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初雪草  作者: 彩坂初雪
第一章
7/40

1-5

 亜希さんが三十歳まで生きられないと知った時も驚いたが、一年というのは桁が違う。今こうして笑っている彼が、来年には死ぬということだ。まるで実感が湧かない。せめて、もっと嫌そうな――死にたくないという顔をしてくれれば実感も湧くのだが……。

「あのさ」

「なんだ?」

 あくまで軽く、世間話でもするかのような口調と表情で広木は答えて来る。

 俺はその態度が気になって、つい聞いてしまう。


「死ぬのが怖いとか、そういうの、ないの?」


 ぴたり。

 広木は一瞬、身体の動きを止めた。

「あー」

 それから、持っていた湯のみを置いて。


「あるっちゃある。ないと言えばない」


 曖昧な返答をしてきた。

「なにそれ?」

 さらに尋ねると、広木は少しだけ神妙な面持ちになる。

「俺だって人間だからな。そりゃ死ぬのは怖い。けどまあ、何年もここにいると、悟っちゃうっていうか、なんつーか、そういうとこあるからな。しゃーないと思うんだわ」

「しゃーないって……」

 自分が死ぬというのにしゃーないはないだろう。

「たぶん、亜希姉も小雪も同じようなもんだと思うぞ」

 言われて二人に視線をやると、亜希さんはちょっと気まずそうに、小雪はつまらなそうにしながらも、無言で肯定していた。

「夏希も、すぐに分かると思うぞ。ここは、一週間に一人くらいのペースで誰かが死んでるからな。葬式やら通夜やらにわざわざ参加する、なんてことはないけど、誰かが死ぬところを目にする機会は沢山ある。で、そういうの見てると自分のことも、しゃーないと思ってしまうんだよ」

 本当に、悟りを開いているような顔で広木はそう言った。

 そういうもの、なのだろうか。

 あいにく、俺は祖父母が物心つく前に亡くなっているため、誰かが死ぬところを見たことがない。ここにいればそれを見る機会が山ほどあるのだという。最悪、友達になった誰かが死ぬところを見る可能性もあるだろう。

 けれど、それと自分のことを重ね合わせて、「しゃーない」などと言える神経は俺にはよく分からない。ある程度は慣れがあるかもしれないが、自分のことと他人のことを一緒に考えるなどできるわけがない。


「だから、俺は楽しく生きようって思ってるわけさ」


「へ?」

 俺が黙り込んでしまったことをどう受け取ったのか、唐突に広木が場にそぐわない明るい声を出した。

「亜希姉みたく、なんか目標持ってってのもいいと思うけど、俺はそこまでのガッツはないからな。ただ、だからって黙って死ぬのもなんか違うって思ってる。いつか死ぬって言っても俺だって生きてるわけだしな」

 そして、広木は宣言する。


「毎日を楽しく、ハッピーな気分で過ごす。それが俺のモットーだ」


 広木は、ぐっと握りこぶしを作り、ちょっと気持ち悪いくらいの笑みを浮かべていた。


 無理、しているのだろう。


 悟った風な顔をしているが、死ぬのが怖いわけがない。きっと、正解は「死ぬのが怖くない」のではなく、「死ぬことをできるだけ考えないようにしている」、だ。亜希さんや小雪だって同じだろう。

 そして、亜希さんと広木は、受け入れた上で、どう過ごすかを考えている。亜希さんはあくまで未来を見据え、広木はとにかく毎日を楽しく過ごしたいと口にする。生き方は人それぞれだし、それを比べてどうこう言える立場じゃないけれど。


 ――少なくとも、二人は俺よりよっぽど、輝いてるよな。


 亜希さんの話を聞いた時も凄いと思ったが、広木は広木で、カッコ良く見えた。

 広木はただただ強く、逞しいという印象だ。自分の命があと一年しかないことをしゃーないと割り切って――割り切れるだけの根性を持って――今を見据え、楽しく過ごすと言い切ることができるその心意気。亜希さんのように、少しでもある未来を見るのも良いかもしれないが、とにかく今を大切にするんだという広木の信念も、亜希さんのものと遜色ない素晴らしいものだと思えた。


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