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ピクリ。小雪の形の良い眉が動く。
彼女は無言のまま首を縦に振った。
「先に言っておくが、俺は最近のモノしか見ていない。具体的には、俺の名前が出てきてからのものだけだ。これは、事実だ」
「……分かった」
僅かだったが、小雪の表情が少し和らいだように見える。
俺はそんな小雪を見て、やはり見なくて良かったなと思う。
正直な話、時間ならあった。数日とはいえ、初雪荘では食事以外の全ての時間が自由に使えるのだ。いかに文字数が多かろうと、読むことはできた。できた、が、読もうとは俺には思えなかった。日常的に死と向き合い続けなければならない初雪荘で、小雪がどういう人生を歩んできたのか、見るのが少し怖かった。広木が「昔は活発で明るい女の子だった」と言っていたこともある。小雪を変えてしまった出来事を、本人のいない場で勝手に盗み見て、その後、どう彼女と接するのか見当がつかなかった。俺は、あくまで小雪の友達として、見ていい範囲は自分が来てからの日々だと限定し、そこだけを何度も読んだ。
何度も見て、俺が思ったことは、たった一つ。
「小雪、日記を読んで、思ったことがある」
「なに?」
「無理して、未来を捨ててるんじゃないか?」
「日記、何度も読ませてもらったけど、俺自身でも忘れてることを詳細に書いてるよな。俺がなにを言って、どんなことを話したのか。もちろん俺だけじゃなく、亜希さんや広木のことも、全部。あれって、俺や亜希さんのことを羨ましく思ったり、広木みたいにちゃんと楽しんで生きたいっていう表れなんじゃないのか? 無意識かもしれないけど、俺は日記を見て、そう思った」
小雪の日記には、様々なことが書かれていたが、おそらく、一番大切に書かれていたのは、『友達の様子』だ。小雪が印象に残ったであろう言葉や動作を、詳細に、きっちり書かれていた。中には、その言葉を口にした俺自身ですら忘れてしまっていたこともある。
そして、そんな友達の様子を、とても楽しそうに書いているように、俺には見えたのだ。誰がなにをしてどんなことを言ったのか。小雪は自分自身のことをあまり書いていない代わりに、友達の様子を事細かに記していた。他者に無関心で、面倒くさがりのはずの小雪が、「楽しそうだった」とか「笑っていた」とか、そんな風に書いてるのだ。俺はそれを見て、小雪が無理をしているように感じたのだ。本当は一緒に未来を見て、一緒に楽しくやりたいのに、それができなくて、だから日記という形で自分の気持ちを表現していると、そう思えたのだ。
病気のことだってある。誰にも話していないのだ。隠し事をしている状態では、仲間に入りづらいはずだ。
もちろん、小雪の面倒くさがりが嘘とは思わない。小雪の性格として、それは確実にあると思う。けど、それはあくまで性格であって、本心とは違う。小雪の本心は、きっと皆と一緒に笑い合って、楽しく過ごすことじゃないのかと、俺は思ったのだ。
その、小雪の反応は、俺の顔をちらっと上目遣いで見て、
「……無理なんて、してない」
それだけだった。
小雪は顔を伏せ、なにかを我慢するように、それだけ、言った。
「小雪――」
「日記は、ただ、皆がどう過ごしていたのか、記録として残しておきたいだけのもの。それ以上の意味も、意思もないよ。私が、未来を見るなんて面倒くさいことするわけない。そのくらい、分かるでしょ?」
俺の言葉を遮って、小雪は言い聞かせるように話す。
俺にか、それとも――自分自身に、かもしれない。
「でも、ただ記録として残すだけにしてはあまりに詳細だったと思うけど?」
「それは夏希が勝手にそう受け取っただけでしょ。私はずっとああいう風に書いてきた。だから文字数も気が付いたら凄いことになってた」
「……」
そう言われてしまうと、反論しようがない。
日記全てを見たわけではないし、なにより問題なのは、小雪自身の言葉や気持ちがほとんど記されていないことなのだ。
周囲の人間のことはこれでもかという程、きっちり書かれているというのに、小雪本人のことは全体の一割以下しか書かれていないのだ。だからこそ俺は全体の状況から見て、小雪の心を探ろうとしたのだが、「勝手にそう受け取っただけだ」と本人に言われてしまうと、その通りとしか答えられない。
口をつぐんでいると、小雪は自分から言葉を繋いできた。
「仮に、私が未来を一緒に見たいと思っていたとしても、私には、目的がない。夏希や亜希姉みたいに、未来を見続けるだけの、大切な目標がない。広木みたいに、強くもない。もし、私が夏希の言うように思っていたとしても、意味がないし、できる気もしない。だから、無理なんてしてないし、私は私の生きたいように生きてるよ」
視線だけは、真っ直ぐこっちを向いているが。
やっぱり、無理してるんじゃないか?
そう思ってしまう。




