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Jack's Halloween  作者: 兎狸
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Girl's story

 十月三十一日。今日だけは子供も夜にお外を歩いていいのよ、とママは教えてくれた。友達と一緒に色んなお洋服を着た。いつもみたいな可愛いだけの服じゃなくて、黒いとんがり帽子に黒いマントの魔女、真っ白な布を被ったお化け、狼男や吸血鬼、ゾンビの格好。私も今日は魔女になっている。ママもパパも、友達も可愛いと褒めてくれた。

 友達皆で色んなお化けになって色んなお家へ行く。「トリックオアトリート!」と皆で声を揃えてお家の人に言うといっぱいお菓子をくれる。クッキー、マシュマロ、ドーナツにチョコレート。カゴいっぱいのお菓子を持って私たちは歩いていた。

 もうそろそろ帰ろうと皆バラバラにお家へ向かう。私も勿論、お家へと歩いていた。だけど、歩いても歩いてもお家に着かない。どこを見ても薄暗い灯りだけ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖くなって灯りの下で丸くなっていたら、一つの足が目の前に見えた。

 顔を上げると、黒い服を着て真っ白な手袋をはめたカボチャ頭が立っていた。本当にカボチャの頭なんだ。ハロウィンのランタンみたいなカボチャ。それは私の前にそっとしゃがんだ。


「大丈夫かい、魔女のお嬢ちゃん」


 お化けみたいな見た目なのに、優しい声で私に言う。大丈夫だもん、怖くないもん。そう言ったのにカボチャはしゃがんだままで、くすくすと笑っていた。

 私を見ていたカボチャは視線を落として私のカゴを見た。


「お菓子、いっぱいもらえたかい?」

「うん! あっ、トリックオアトリート!」

「あははっ、可愛い魔女に悪戯されるのも悪くはないけども、仕方ないなぁ」


 ほら、と言ってカボチャは手を叩く。すると手の平いっぱいにキャンディーが出てきた。すごいねカボチャのおじちゃん、と言うとカボチャ頭を傾げて笑った。

 私の手とカゴに山のようなキャンディーを入れると、カボチャは私の頬をつついた。


「お嬢ちゃん、俺はおじちゃんじゃなくて、ジャックっていうんだよ」

「ジャック? ヘンテコな名前だね」

「そうかい? 俺の国では至って普通の名前なんだけどなぁ」


 ジャック、という変な名前を私に教えたカボチャは私の頬を優しく抓った。全く痛くないけど、痛いよジャックおじちゃん、と声を上げた。すると、おじちゃんじゃないって、と言って沢山つつかれた。だってだって、おじちゃんなんだもん。

 おじちゃんはつつくのをやめて、そっと手を引いた、そしてどこから来たの、友達は一緒じゃないの、とおじちゃんは私に色んなことを聞いた。一つ一つ答えていると、おじちゃんは立ち上がって私の前に手を伸ばした。


「さて、お嬢ちゃん。もうそろそろお家に戻ろうか」

「えー。もっとおじちゃんとお喋りしたい!」

「おっと、そう言われると嬉しいね。しかし、うーん……困ったなぁ」


 顎に手を当てておじちゃんは考え込んだ。ワガママ言っているのはわかっているけども、だって私、もっとお喋りしたいんだもん。楽しいんだもん。

 ムスっと俯いていると、おじちゃんは笑って両方のほっぺを包んで顔を上げさせた。


「よし、じゃあまた来年会おうか」

「来年? 約束だよ?」

「うん、約束。またこの灯りの下で会おう。だから、今日はもう帰ろう?」


 こく、と頷いて手を握る。おじちゃんは、いい子いい子と褒めてくれた。

 おじちゃんは暗い道をどんどん進む。いつもと雰囲気の違う道がちょっとだけ怖い。フクロウの鳴き声、遠くで犬の吠える声。木が風に揺れる音すらも怖くって、ぎゅう、と手を握った。頭の上から、ふふ、と笑い声がする。


「怖いのかい?」

「だって、夜は怖いんだもん。木もお人形も、起きている人食べちゃうって、ママが」

「そうかいそうかい、なるほどね。大丈夫さ、俺が守ってあげるよ」


 本に出て来た王子様みたいなことを言っておじちゃんは私の手を引いて歩く。おじちゃんがくるりと辺りを見回して、おいで、と細い道を歩き出した。ガサガサ脅かす木も犬も、すっかり静かになった。おじちゃんのコツコツ歩く音と私の足音だけが大きく聞こえる。だけどだんだん色んな音が聞こえて来た。聞いたことのある声もする。

 次は私がおじちゃんを引っ張って走り出した。人の形が見えてきたとき、おじちゃんは私の手をぐい、と引いた。


「お嬢ちゃん、俺のお家はあっちの方なんだ。もう、一人でも大丈夫かい?」

「うん、大丈夫だよ! ありがとう、ジャックのおじちゃん。またね」


 バイバイ、と手を振ると、おじちゃんも手を振ってくれた。

 私は聞いたことのある友達の声がする方へと走る。私に気が付いた友達は、どこにいたのー、と聞いてきた。でも、何となくおじちゃんのことは内緒にしたくて、可愛い犬を追いかけていたらはぐれちゃったんだ、と嘘を吐いた。



 変な妙にファンタジックな体験をしたあの年のハロウィンから何年経ったか忘れたけども、相変わらずあのカボチャ頭のおじさん、ジャックに毎年毎年会っている。……四、五年前かな、ジャックが突然「若い娘におじさん呼びされるのヘコむから、ジャックにしてくれ」と例のカボチャ頭を下げて頼まれた。ちょっと可哀想だからジャック呼びをしたら、お菓子が増し増しになった。ダイエット中だって言っているのに。そのまんまでも充分可愛い、だなんて言われたけども全然ときめいてやらない。

 今日もいつもに倣って夜道を歩く。学校帰りでそのままだから、制服の格好だ。ジャックには、もう仮装はしないのかい、と残念そうな顔をされたけども、当然じゃん、と返答した。一人で仮装して夜道を歩くなんて、いくらハロウィンといえど不審者すぎる。


「やぁ、お嬢さん」


 歩いていると声がした。はっと顔を上げると、相も変わらずタキシードにカボチャ頭の無駄に長身で細身な男が経っていた。彼は灯りの下でひらひらと手を振っていた。


「ジャック、トリックオアトリート!」

「出会って一声目でそれかい。もうちょっと、こう、懐かしむ言葉とかはないのか?」

「ないね! 毎年会っているし、そんな懐かしい感じもしないよ」


 へへ、と笑ってみせる。実は毎年楽しみにこの日を待っているなんて言ったらきっとジャックはまたはしゃぐ。おじさんのくせに。

 ジャックは、そうかい、と笑って手の上にマドレーヌをのせてくれた。ドーナツとかもあるけど、ダイエット中の私にとっては拷問に近い。


「ジャック、こんなに沢山貰っても食べ切れないんだけど」

「おや、嫌いだったか」

「そんなことないよ! ジャックのくれるお菓子はどれも美味しいし」


 あ、しまった。褒めてしまった。


「本当かい? 嬉しいね、毎年作っている甲斐があったよ」


 ジャックは嬉しそうに弾んだ声で言う。……毎年作っていたんだ。初めて知った。というか女の子かよ。

 一人驚いていると、ジャックは目の前で膝をついて私を見上げた。白い手袋をはめた手を差し出して、首を傾げた。


「トリックオアトリート、お嬢さん」


 無駄に優しげで柔らかな声で告げられる。ただのカボチャ頭なのに少しドキドキしてしまう。カボチャ頭なのに。

 なんだか癪だけど、私は溜息を吐きながら鞄を漁る。そして小さなカップケーキを手に取った。それを乱暴に彼の胸に押し付ける。彼はくく、と笑ってお菓子を受け取った。


「既製品だよ」

「俺はまだ何にも言ってないけど。でも、そうだね、そういうことにしておこうか」


 そう言ってまた悪戯っぽく笑う。あ、自爆した。

 俯いて拗ねていると、ジャックの大きな手が私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。頭の上から、ありがとう、と嬉しそうな声で言われた。アンタのためじゃない、アンタのためじゃない。友達にあげるついでなんだってば。でもどうせジャックのことだ、そんなことを言っても聞く耳なんて持たないだろう。

 ジャックは私の頭から手を離し、私の手渡したカップケーキを両手で大切そうに包み込んだ。


「大切にするよ」

「ちゃんと食べてよ。美味しくなくなっちゃう」

「そうだね、手作りはすぐに悪くなってしまうからな。大切に食べるよ」


 さっきの話全然聞いてくれなかったのか、もしくは悪意を込めてやっているのか。そう思ったけども、彼は何にも考えていないみたいだ。彼は相変わらず嬉しそうで、カップケーキを鞄に仕舞い込んだ。そして仕舞い終えてからはっとして笑った。


「おっと、手作りじゃないのだっけ」

「もういいよどっちでも……」


 照れ隠しの言葉を吐いたって意味がないことを悟り、投げやりに言う。恥ずかしくなって顔を覆うと、ふふふ、と楽しげな声が耳に入った。それに続いて、最初から素直に言えばいいのに、とからかうように言われた。


「それにしてもすごいね。三年前のハロウィンでも手作りの物もらったけど……随分上手になったね」


 よく覚えているなぁ、そんなこと。

 確か、前の年に、手作りがいいな、と言われて渋々作ったんだっけ。だけども失敗しちゃって。市販の物を「作った」なんて偽って渡すのは死んでも嫌だったから、失敗作を渡したけど……。


「もらう、というより奪う、だったじゃん」

「だって君が作ったものを捨てるとか言うから」

「……もしかして、本当に食べたの、アレ」

「勿論。全部食べたよ」


 当然でしょ、と言いたげにこちらを見下ろす。私は唖然と目を瞬かせることしかできなかった。

 見た目は変だし、お菓子のはずなのに甘くないし。どうあがいても不味いものだったのに。しかも全部?


「お、お腹壊さなかったの?」

「大丈夫だったよ。何というか……不思議な味はしたけど」

「それたぶん、不味いって言うんだよ」

「そうかねぇ……随分前に友人からもらった腐肉のサンドイッチよりかは全然だよ」


 あれはこの世の食い物じゃない、と不機嫌そうに言う。ふ、腐肉のサンドイッチって何だろう。字面でも美味しくはなさそうなことが伝わる。

 ジャックはよく食べ物の話をする。ジャック自身というより、ジャックの友達のことが多い。どうやらズボラなんだろう、しょっちゅう食べ物を腐らせるらしい。更にそれを使った料理を振る舞われるらしい。話を聞いていると、友達本人は腐っていることに気づいていないような気がする。


「君はそういう料理は得意なのかい」

「お菓子よりかは作るよ」

「へぇ、すごいな。是非あいつに教えてやってほしいよ」


 ジャックは優しい声で私に言う。教えられるほどの腕はないのだけどもなぁ。お菓子よりかは好きなだけで。

 楽しく喋っていたら、月が頭の上までのぼってきていた。冷たい風に髪が揺れる。寒さに少し体を震わせると、ジャックは頭を撫でた。


「夜は冷えるね。もう帰った方がいいのかもしれない」

「うん、そうする。……また来年ね、ジャック」

「またね、お嬢さん」


 ジャックはひらりと手を振って背中を向ける。コツコツと革靴の音が小さく響く。

 そういえばジャックはどこに住んでいるのだろう。そもそも、今歩いて行った道の先は何があるのだろう。ここに何年も住んでいるのに、知らない道なんてあるんだ。……ちょっと、ついて行ってみようかな。

 タキシードの後ろ姿を追いかける。歩く速度が速いのか、足が長いから歩幅が大きいのか、気を抜けば私との差が広がってしまう。徐々に徐々に灯りが少なくなっていく中、あっちへこっちへ曲がりながら歩く。そしてほとんど灯りの無い中歩いていると、一つの家が見えてきた。あれ、あんな家あったんだ。見慣れない洋風の小さな家。その家の前で影は立ち止まった。

 するりとカボチャを脱いで、扉の前にちょこんと置かれているロウソクに被せた。カボチャを脱いだ姿を見て、思わず声を上げてしまった。腰が抜けて、枯れ葉の絨毯の上へ座り込む。

 タキシードの首から上が無い。暗くて見えていないのではなくて、存在していないんだ。

 首以外をくるりとこちらに向けると、あの優しい声が聞こえた。


「おやおや、バレちゃったか」

「ジャック……?」


 影は近づいて来て、すっと目の前に膝をついた。無い首をまじまじと見ていると、ジャックが私の目を隠すように手をあてた。


「見ないで。怯える顔は嫌いだ」

「怖くないよ、私」

「君はまたそうやって嘘を言う。ごめんね、もう君の前に現れないから、どうか忘れておくれ」


 ジャックは柔らかい声のまま言う。折角人が素直に本当のことを言っているのに。目を隠す手を引きはがして放り投げてやった。襟首をつかみ上げると、彼は抵抗することもなく、されるがままになっていた。


「誰が初恋相手を怖がるの! 忘れるなんて器用なこと、私に出来ると思っているの?」


 勢いに任せて全て吐き出す。ジャックの無い首を睨み付けてやった。もう会えないとか絶対に嫌だ。

 目の前がぼやけてくると、ジャックは長い指で私の目の下を撫でた。


「大丈夫さ、すぐに忘れられる。泣かないでくれ」


 ジャック、と名前を呼ぼうとしたら、また目を隠された。ふわりと甘いお菓子の香りが一層強くなった。耳元で聞いたこともない言葉が紡がれた。そして目を覆い隠すものが剥がされたとき、目の前には平々凡々な自分の家があった。くるりと周りを見ても誰もいない。名を呼んでも、返事もからかう笑い声も聞こえない。私は静かに涙を流した。



 あれから数日間は本気で落ち込んだ。日を追うごとに少しずつジャックを忘れる自分を叱っていた。どうやったら忘れられないかと思って、彼のことを毎日毎日思い出していた。その度によぎる彼のお菓子の話を思い出して、休日にはお菓子を作りまくった。ジャックが知ったら、褒めてくれるかな。

 そして今日、あれから一年過ぎた。私は暖かい羽織に身を包んで、例の場所へ向かった。彼は「もう会わない」って言っていたから、たぶん来ないだろうな。でも少しくらい望んでもいいじゃんか。……もう、望み続けて二時間は経っているのだけども。叶う気配なんてさらさらない。


「本当に会えないのかなぁ」


 しゃがみ込んで膝を抱える。そういえば初めて会った時もこうやって丸くなっていたんだっけ。涙が出そうなのをぐっと堪えて手に力を込めた。

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