが加藤の言葉をあまり聞いていないようで独り言のようでそうつぶやき,
「なあ加藤英雄君。君はその名前の通りヒーローになる気はないかい?」
「は?」
「だから君はヒーローになる気はないかい」
「いえ聞こえてはいたんです。だけどちょっと意味が分からないんですけど」
「ふむ,ではなんというべきかな」
そうすると四宮はうーむと考えはじめ,
「うむ,それでは愛するべきもの救いたくはないか」
「いや情報量が少なさすぎますよ」
「ふむ?」
加藤は何を言っているのかいまいちわからない。そして,加藤はもともと他人と話すことがあまり好きではない。最近は特に他人と話したくない。だから早々に会話を打ち切ることにした。
「あのよくわからないんで,もういいですよね」
そうしてドアを閉める。すると,またドアのベルが鳴る。
「はあ」
加藤はつい深いため息をついてしまったがこのまま居座られてはたまったものではないのでしかたなくまたドアを開ける。
「なんですか?」
「ふーむ」
そのイケメンはそうやって少し考えてから
「我妻美華を救う気はないか?」
「は?」
予想外の質問に思わず戸惑ってしまい答えられずそんな声があふれでた。