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初雪草  作者: 彩坂初雪
第四章
39/40

エピローグ1

 俺たちは、結局なにもせず、広木を見送った。

 というより、どうせなにもできなかったのだ。

 広木の容体が急変したのは、小雪と亜希さんが言い争った日の夕食中のことだった。俺たちは夕食をほとんど食べないまま駆けつけ、数時間後、広木が息を引き取るまで、傍で見守り続けた。

 トモヤさんたち医師以外のその場にいた誰もが涙し、俺はようやく、その時になって、これが、誰かが死ぬってことなんだなと実感した。

「小雪、ちょっとは休んだらどうだ?」

 なんて彼女に声をかけたのは、広木が他界してから二度や三度ではなかった。

 広木が他界したその日の夜中から二日間ほど、小雪は食事とほんの少しの睡眠以外はずっとノートパソコンに向かってカタカタとキーボードを鳴らしていた。なにをしているのか、画面を見なくても分かった。目元を手で拭っている姿を何度も見たから。

 亜希さんとは、特に変わりなく良き友人として付き合っている。

 互いが違う形で広木のことを考えただけで、本来争うようなことではなかったのだ。数日間はどこか気まずい雰囲気もあったのだが、一週間経つ頃にはもう元通りだった。

「小雪ちゃん、やっぱりもったいなかったんじゃないか?」

「いいの。だいたい亜希姉だっていつもばっさりやってるじゃん」

「わたしはもともとショートだから、伸びてきたら切るのは当たり前だろう」

 本日は二ヶ月に一度の散髪の日である。

 俺と亜希さんは何度も本当にいいのかと尋ねたのだが、小雪は譲らなかった。小雪は、長く伸ばしていた綺麗な黒髪を二十センチほどばっさりと切ってもらっていた。それでもまだロングヘアーと呼べる長さだが、かなり印象が変わっていた。

「小雪はこれからどうする?」

「部屋に戻ってアニメ観る予定だけど?」

「あ、そう」

 ぶれないなーと苦笑する。

 一週間経った頃には、小雪も亜希さんもすっかり心の整理をつけたらしく、普段通りの生活に戻っていた。

 俺はというと。

「夏希君はまた屋上かい?」

「あー……そうですね」

「なんだったら付き合うけど」

「いや、いいっすよ。亜希さんは自分のやりたいことをしていてください」

 微苦笑で返して、駄目だなと思う。

 俺はまだ、心の整理ができないでいた。

 小雪と亜希さんはそれを察してくれているようで、深く聞いてくることはなかった。

 一度だけ、二人に相談したところ、それぞれこんな答えを返してきた。


「思いっきり泣いて、思いっきり悩んで、思いっきり区切りを付けるんだよ」

「夏希君は初めてだからね。自分のペースで、ゆっくり考えればいいさ。ただ、死んだ誰かが自分のために立ち止まって欲しいと思うかどうか、考えるのは大切だよ」


 前者が小雪で、後者が亜希さんだ。

 二人らしい回答だった。

 小雪は、おそらく何度もこういうコトを経験している。自然と、そういう時の対処方法を身に付けてしまっているのだろう。悲しかったら思いっきりまず泣いて、それからこれで良かったのかと本気で悩む。そうしたら、それ以上できることはない。小雪にしてみれば、記録して、絶対に忘れないようにすることくらいだ。だから、そこまでやったらもう思い切って、切り替える。たぶん、小雪の性格からして、そうして無理やりにでも区切りをつけないと、やっていけないのだろう。

 亜希さんは、どこか、まだ迷っているような雰囲気を出すことがある。表面上はいつも通りに戻っていても、ときどき、悲しそうな表情を見せることがある。きっと、内面ではまだ悩んでいて、苦しんでいるのだ。それでも普段通りの生活に戻れているのは、死んだダレカのことを考えているからだろう。例えば今回、広木なら、きっと自分が死んだことで、周りの皆が歩みを止めてしまうようなことを望むだろうか。答えは否だ。広木が、そんなことを望むはずがない。自分のペースでゆっくり考えつつ、死んだダレカの望みも考える。それが、亜希さんなりの答えだ。

「つってもなー」

 二人と別れて、屋上にやって来る。

 俺は広木が他界してから、よくこうして屋上にやってきていた。

 深い意味はない、と思う。ただ、一人になりたいのだ。

 広木が死んでから、ずっと胸にこびりついている疑問がある。

 これで、良かったのか。

 広木の容体が急変した時間を考えると、どっちにしろ何もできなかったのは分かる。でも、俺たちはあの時、どっちにするかはっきりと決めることなく、そのまま広木と別れることになったのだ。俺は小雪と亜希さんどちらの言い分も間違ってなかったと今でも思っているし、たぶん本人たちも、「分からない」と答えるだろう。

 どうすれば、一番良かったのか。

 未だに、答えが出ていなかった。

 それがどうにも気持ち悪くて、俺はまだ区切りが付けられないのだ。


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