3-9
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「大丈夫か?」
夕食の直前になって、ようやく、小雪と亜希さんは戻って来た。戻って来た、というか、トモヤさんに引っ張られてきた感じだった。
トモヤさん曰く、広木の親御さんが到着したのだとか。あと、いくらなんでも二食連続なにも食べないのは体に良くないから、ということだった。
食堂へ向かう途中、ふらふらとおぼつかない足取りの二人に声をかけると、かすかに首を縦に振って大丈夫アピールをしてくるが、とてもそうは見えない。俺はひとまず亜希さんを定位置へ連れて行き、その後小雪と二人で自分たちの席へと向かう。
座る位置は、居室の順番だ。基本的に二人で一部屋のため、同室の人間とは向かい合って座ることになる。俺と小雪の部屋は一階のため、亜希さんが座る場所とは少し距離がある。俺からすれば、振り向かないと様子が見えない。
「小雪、ほら」
点呼後、各自でカウンターに食事を取りにいく形になる。これまた順番は居室の位置ごとに分かれており、それぞれ、自分の名前が付けられたトレイを持ってくる。小雪が動きそうになかったので、俺が二人分運んだ。
亜希さんの様子を窺おうと振り返ると、亜希さんは生気のない表情ながら自分の力で立って、運んでいた。
「いただきます」
点呼後は特に決まりはない。それぞれが勝手に食べて、食べ終わったらカウンターに持っていき、部屋に戻ることができる。俺は手を合わせて生ぬるい味噌汁から順に食べ始める。が。
「……」
しょうがない、とは思うが、小雪の箸がほとんど動かない。
数分に一度だけ、思い出したように動き、ちょっとずつ口に運んでいる。
冷めるとお前の場合ヤバイだろ、と頭の中で思うものの、口に出すことはできない。ものぐさな彼女ではあるが、基本的には気さくで人当たりの良い性格なのだ。機械みたいな動作で無表情のままご飯を口に運ぶ姿は、痛々しくて見ていられなかった。
そう思い、少しでも気を逸らそうと亜希さんの方に目をやると。
――勘弁してくれ。
食べるどころか、トレイをテーブルの端にやって突っ伏していた。正面に広木がいないことで、寂しさを実感してしまったのだろう。遠目なのでよく分からないが、泣いているのかもしれない。
トモヤさんが二人を連れて来た時、「頼むよ」と言われた。俺は、自分がこのグループの中で唯一取り乱していない人間と自覚し、「分かりました」と答えた。でも、この二人を一人で相手にするのは精神的にきつすぎる。
俺だって、なにも感じてないわけではないのだ。
二人の様子を見ていると、こっちまで泣きたくなってくる。
と、視線を小雪に戻すと。
「もういいのか?」
「ん」
半分どころか三分の一も食べていないのに、箸を置いてしまった。
その上、
ポタリ。
亜希さんの姿でも見たのか、それとも今まで我慢していたものが溢れてしまったのか、箸を置いた瞬間、目から涙が零れ落ちてしまった。
「小雪、部屋に戻ろう」
俺は立ち上がり、小雪の側まで回り込んで腕を引っ張った。
とてもじゃないが、飯など食っていられる気分ではない。
こんな状態の小雪を、大勢の人がいる中に置いておきたくなかった。できるだけ静かな場所で、安心させてやりたいと思った。
「悪い。あと、頼んでいいか?」
隣の席、つまりは隣室の人間に後片付けを頼む。隣室も男女のペアで、たまに女子同士、男子同士で食事中に話したりもする。彼らは昼食時からなにか察していたらしく、快くオーケーしてくれた。
「行くぞ」
小雪を引っ張って、食堂から退散した。
周囲から注目を浴びたが、そこはやはり初雪荘。皆が皆、雰囲気でなにがあったのか察したらしく、同情的な視線の方が多かった。中には、見たくないと言わんばかりにあえて目を逸らしている姿もあった。
亜希さんの近くを通り過ぎる際、心の中ですみませんと謝った。こんな状態の二人を同時に相手にできない。亜希さんには申し訳ないが、俺の中で放っておけないのは小雪の方だ。同室だし、小雪とは、話したいこともある。
部屋に着いたところで、ふうと息を吐く。
自分の部屋に帰って来ただけで、安心感があった。




