2-1
筋萎縮性冷化障害。
小雪の持つ病気の名前だ。
俺の持つ病気とは真逆で、冷たいものを体内に入れると拒絶反応が起こるというもの。拒否反応が起こる温度はだいたい十度以下とのことで、時期によっては水道水すらろくに飲めなくなるとか。……初雪荘へ来た時、蒸し暑いというのに熱いお茶が出てきたのは、たぶんそのせいだ。
そのことを説明してくれたのは広木だが、小雪に確認を取ったところ間違いはないらしい。説明している間、終始つまらなそうな表情をしていたのは言うまでもない。
「隠し続けるつもりはなかっただろうが、あの様子じゃ隠すつもりはあったんだろうな」
広木は苦笑いでそう語る。
亜希さんが「小雪にみっちり説教するから席外してもらえる?」と鬼の形相で頼んできたので、俺と広木は現在どこへ行くわけでもなく、初雪荘の中をぶらぶらしている。
「でも、危険だろ。同じような病気だし、なにかあった時、対処しやすい。言わないでいる理由ってなんかあるのか?」
つい棘のある言い方になってしまう。
誰だって隠したいことの一つや二つあって当然だが、初雪荘にいる人間の病気の場合は別問題だ。俺はなにか事情があるのかもと思ってあえて自分から聞こうとはしなかったが、聞いてみればなんてことはない。むしろ、話してくれない方が不自然な内容だった。なにせ俺とほとんど同じ病気で、対処方も同じなのだ。なにかあった際、病気を知っているのと知らないのとでは対応が完全に変わる。
隠されていたことに怒っている、というよりは、命に関わりかねないことを平気で黙っている神経に苛立っていた。
「ああ、そりゃその通りだよ。だから亜希姉が残って説教してるわけだし」
広木が同意の言葉を口にする。俺は「だったら」とさらに不満を募らせるが、それより早く、
「けど、小雪だからな」
広木は呆れの色合いも含みつつも優しげな口調でそう言った。
「小雪なら、しゃーないと思っちゃうけどな、俺は」
「どういうこと?」
広木は「伝わるか分からんが」と前置きをして。
「小雪は、面倒事をとにかく嫌うんだよ。俺はたとえ、ちょっと面倒なことがあっても、最終的に楽しければ、そこに行くまでの面倒な過程も楽しんじゃうタイプだ。逆に小雪は、ひたすら面倒なことを避けるタイプだから、その先がどうとか以前に、面倒だと思ったら全部投げ出すわけだ。ぶっちゃけると、努力というのをしない人間なんだよ」
「……?」
まだ付き合って一日なので、小雪の細かい性格分析などできはしない。
昨夜、特になにをするわけでもなく、アニメや動画サイトの生放送にに没頭していたことから、なんとなくそうなのかとは思う。が、それがどうかしたか、という感じだ。
「そんな性格の小雪だからこそ、自分の病気を話すのが嫌だったんじゃないかな、と、俺は思うね」
「えーと? 話がよく見えないんだが」
「そうだな……小雪は夏希の病気を知って、こう考えたんじゃないかってことだ。――自分とほぼ同じ病気を持っていても、夏希は自分と全く違う環境で育ってきている。だから、病気を話すと面倒なことが起こりかねない。話すのはやめよう、ってな」
「んん?」
余計、分からなくなる。
さっき、小雪は物心つく前からこの施設に入れられ、ここ以外の世界を見たことがないという話を聞いた。肌が異様に白いのはそれが原因かと納得もした。しかし、それと病気を教えないこととどう関係しているのか理解できない。
「分からんって顔してるが、思い当たることはないのか? 一日とはいえずっと一緒にいたんだろ? もしも、小雪が同じような病気を持っていると知っていたら、争い、までいかなくても、面倒なことになったかもしれないってこと、ないか?」
考える。
そんなこと、あっただろうか。
昨日、小雪と一緒にいて、なにか――
『私は、未来を見据えられる人種じゃないからね』
「あ……」
「あったか?」
「まあ」
「それを、たぶん小雪は見越して隠してたんだろ」
広木は「な?」と。
俺は頷きつつ、あの言葉を思い出して、疑問を抱く。