3-12
「小雪、ちょっといいか?」
泣き止むのを待って、俺は声をかけた。
返事の代わりに、服を引っ張られる。
これは、オーケー、ってことなのだろうか。引っ張られた意味はよく分からなかったが、とりあえず嫌とは言われなかった。俺はそのまま続ける。
「ノートパソコンのファイルのこと、有耶無耶になってたから、ちょっと、話したい。こんな時にって思わなくもないけど、いいか?」
今度は、全く反応がなかった。
ただ、やはり嫌だという答えは返って来なかった。
俺はちょっと不安になりつつも、言葉を紡ぐ。
「まず、朝言ってたことは、見当違いだった、と思う。それは、謝る」
ピクリ。微かに、背後で動いた気配があった。
「で、改めて考えてみて、こうじゃないかって思ったから、言うぞ」
俺は、単刀直入に、くだらない前置きはせず、結論をそのまま口にする。
「小雪は、友達のことが大切で、大好き、なんだろ?」
ビクリ。明確に、反応があった。
掴まれているシャツを通して、驚いたような、そんな反応を返してきた。
「一緒に未来が見たいとか、そういうんじゃなく、ただ単純に、友達のことが大切で、大好きだから、絶対に忘れないように、ちょっとした言動も逃さないように、覚えて、記録し続けていたんじゃないか?」
問いかけてみるが、反応はない。
しょうがなく、そのまま続けてみる。
「小雪は基本的に面倒くさがり屋で、アニメとか動画サイトの生放送以外には興味なさそうに生活してるけど、それって、そう演じることで皆に自分のことは気にせず自分のしたいことをやって欲しいっていう、そういうメッセージだったんじゃないか? や、そこまで深い意味はなかったかもしれないけど。普通に、アニメとかが好きで、そうしてただけかもしれないけど。……けど、小雪って、考えてみると、自分が不必要に絡まないようにして、皆に迷惑をかけないよう振る舞ってるように見えなくもないかなーって。それを、自身の性格を盾に、表に出さないよう上手く隠して――」
「当たり。それ以上は言わなくていいよ。恥ずかしいから」
俺の言葉を遮って、まだ上手く声が出てこないか、かすれた声で小雪は言った。
いつもの、透明感のある綺麗な声は影を潜めている。それだけ、心にダメージを負っているのだろう。……推測が正しいと分かった今、その気持ちが、ちゃんと理解できる。
「人のコトを、そんなに正確に把握しないで欲しい……」
背中に、頭が押し付けられる感覚。
「全部、正解だよ。なんで分かったの?」
俺は短く、「広木が倒れたあとの反応でなんとなく」。
「……そっか」
小雪はそれ以上は、なにも口にしなかった。
俺も、それ以上の言葉はいらないだろうとなにも言わなかった。
本当に、皮肉、としか言いようがなかった。
俺が小雪の真意に気付いたのは、広木が倒れたからだった。
最初、小雪は俺や亜希さんたちのように未来を一緒に見たいのを我慢しているのではないかと考えたが、本人に否定された。それだけなら、まだ意見を押し通すこともできるが、小雪が泣き崩れる姿を見て、そうじゃないと気付いたのだ。
正直な話、小雪には悪いが、小雪が誰かが倒れたからといってここまで大泣きするとは思ってなかったのだ。きっと、「なにも感じていないわけじゃない」、程度の反応だろうと心のどこかで思っていた。普段の生活を見ていると、そんな風に思えてしまうのだ。
でも実際は、亜希さんと同じか、それ以上に敏感に、友達が倒れたことに反応した。
その姿を見て、全ての線が繋がったのだ。
小雪が書き留めていたファイルに、小雪自身のことがほとんど書かれていなかったことや、単なる『面倒くさがり』ではなく、『面倒事を回避するための面倒くさがり』ように見える性格などなど。それらを組み合わせると、小雪はただ、友達を大切にしたいだけなのではないかと思えたのだ。
誰にも言えなくて、当然だ。
恥ずかしい以上に、なにをしていると思われても仕方がない。
ここは、初雪荘だ。
残された時間が少ない人間の方が多い。
自分のために時間を使っている人間の方が多い。
自分ではなく、他人へ関心を向けている人間など、どのくらいいるだろうか。
いつ死ぬかも分からない病気を皆が持っているのだ。
比較的安全圏にいると思っていた俺ですら、小雪の病気が進行性のものだと明らかになり、どうなるか分からない状態なのだ。小雪は、それを知っていてなお、自分ではなく、友達を大切にしたいと思っている。
それに――。
小雪は、俺が見当違いとはいえ未来を一緒に、と言った時に動揺していた。自分に言い聞かせるように、何度も、繰り返していた。たぶん、小雪は自分にとって一番大切なモノを選び、選んだ故の行動を取っているのだ。死にゆく友達を、自分だけは絶対に忘れず、大切していこうと心に決めて。
「小雪」
「なに?」
そんな小雪に、今の俺がかけてやれる最良の言葉は――
「一緒に、いような」
ただ、彼女の隣に一緒にいる。それが、小雪にとって、きっと一番大切なことだ。
病気がもし進行性のものだろうと俺は未来を諦めるつもりはないし、今から小雪と同じように生きるなんてこともできない。でも、初雪荘にいる限り、小雪との関係が切れることはない。その間だけでも、小雪が一番大切にしている友達で居続けること。傍に、一緒に居続けること。俺が小雪にできるのは、それだけだ。
小雪は、少し驚いたような間を空けてから、
「ん、ありがと」
かすれたままだったけれど、それでも嬉しそうな声を返してくれた。




