4-1
カタカタというキーボードを叩く音に目を覚まされた。
午前六時。朝食までまだ時間がある。二度寝しようか迷ったが、昨日、最初に寝た時間を考えると十時間以上ベッドの中、ということになる。寝すぎは体に良くないだろう。
「……ん?」
ゆっくり体を起こすと、こちらに背を向けて、テーブルに座る小雪の姿がある。
ノートパソコンをいじっており、カタカタとキーボードを叩く度にポニーテールに結った長い髪が揺れている。
――後ろ姿も、やっぱ綺麗だな。
ぼんやりそんなことを考えてから、パソコンの画面に目を向けると、文書ファイルになにか文字を打ち込んでいるのが見える。数メートル離れた場所からパソコンの文字を判読できるほど視力は良くない。けど、なにを書いているのか分からなくても、なにに書いているのかはなんとなく分かった。例の日記に、昨日のあれこれを書き込んでいるのだろう。となると、俺のことも当然書かれるはずだ。どんな風に書かれるか、興味がないわけではないが。それを背後から覗き見るのはさすがに趣味が悪いというものだ。
「小雪、早いな」
声をかけると、小雪はおそらく反射的に、パソコンの画面を隠すような動きをしてから――その必要がないことに気付いたらしく、ただ振り返り、
「おはよ」
はにかみながらそう返してくれた。
久しぶりに見る小雪の笑顔に鼓動が早くなるのを感じつつ、俺はそれを悟られまいと誤魔化すように言う。
「ソレ、俺は全部見てないし、隠した方がいいと思うけどな」
小雪は「あー」とちょっと迷うような表情を見せてから、
「夏希になら、いいかなって……」
えへへとはにかむ。
「……」
今度こそ、慣れたと思っていた小雪の笑顔に見惚れてしまい。
「そか」
「うん」
互いに、短いやり取りになる。それから、
「あのさ」
「なんだ?」
「ちょっと、提案があるの。とりあえず着替えてきて。私はお茶でも淹れておくから」
唐突に、真剣な顔で言われた。なんのことだか分からなかったが、俺は彼女の言葉に従った。手洗い場で洗顔し、ついでに着替えも済ませる。着替えている最中、そう言えば、小雪はもう普段のワンピース姿になっていたなと思い至る。いつ起きたのだろうか。一緒に寝ていたのだから――いや、考えるのはよそう。変な気分になりそうだ。
「どうぞ」
「おう」
部屋に戻ってみると、テーブルに湯のみが二つ。ノートパソコンは開かれたままだ。
小雪は相変わらず沸騰しているではないかと疑うレベルで湯気が濛々と吹き出すお茶を。俺の方は、適度に冷めた、でも一応は温かさのあるお茶だった。二人して同じタイミングで湯のみに口をつけて、それがどこか気恥ずかしくて。
「あ、あはは」
これまた二人して苦笑いを浮かべてから。
小雪が仕切り直すようにコホンと可愛らしい咳をする。
「広木のために、なにかしたいと思うの」
俺は頭のスイッチを切り替える。そういう話、か。
小雪はパソコンをじっと見つめながら、はっきりとした口調で続けた。
「もしかしたら、夏希も知っているかもしれないけど。広木は、楽しく生きたいっていう希望以外にも、できることなら、死ぬ前になにか一つ親に恩返ししたいって言ってた。だから、まだ具体的には全然決まってないけど、広木自身のためにもなって、なおかつ親御さんも、それによって喜んでくれるような、そんなことができないかなって、思ったの。夏希は、どう思う?」
「……」
ちょっと、驚いた。
昨日の様子を見る限り、小雪が前向きにこんなことを言うとは思えなかったからだ。
でもまあ――その心境の変化について、あえて聞いたりはしない。間違っていたら恥ずかしいが、起床後の小雪の反応から、自分が一役買ったのだというのは察せられた。




