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「それでだな」
熱っぽく語ってしまったのが恥ずかしかったのか、広木はコホンと咳払いをして話題を変える。
「夏希の病気はなんだ? 亜希姉たちには話してあるんだろ?」
「お? ああ、そうだな。話すよ」
広木にばかり説明させて、自分はだんまりというのはよろしくない。
俺は特に隠そうともせず、自分が抱えている病気について話した。
気を付けてさえいれば何年でも生きられるという自分の病気を話すことに抵抗を感じないわけではなかったが、それを理由に話さないというのも変だ。なにより、そんな無駄な気遣いは、毎日を楽しくハッピーに生きている広木に対してはかえって失礼な気がした。
話している間、広木は小雪や亜希さんと同じく驚いた表情を浮かべていたが、特に質問されることなどもなく、真剣に聞いてくれた。
話終ると、
「じゃあ、夏希の湯のみの中身が違うのはそのためか」
「そういうことだな」
あえて誰も突っ込まなかったし、俺も必要以上に意識しないようにしていたが、先ほど小雪が運んできたお茶は、俺のものだけ中身が違う。小雪がさり気なく気を使ってくれたのだ。
「なるほどねえ?」
「どうかしたか?」
広木が意味深な視線を俺と小雪へ走らせる。
「いや、小雪とはまだ会って二日目だろ? 普通、異性と同室とか言われたら最初から夏希みたく自然に振る舞えないんじゃないかなと思っていたんだが……。小雪と仲良さそうなのはそういう理由か」
「は? あー、そう、か?」
なにを言われているのか上手く飲み込めず、微妙な返事になる。
もし、俺と小雪の仲が良さそうに見えるのなら、たぶん出会いが衝撃的なものだったからだろう。出会った直後に相手の半裸をばっちり見たのだ。物凄く気まずくなるか、逆に物凄く打ち解けるかの二択だろう。たぶん、普通に出会っていたら、小雪みたいな美人さんと同室とか、慣れるまで最低でも一週間はかかった気がする。
とか考えていると。
「そうかって、夏希、お前、小雪の美人度分かって言ってるのか? コイツ、ものぐさなとこあるけどめちゃ美人だし、性格もそんな悪くないだろ? 普通の男子なら打ち解けるまで相当時間かかるぞ?」
思ったことをそのまま、広木に言われた。
「そりゃまあ、そうだろうな。分かってるよ」
「そうだろうなって……んー?」
「……?」
広木は訝しげな顔つきになる。
なにか、会話が噛み合っていないような気がする。
小雪のおっぱ――もとい上半身を思いっきり見たとか言うわけにはいかないので、当たり前と言えば当たり前かもしれないが、それにしても妙な感じだ。
広木は、小雪と打ち解けるまで時間がかかると言いつつ、何故か「なるほどねえ?」と俺と小雪の仲が良いことに不審の目を向けることなく、それどころか納得している。出会い方について話していないにも関わらず、だ。まるで、他に仲が良くなる理由があると言わんばかりの雰囲気だ。
「んー?」
広木はじろじろと俺と小雪を交互に見る。
つられて、俺もちらりと視線を小雪に向ける。
「ずずずー」
と、どういうわけか、わざとらしく音を立てながらお茶を飲む小雪の姿が。
「小雪ちゃん」
それを見て、今まで様子を窺っていた亜希さんが口を開く。
「昨日、ここにわたしが来た時、夏希君に病気の話をしてもらっていたようだけど――
まさか、自分の病気を話していないとか、言わないよね?」
「ずずずー」
「……なるほど」
亜希さんは一度、あちゃーと頭に手をやってから、ていっと小雪の頭をひっぱたく。
「いだっ」
結構強く叩かれたようで、小雪は湯のみもろともテーブルに頭突きしていた。
「痛いよ亜希姉」
小雪は抗議するが、亜希さんは聞く耳を持たない。
「あのね、同室の人に自分の病気を説明しないとか、前代未聞もいいところだ。事務室に行けば同室の子の資料なら見せてもらえるけど、そんなの見られたくないだろう? そのくらいのことは自分らでどうにかするのがここの流儀だ。隠す必要などないだろうに……」
亜希さんはがみがみと、説教する。
それを脇目に広木に真相を尋ねる。
「どういうこと?」
「えっとだな……小雪の病気、教えてもらってないのな?」
「まあ」
俺が頷くと、広木も亜希さんと同じようにやれやれという顔をする。
「それが問題なわけだ」
「んん?」
話が見えて来ない。
小雪の病気が、なにか問題なのだろうか。
「亜希姉、ちょいストップ」
「む? ああ、そうだな、すまん」
広木が亜希さんの説教を止めて、小雪に「言っていいな?」という視線を送る。
小雪はむすっとしながらも、頷いた。
「つまりだな」
「つまり?」
「小雪の病気は、『筋萎縮性冷化障害』。夏希の病気と、ほとんど変わらないものだ」