第4話 衝撃の後で
加藤視点の過去からのスタートです。
俺と美華が出会ったのは,美華の家が隣に引っ越してきた2歳の時のことだったらしい。
らしいというのは,俺にとってはまだ自我がないころの話で初めてあった日のことは覚えてはいない。ただ両親から聞いた話によると,家が隣で歳が同じということで両親が合わせてくれたらしい。
出会った日からなぜかとても仲が良くいつも一緒にいたと聞いている。
そのおかげでものごころついた時から美華と一緒にママゴトをしたり,秘密基地をつくったりして遊んでいた記憶がある。そうやって一緒に成長してきた。
小学生になって男女の差について意識するような年頃になってくる。
そうすると,俺はごく自然に美華の事が好きになった。
当たり前だろう。ものごころつく前から一緒にいた幼馴染を好きになってしまうのは何ひとつ不自然なことはない。
伝えたいけど伝えたくない。
そんな初めての感情に動揺し振り回され何もできず,俺と美華の関係は何ひとつ変わることがなかった。
俺がいじめを受け,すべてに絶望した年,俺と美華はクラスが分かれていた。そのせいでおそらく美華は俺へのいじめに気が付くことはなかったと思う。
それは俺にとっては好都合だった。美華に,好きな子に無様な姿をさらしたくなかったから。
何も知らない美華は俺にとっての希望で,俺がいつも通り学校に通うことの唯一の理由になってくれた。
その時美華に何度救われたのかわからない。
そしてその年度が終わり,父親の仕事の事情で俺は転校することになった。
美華がそのことを聞いた時は思いっきり驚いて,泣きわめいていた。俺はどうすることもできず謝っていたことを覚えている。
最後に引っ越し先に出発する時も泣いている美華は
「いかないで!」
と俺の袖を引っ張る。
「ごめん。でもまたいつか会いにいくから」
そうやって俺には根拠もない約束しかできなかった。
「うん!」
美華は目をこすりながらこんな力の足りない俺を本当に信じきっている純粋な笑顔をしてうなずき,俺たちはそう約束した。
それから,俺は転校先に引っ越すとまた学校に通い始めた。
そこでは,いじめられることさえなかったが友達を作ることが出来なかった。
過去のいじめが俺に人を信じさせてくれなかった。いつか裏切られるのではないか。そう思うと怖くて,怖くてしかたがなかった。
昔は外で出かけることを好きなほうの子供だったが,友達も作ることができないのでは外で遊ぶことなどない。
そのため,いつの間にかに家に引き籠ることのほうが多くなっていき,それにつれて俺は徐々にふさぎがちな性格になっていった。
―――そんな日々を一年ぐらい過ごした時だった。
その時俺は,学校が本当につまらなくなって,登校する必要性が感じられず,徐々に学校を休みがちになってしまっていた時だった。
そんな時,俺はいつも通りゲームをしたり,本を読んだりして部屋に引き籠っていると,ダッダッダという廊下を走る音が聞こえてきた。なんだろうと思っていると。
ばたん!と部屋の扉が開け放たれる。
そちらを見るとそこにはすこし背が伸び,大人っぽくなっていたが,確かに美華の姿があった。
「遊ぼう!」
美華はそう言って,俺に向かって手を伸ばす。
「な,なんでここに?」
美華の家から俺の家は小学生にとっては一人で行くには絶望的なまでに遠く一人で来たとは思えない。
「ふふーん」
そうやって少しためてから
「今日からまた隣の家に住むことになったの」
美華が何を言っているのかわからず一瞬間があき,
「ほ,本当か?」
俺は本当に驚き,ついキョトンとしてしまった。
これは後から聞かされた話なのだが俺と美華の両親は教師をしていて教師には転勤が多いため,教員物件と言われる教師のための借家が用意されていることが多い。同じ学校に親が配属されそこに住むことになると隣の家になるという可能性がある。まあ限りなく低い可能性ではある。
「ねえ遊ぼうよ,また二人で」
美華がのばしたその手は俺にとってとてもまぶしく見えた。
いじめられ始めたときからずっと美華は闇の中に光るたった一つの光だった。その光は俺にとってまぶしすぎて手を伸ばすことをすこしとまどってしまった。
「いこう!」
美華はそんな俺の中途半端に伸ばした手をとって引いてくれた。
その時俺は救われたのだと思う。
いじめにあっていた時,だんだんと人を信じることが出来なくなっていた時に俺の隣にいてくれたのは美華だけだった。
たった一人隣にいてくれることがどれほど俺を救ってくれたのかわからない。しかし,転校により美華と別れることになってまたひとりぼっちになる。この世界にはままならないこともあるのだと子供ながらにさとった。
しかし美華と一緒の生活が戻ってきてくれた。
美華だけはいつどんな時でも裏切らず,ずっと一緒にいてくれるのではないかとそんな幻想すら生まれた。
それは幻想ではあったが幼い時の俺にとっては絶望的な距離の壁を美華は軽々と打ち破ってきた。
それは俺にその幻想を信じさせてくれた。
そのことは,美華だけは信じてもいいとそうすがっていたのだろう。
人を信じられないなんて思っていたはずなのに。
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目が覚める。
目の前には白いただ白い見知らぬ天井が広がっている。
(なんでこんなところに)
寝ぼけているせいか,なぜこんなところで寝ているかわからなかった。横を向くとたいそうな機器がおいてある。どうやらどこかの病院の一室のようだ。
「う,うーん」
加藤はゆっくり体を起こす。
「ツッ!」
突然腹から痛みが走り,腹に手を当てうずくまる。その痛みがなぜここにいるのかを明確に思い出させた。
「あ,あああああ………」
加藤は『あの時』のことを思い出しただけで恐怖に支配され,頭を抱え,ただふるえることしかできない。
「お兄ちゃん!起きたんだね」
突然愛菜が小走りで病室に入ってきた。
「近づくな!」
その声は妙に響いた。
加藤は怖い。
美華のようにすべての人が加藤を裏切るのではないかと考えることをやめられない。
加藤と美華はずっと一緒だった。正直家族以上に信じていたと言ってもいいかもしれない。そんな美華に刺された。
それではもう誰に刺されるかわかったものではない。
「お兄ちゃん?………大丈夫?」
愛菜が足音を立て近づいてくる。それだけで恐怖心は引き立てられていく。
「近づかないでくれ………頼むから」
加藤は泣きそうになりながら絞り出すように言う。
自分が愛菜にひどいことをしているのはわかっていた。
しかしこの恐怖は止まらず愛菜に気を遣うことができなかった。
「ごめん」
愛菜はそうつぶやき病室から走り去っていく。
一人きりになり少し落ちついてくると自分がしたことに後悔を覚える。
「愛菜にはひどいことをしたな。」
愛菜を傷つけたことがまた加藤を傷つけ,愛菜に申し訳のない気持ちでいっぱいになってそんなことをつぶやいた。
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―――しばらくすると,愛菜が呼んでくれたのか病院の先生がやってきた。その先生は極めて事務的に加藤の体の状態について説明しだした。その説明を俺はただうずくまりながら聞いていることだけしかできない。
その先生によると加藤はどうやら丸一週間眠ってしまっていたらしい。体に関しては致命傷からは奇跡的に外れていた上にすべての処置は終わっていて,実際のところ体自体はたいしたことはないらしく何日かするとすぐに退院できるらしい。
起きた当初はそうやってかなり錯乱していたのだがさすがに数時間たつと少しずつだが落ちついてくる。
そのある程度落ち着いてくるタイミングを見計らっていたのか警察官が事情聴取をしにやってきた。
「警察の橋本というものだ。事件の時,何が起きたのか説明してもらえるかな」
そう説明を求められた。
「確か放課後………」
加藤は正直思い出したくもないのだが,無理やり思い起こしてぽつりぽつりと機能怒ったことを説明する。
目が覚めてから人が怖くて仕方がない。最も信頼しているともいえた美華に裏切られた。それがどうして何も知らない警察官を信じればいいのだろう。
相手に恐怖し続けながらひたすら起きたことを説明し続ける。説明しなければきっと何度も聞きに来ることだろう。それはもっと嫌だ。どうせ避けられないのであれば早く終わらせてしまわなければならばならない。
「本当かい」
実際に起きたことはひどく現実的ではないことに疑問を持っているに違いない。
「ほ,本当です。」
ああそうといいながら次の話題にうつり美華と何かあったのかなどを聞いてくる。しばらくその質問にこたえているとその警察官はあらかたの質問が終わったのだろう。
「何か質問があるかい?」
「あの,美華は結局どうなったんでしょうか?」
「ああええと,はは,彼女のことを呼び捨てにしているのかね本当に仲が良かったんだね。君たちは。はは」
どうやら笑ってごまかされたようだ。さすがにここまで明らかにごまかしてこられると気が付かないと思っているのだろうか。
「ごまかさないでください」
加藤は真剣な目をして問い詰める。するとその警察官はウッといかにも言いそうな表情をしてから,
「はは,ごめんな。実はなぜか私も聞いていないのだよ。まあ通常の通りにいけば留置所に入れられているだろうね」
情報規制でも取られているのだろう。加藤は教えてもらえそうもないので仕方なくあきらめることにする。
「そうですか」
「はは,悪いね。それではもう特に質問がないようなら事情聴取は終了です。お疲れ様でした」
そう社交辞令を言い残し,その警察官は帰っていった。
その警察官が帰ってから携帯を開き,事件について検索をかけたのだが特に何もヒットしない。なぜだろうと首をひねる。だが何かしようにも情報がないことには加藤にはできることは何もなかった。
なんでこんなに美華のことが気になっているんだろう。
そんなことを思う。
加藤は確かに美華に刺された被害者だ。はっきりと言ってしまえばあそこまでひどいことをされてしまえば恨むのが普通なはずだ。むしろ恨まないほうがおかしい。なぜか加藤は美華のことに異常に気になる。
(まだ俺は美華を恨み切ってはいないのだろうか?)
そう自分で自分に疑問に思っていた。
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