11.
悲鳴が狭い牢屋内に反響し共鳴し、いついつまでも脳内に鳴り響きます。
石造りの壁が鳴っているのか、鈍く光る鉄柵が振動で鳴っているのか、私の口から掠れた悲鳴が出続けているのかーー
「うっ……ごふっ」
喉が切れて鉄の味が広がり、血が迸ります。
「ごふっ、こふっ……」
えずく私の唇は朱に染まります。
私の声、だったのね。
心臓が動悸に波打ち、確実に体力のない弱りきった私から、生命力が削ぎ取られていくのが分かります。
熱い熱の塊となり腫れ上がった頭と顔が、皮膚を突き破るかの様な痛みと共にこめかみから強い揺れを常に伝えてきます。
「あ……ああ。生きているのが、辛い」
思わず泣き言が零れますわ。
深々(しんしん)と固く冷たい石床が身体の熱を奪い、首から下は凍り付く寒さが震えを誘う。
ーー華奢でいて白磁の肌よ、貴婦人の手ですね。
ーー肌理が細かくて吸いつくかの様な御手ですね。
ーー貴女の手を取り、踊る栄誉を私めに下さい。
社交界で口々に讃えられた、私の手は土気色になり腫れ汚れ血にも塗れ、華奢な手の原型を留めていませんわ。
重みのある無粋な黒鉄鎖が手首に食い込み、天井に向けて吊られている惨憺たる有様ですわ。
堕ちたものねーー
私も。
「悩める様も美しい天上人よ」
唐突に声が聞こえ、かすかに顔を反らすと
泣き笑いの道化のお面を被った風変わりな白髪の男が柵越しに立っていたわ。
「どなた?」
「名乗る程もない小物ですとも。貴殿のご尊顔を拝する光栄に御感謝を」
戯けて、片脚を上げて、くるりと廻り手を突き出してくる。
「ここに有ります妙薬を飲み込みますと、あら不思議⁉︎立ち所にお肌が若返りますぞ。あぁ、耳は生えてきませんがな‼︎はーっはっはっ、いや、失敬!」
道化らしくブラックジョークを混ぜて、大げさな身振り手振りをされたわ。
普段なら、気に留めない。
でも、今の憐れな私には戯けた道化がお似合いね。
「若返りなの?」
「ええ‼︎もう一粒と、ねだられましても、この道化、海が割れようとも渡せませぬぞ」
「一粒で十分よ。下さる?」
「お目が高いっ‼︎お嬢様は、先見の明がおありですな」
道化がくるくると廻り
「そ〜うれっ‼︎」
掛け声と共に私の開いた口の中に妙薬を放り込み
「噛んで飲み込まれよっ」
片脚で跳ね出したわ。
そこまで騒がしくして、大丈夫かしら。
親指の爪程には大きい物を躊躇なく噛み砕いたわ。
「ふふっ、甘いのね?妙薬」
砂糖菓子のボンボンの様に噛むと中から砂糖水が弾け飛んだ様。
切れた喉に滲みる事なく液体が潤み薄膜が覆い
熱と寒さが奪われ適温に。
こめかみの振動も治まり、顔や頭も手首さえも‼︎
劇的に変わりましたわ。
「驚いた。本物の妙薬みたいね」
「去る尊きお方から、ご令嬢を癒す様に頂いたものでして」
腕組みをして左右に揺れ出す道化。
「はい。お嬢様が想われた方で間違いありませんよ。貴女様は愛されておられる」
戯けた口調から一転、若くしっかりとした言葉で語られましたわ。
「では、私はこれにてーー」
現れた時と同様、道化は音もなく消えたわ。
痛みが完全に遠のき、私の頬はあの方を想い朱がさします。
「王子……信じておりましたわ」
居心地の悪い牢屋でさえ、王子の私への想いを知った後では快適にさえ感じましてよ。でもーー
「早く、私をこの場所から連れ出して下さいませ」
ーー愛しい王子様