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俺が持つ病気は、医師に『筋萎縮性熱化障害』と命名された。
分かりやすく説明するとしたら、アレルギーだ。
熱いモノを体内に入れると拒絶反応が出る。まず強烈な吐き気に襲われ、その後、意識を失ってしまう。なにかの手違いで熱いモノを飲んでしまっても、すぐに冷たいものを体内に入れて中和できれば意識を失うほどにはならないのだが、都合よく冷たいものが近くにあることは少ない。生まれてから何度意識を失ってきたか分からない。
幸い、命を落とすような事態にはなっていないが、医師からは原因不明の上に他に例を見ない病気であることから、できる限り注意しろと厳命されている。もしかしたら、なにかの弾みで命を落とす可能性もあるのだ。
「何度以上からは駄目とか、そういうのはあるのかな?」
「えっと、だいたい四十五度以上、ですね。正確には分かりませんけど」
「なるほどね」
俺は、隣を歩いている長身の黒髪ショートカットの先輩にそう説明する。
ふむふむと納得顔で頷いているが、一つ、言いたいことがある。
「あの」
「なにかな?」
「そろそろ、自己紹介してもらえませんか?」
「ん? ああ、そう言えばしてなかったな」
してなかったな、って、素で忘れていたのか?
先ほど、自分の病気を小雪に説明し終えたところでこの先輩さん――小雪が年上だから敬意を払うようにと言っていた――が部屋にやって来たのだ。そして、俺にはよく分からなかったのだが、先輩さんが「そろそろ時間だぞ」と小雪に声をかけると小雪は時計を見て、慌てた様子で部屋から出て行ってしまった。取り残された俺は、その場の流れで先輩さんに施設を案内してもらっている。
ちなみに、隣を歩いている先輩さんは、小雪にはやや劣るものの、これまた美人さんだった。ショートの髪の毛がよく似合う活発そうなタイプで、ついでに言うと服の上からでも分かるほどスタイルがいい。長身で、そこらのフィクションものに出てきそうな、いかにも「先輩です」といった感じだ。
で、この人の名前は、
「浜辺亜希だ。よろしく頼む」
ハマナベアキさん、だそうだ。
「お互い、希望の希がついている者同士、仲良くやっていこうじゃないか」
アキのきは希望の希らしい。名前に同じ文字が入っているというのは親近感が湧く。俺はよろしくお願いしますと頭を下げた。
「わたしのことはどう呼んでくれても構わないぞ。仲のいい友達、というか年下二人は亜希姉と呼んでくるけど」
「えーっと、じゃあ亜希さんで」
にかっと爽やかに笑われる。
先輩、と呼ぼうかちょっと迷ったのだが、ここは学校じゃない。先ほど小雪にも変に気を使うと疲れると言われたばかりだし、『さん』くらいがちょうどいいだろう。
「それじゃ、どんどん行こうか」
「お願いします」
並んで、改めて施設案内をしてもらう。
体育館や常駐している医師たちのいる部屋、それぞれの居室に食堂、図書室などなど。それぞれ、規模が半端ではなかった。そこらの公立高校の二倍近くはある広さだった。初雪荘を外から見た時にも大きな建物だなーと思ったが、中はそれ以上だった。
その異様な広さについて、亜希さんは一言、こう語った。
「政府がお金出してるからだろうね」
まあ、そういうことなのだろう。
ここにいる人間は、一般には出回っていない病気を持っている。
良く言えば、国に保護されている、となるが、悪く言えば隔離だ。国にしてみれば、そういう特殊な人間を一挙に検査、研究、管理できるのだから、ある程度資金を費やすのは当たり前だ。施設に不満を持って入所者が逃げ出したら元も子もない。入所者が満足できるような設備を整えているのだろう。
「ところで、夏希君は将来、目指していることとかあるのかな?」
屋上へ来たところで、唐突に亜希さんがそんな問いかけをしてきた。
ちょうど朝から降り続いていた雨が止んだところらしく、地面は濡れていたけれど、屋上に入ることができた。
「将来、ですか?」
「ああ」
亜希さんの横顔をちらりと見て、どういう意味だろうかと考える。
ここは特別な病気を持っている人間が集まっている施設だ。中にはずっとここに居なければ生活できないような人だっているはずだ。亜希さんだって元気そうだが、なにかしら特別な病気を持っているからここに入れられているのだろう。そんな人間が集まる場所で、将来を語る、というのは相手によってはマズイのではないのだろうか。
――なんて考えてみても、真意が分かるわけでもなく。
亜希さんの方から話を振ってきたのだ。俺は素直に「できれば、就職、したいと思ってます」。そう答えた。