3-7
仮に、とか、もしも、とかそんな仮定の話をされると気になる。それは、そのことを考えたことがあるから出て来る台詞だ。考えたこともないのならば、俺が最初に尋ねた瞬間に、何を言っているのか分からないという表情をするはずなのだ。
「小雪、やっぱり――」
「だから、無理なんかしてない」
俺の言葉に、ちょっと苛々した棘のある声で反応してくる。
「何も言ってないけど?」
「……」
小雪は黙る。
十秒ほど、沈黙が流れた。
今の過敏な反応は、やっぱり、気にしてるってことじゃないのだろうか。
「小雪」
「この話はこれでおしまい」
「は?」
「もう十分話したでしょ」
「えー……」
露骨に、話を切り上げてきた。どう見ても、図星を突かれた反応じゃないか。
立ち上がり、ベッドに歩いていく小雪に、背後から声をかける。
「あのさ、小雪、一つだけいいか?」
「なに?」
「初雪荘に来て、ずっと小雪と過ごしてて、思ったことがある」
「……」
立ち止まり、耳だけは傾けてくれているらしい彼女に、語りかける。
「小雪って、誰かに自分の本心を見せたことあるのか?」
「――っ」
今度は、明らかにビンゴ。
背後からでも分かるほど、小雪はビクリと肩を揺らした。
「俺が、日記を見て、まず思ったのは、小雪がこんなに皆のことをちゃんと見てることに驚いたってことだった。小雪が気にしてるものと言えば、アニメと動画サイトの生放送の開始時刻くらいにしか見えなかったからな」
少し失礼な気もするが、実際そう見えていたのだからしょうがない。
「でも違った。小雪は、下手をすれば俺たちよりずっと、周囲のことを見ていた。それって、やっぱり周りのことが気になってるからでしょ? 小雪はいつも、面倒だからってなにも自分のことを見せようとしないけど、見せないだけで、実際は――」
「だったら! どうだって言うの?」
一瞬、声を荒げて、小雪は静かに問う。
「もう隠しておけないし、知られてるから、そこは否定しない。私は確かに周りの皆のことを見てるよ。きっと、誰よりもね。でも、私は未来なんか気にしてない。さっきも言ったけど私は亜希姉みたいな大きな夢も、夏希みたいな優しい夢も、広木みたいな強い意思もない。それは、ホント。周りをよく見てるってだけで、一緒に未来を見たいとか、そんな風に思うのは、夏希の勝手でしょ? 私は、そんなこと思ってない」
何度も、小雪は否定の言葉を繰り返した。
本当にそう思っているのなら、どうしてそこまで否定の言葉を繰り返すのか。本当に俺が見当違いのことを言っているのなら突き放してしまえばいいのに。
俺には、どうしても、無理しているようにしか見えなかった。
「あのさ――」
バタンッ!
と、突然、扉が乱暴に開かれる音がした。
人に聞かれたくない話をしていた俺と小雪は、二人して体で驚きを表現してから、
「な、なんだ?」
「な、なに?」
二人して同じような言葉を口走った。
ばたばたと廊下を走る音が聞こえ、部屋に入って来たのは。
「小雪ちゃん! 夏希君!」
真っ青な顔をした亜希さんだった。
「どうしたんですか?」
俺は努めて冷静に、隠さなければならない話などしていない風を装って答える。
亜希さんもなにか事情があるのは理解しているだろうが、できれば俺と小雪だけの秘密にしておきたいことだ。いらないことは聞かれたくない。
「えと、あのっ」
だが、亜希さんの様子が明らかにおかしい。
俺と小雪が妙な立ち位置にいたことなど気にしない――気にしている余裕などないという感じであわあわと口を動かしている。立っているのもやっとなのか、がくがくと手足を震えさせ、何故か、どんどん目に涙が溜まっていく。
「亜希姉、落ち着いて、どうしたの?」
小雪がすぐ近くまで寄り、亜希さんの手をぎゅっと握る。
なにか、尋常じゃないことが起こったのは亜希さんの様子を見れば明らかだ。俺も小雪との話は一時中断と心に決めて、亜希さんの傍へ寄り添い「どうしたんですか?」と優しく尋ねる。
「あの、あのっ」
普段の、お姉さんっぽい雰囲気などまるでない亜希さんは、一度、ぎゅーっと小雪の手を握り、深呼吸をしてから、
「広木君が、倒れた」
聞き間違いであって欲しい言葉を、発した。




