3-11
ギシリ。
そんな音が聞こえたのは、午前二時頃。
寝たのが早かったため、小さな物音に目が覚めてしまったらしい。
ぼうっとした頭で、小雪がトイレかなにかで起きてベッドが軋んだのかなと思う。
「……」
枕元に置いてある時計をもう一度見て、まだ寝ていようと目を閉じ
「夏希」
かけたところですぐ近くから声が聞こえ、驚いて目を開ける。
「え? なんだ?」
事態が呑み込めず、ぐるっと頭を声が聞こえた方――二段ベッドの上へ上がってくる梯子部分へと顔を向ける。
「――ちょっ!」
一瞬で目が覚めた。
小雪が、目から上だけをのぞかせて、じっと俺を見つめて来ていた。
小雪は言うまでもなく絶世の美女だ。その整った顔立ちの上半分だけが薄明りの中、じいっとこちらを見ているのだ。その上、昼間に大泣きしたせいか、まだ目元が赤くなっており、見ようによってはじんわり血が付いているようにも見える。
はっきり言って、滅茶苦茶怖い。
「あの、えと……?」
俺が寝転がったまま、後ずさるというよく分からない行動を取ったのを見て、小雪は不思議そうに眉を寄せた。
深呼吸を一度して、心を落ち着けてから、
「どうした?」
尋ねてみる。
小雪は「えっと」と数秒詰まってから。用件を口で言うのが恥ずかしいらしく、「ん!」と動作、いや、モノで目的を告げてきた。
「………………」
俺は小雪が「ん!」と片手で目的のモノを出してきてから、たっぷり数秒間動作を停止し、意味が呑み込めると同時に
「は?」
間抜けな声をあげた。
いや、だって、どう見ても……小雪の持ってるソレは――
「嫌なら、いいんだけど」
小雪は恥ずかしそうに、男としては可愛いとしか形容しようがない表情を一瞬見せてから、俯いてしまう。
「お前、いくらなんでもそれは」
「いいの。それより、一人だと、寝れないから」
「……」
小雪が持っているのは、どこからどう見ても、枕だ。
つまり、一緒に寝たい、ということだろう。
俺はそんな彼女を見て、
――小雪らしい、ってことでいいのかな。
そんなことを思った。
広木と亜希さんがそれぞれ使い、でもたぶん間違った使い方をしていた言葉だ。
皮肉にも、広木が倒れたことで、俺はそれに気付いていた。
「夏希……?」
片手で梯子に掴まっているのが辛くなってきたのか、小雪は答えを急かすように問いかけてくる。俺は心の中で絶対変な気だけは起こすなよと自分に言い聞かせてから、
「一緒に寝るか」
そう答えた。
などという誓いは、思春期男子にはきつすぎるのは言うまでもなく。
「……」
一度、数時間寝たのもあってか、全く寝られそうになかった。
さすがに向かい合って寝るのは小雪も恥ずかしいらしく、背中を向け合っている。のだが、それでも、それでも、だ。女の子ってどうしてこう良い匂いがするんでしょうか。それに、たまに足が触れ合うのも勘弁願いたい。小雪は一度起きた後、普段寝る時に着ているジャージに着替えたらしいのだが、それがよろしくない。最近、少し暑くなってきているからか、下はハーフパンツなのだ。要は、足が触れ合う、ということは、お年頃の女の子の生足に触っている、ということになる。すべすべしていて、それでいて独特な柔らかさがある。
感激するレベルの感触なのだが、こうなったきっかけは友達の病気だ。ここでこの感触をきっちり受け取ってしまっては、あまりにも不謹慎だろう。
煩悩退散煩悩退散と心の中で何度も叫んでいると。
おや。おやおや?
寝てしまったのかなんなのか、小雪が寝返りを打ったようで……。
小雪がこちら側へ向き直ったような、そんな動きが伝わってくる。その、数秒後。
「ごめん、夏希……」
ラブコメの世界なら、寝ぼけたヒロインが抱き付いたりしてくるのだろうが、あいにく、そんな優しい世界ではない。
鼻をすするような音が聞こえ、小雪がぎゅっと俺のシャツを掴んできた。
昼間にあれだけ涙を流していたというのに、まだ、尽きることはないらしい。小雪は俺の背中にしがみつくようにして泣き始めてしまった。
煩悩など一瞬で消え去り、俺はただただ、彼女のしたいがままにさせてやった。
彼氏なら抱きしめて、慰めてやることもできるだろうが、俺にはそんな資格はない。同室の人間として、一緒に、傍に寄り添うのが精一杯だ。なにを言うでもなく、俺は小雪が泣き止むまで、ずっとその体制を維持し続けた。




