3-8
◆
医務室の前で、俺と小雪と亜希さんは待っていた。
亜希さんの話によれば、広木が部屋に戻った数分後、突然、なんの前触れもなく倒れたらしい。俺と食堂で話した、すぐあとの話だ。
広木はすぐに医務室へ運ばれたらしく、亜希さんはそれを見届けてから、俺と小雪のところへ来たのだという。
週一度は人が集まる医務室の前には常にベンチが置かれている。
現在、俺は少し離れたところに立ち、ベンチには、小雪と亜希さんが座っている。
――座っている、というか。
「~~~~~!」
小雪は亜希さんに抱き付いて泣き崩れていた。
亜希さんも、時おり涙が頬を伝っており、とても話しかけられる雰囲気じゃない。
「……」
いつか、広木に聞いた言葉を思い出す。
『ああいう形で運ばれたヤツが居室に戻ってくるってことはほとんどない。今すぐでなくても、近いうちに、ってのは確定だろうな』
たぶん、広木自身が言っていた「ああいう形」というのが、広木自身に起こったことになるのだろう。
「……」
ぼんやりと医務室のドアを眺める。
実感が湧かない。
広木はそもそも、あと一年くらいと言われていたはずなのだ。どうしてそれがこんなにも早くなったのか。
亜希さんの話では、話しかけても反応がなく、心臓も呼吸も止まっていたらしい。
いつか聞いた、「死ぬ時はほぼ即死に近いだろう」という言葉が思い出される。
そうなってしまったのだろう。
「三人とも、いいかい?」
十数分待っていると、医務室のドアが開き、トモヤさんが姿を現した。
「特別病棟に行くよ」
トモヤさんは何を言うわけでもなく、医務室の中、正確には、さらにその奥へと入っていく。立ち入り禁止とされている場所だった。
広い医務室の奥には頑丈そうな扉があり、その奥が特別病棟になっている。詳しく説明されたわけではないが、どういう人間が特別病棟へ運ばれるのかくらいは想像できる。広木は、そこにいるのだろう。
「ここに入って」
俺たちはある一室へ案内される。
「なんとか、命だけは取りとめたけれど……一週間ももたないと思う」
そこには、棺おけのようにも見える透明な箱があり。その中に、広木は横たわっていた。
広木の顔は青白く、生きているのか死んでいるのか分からない。顔には人工呼吸器と思しきものが設置され、胸にはぺたぺたとなにに使うのか、用途不明のモノが貼られている。
俺たちがその姿の説明を求めるようにトモヤさんに視線を移すと、トモヤさんは、一切の感情を排除した、淡々とした口調で説明する。
「定期的にショックを与えることで、心臓を動かすことはできている。ただ、細胞の硬化が我々の想定より早く進んでいて、もう本人の意思で体を動かすことはできないだろうね。回復の見込みは――ないよ」
回復の見込みは、とトモヤさんが口にしたところで、小雪が一瞬なにかを言いかける素振りを見せたが、結局、なにも言うことはなかった。
亜希さんはトモヤさんの言葉を聞いて、静かに、ポタリと雫を垂らした。
「じゃあ、外すよ。なにかあったら呼んで。あと、まだ来るまでに当分かかると思うけど、広木君の親御さんたちが来たら、邪魔をしないようにね」
トモヤさんはそれだけ言うと、部屋から出ていった。
同時に、小雪と亜希さんは吸い込まれるように、広木の傍へと駆け寄った。
その傍らで、俺はただただぼんやり佇んでいた。
初雪荘に来てから、何度も医務室へ運ばれて行ったまま、帰って来ない人たちを見て来た。なんとなくでも、死を実感できていたはずだった。でも、やっぱりまだ、本当の意味で経験が、ないのだ。
人が死ぬということが、どういうことが分からない。実感できない。小雪と亜希さんは、きっとそれが分かっているから、泣いているのだ。本気で、死んで欲しくないと思っているのだ。
それに――。
俺はそもそも、初雪荘に来てからまだ数週間しか経っていない。何度も言葉を交わした仲とはいえ、思い出も数えるほどしかない。二人のように、長年の付き合いというわけじゃないのだ。一緒に泣けと言われても無理がある。一緒の気持ちになれと言われても、できるわけがない。例えるならば、ちょっと仲が良いクラスメイトが事故になった、という感じの心象なのだ。
「俺も外すわ。部屋に戻ってる」
数分間、彼女らと共にいたが、泣き崩れる姿を目の当たりにすると、どうにもいたたまれなくなって、俺は部屋を出た。
数週間とはいえ一緒の時を過ごした友が死ぬと分かっても涙の一滴も出ないのは、気概に乏しいということなのだろうか。それとも、数週間程度の付き合いならば、皆そんなものなのだろうか。
「ただいま」
部屋に戻ると、また電源が付きっぱなしになっているノートパソコンに目が行く。あまりにも慌てていたせいで、今回は素で、シャットダウンすることを俺も、小雪も忘れていたのだ。
開かれていたファイルやネットのページを全て×ボタンで消し。必要そうなら別に保存して。今度は覗き見たりすることなく、即行でシャットダウンした。
「なんだかな」
テーブルに突っ伏して、ぼんやりとした頭の中に思考を送り込んでみる。
と、どういうわけか、ぱっと思い浮かぶのは、死の淵にいる広木ではなく、泣き崩れる小雪の姿だった。……やはり、俺は気概に乏しいのかもしれない。
自嘲の笑みを浮かべてから、それでもやはり浮かんでくる小雪の姿を思い出し、ふと気付くことがある。
「そういうこと、なのかなー?」
温かい赤色のノートパソコンを指でそっと撫でながら、呟く。こうして、小雪の持ち物に触れていると、小雪の気持ちに触れている気分になる。ちょっと変態っぽいなと思いつつ、俺は完全に熱が引くまで、ノートパソコンに触れ続けた。
「……帰って、来ないか」
そうこうしている間に昼食の時間が迫ってくる。
食事だけは全員が食堂に集まらなければならないはずだが、小雪と、おそらくは亜希さんがいる場所は初雪荘の管理者がいる中心部だ。ひょっとしたら、許可をもらって、あそこにい続ける気かもしれない。
「行くか」
待っていても仕方ないので、俺は一人、食堂へ向かう。
あまり良い動きをしてくれない頭で、食事中、こんなことを思った。
一人で食べるのって、寂しいものだな……。




