3-1
午前五時過ぎ。小雪が隔離されてから三日目の朝。
ぼんやりとした明かりが部屋を照らし、空調の音だけが部屋に響く中、
「……」
俺はノートパソコンの画面に写されている文字を追い続けていた。
小雪の隔離は形式的なものだったようで、昨夜、今日の午前中にはもう戻ってくることが伝えられていた。俺は小雪が戻ってくる前に、もう一度しっかり読んで置こうと、既に三回は読んだ文章を読み直していた。
結局、パソコンの電源は一度も落としていない。使用者である小雪はパソコンに慣れていて、しかもこんな内容の文章が記録されているのだ。一度電源を落としてしまったら、再度電源を付けてもパスワードかなにかが必要になることは目に見えていた。地球様すみませんと心の中で謝りつつ、俺はシャットダウンせず、三日間ずっと電源をつけっぱなしにしていた。
「信じらんねーが……」
その、文書ファイルの内容。
大きく分けて、そこには二つのことが書いてあった。
総量が多かったため、全て読むことは最初から諦めた。分量的には半分も読んでいないが、書かれている事柄を考えると、残りも同じような内容だろう。
文書ファイルの内容二つのうち、一つ目は、まだいい。俺の名前を目にした時点である程度は予想できたことだったし、小雪は怒るだろうが、知ることができて良かったとすら思っている。
しかし、問題はもう一つの方だ。
にわかに信じられる内容ではなかったが、書かれていたことと、さらにはこれまでの小雪の言動を合わせて考えると、どうも本当のことらしいのだ。小雪のこと、ではあるのだが、それは同時に俺にも繋がることで、目を逸らすことはできなかった。
――ガチャ
「ん?」
と、少し遠くの方からドアが開くような音が聞こえ――
「……嘘だろ?」
もう一度、ガチャリとドアが閉じることがしたかと思ったら、とことこと足音がこちらに向かってきた。
たぶん、小雪が帰ってきたのだろう。
「やべっ」
壮絶に焦った。
まだ午前五時だ。午前中に戻ってくるとは聞いていたが、まさかこんなに早く帰ってくるとは思っていなかった。早くても、八時か九時くらいと予想していたのだ。これではわざわざ早起きした意味がない。小雪が帰ってくる前に、パソコンの電源を切ってしまおうと考えていたのだ。
「くそっ!」
もう足音はすぐそこまで来ている。シャットダウンしている時間はない。
俺はどうすることもできず、パソコンをバタンと閉じるだけは閉じ、反射的にキッチンへと向かう。そして「喉が渇いたから水でも飲んでいました」風にコップを持つ。
そのタイミングで。
「ただいま~」
今ではもう見慣れた美少女が、小声で部屋に入って来た。
「おう、おかえり」
俺は努めて自然な笑顔で出迎える。
小雪は俺の姿を認めて驚きの表情を浮かべる。
「夏希? 起きてたの?」
一瞬、不審な目で見られるが――俺がコップを持っていることに気付くと納得顔になり、もう一度、小雪は「ただいま」と今度は声を張って言った。
「あれ?」
なんて挨拶を交わしている間に、彼女はブツを発見してしまった。
「あれれ?」
小雪はテーブルの上にあるブツ――自身のノートパソコンを見つけて、数秒、目をぱちくりさせた後、ぐりんと俺の方を向く。
「電源、切ったはずなんだけど」
「え? あ、ああ、みたいだな」
「みたいだなって……じゃあどうして電源ついてるの?」
小雪は、まだ怒ってはいなかった。訝しむような目をこちらに向けているだけだ。
俺は、嘘をつかないよう注意しつつ、喋りながらドアへと近づく。
なんのためか? 当然、逃げるためだ。
「えーっと、俺が部屋に戻った時、まだ電源が着いていてな」
「それで?」
「どうしてかなーと思って開いてみたら、ファイルが閉じられてなくて、それが邪魔してシャットダウンが途中で止まってたんだよ」
あははーと白々しく笑い、慎重に、ドアへと歩を進める。
一方、小雪は『ファイル』という単語を聞いた瞬間、弾かれたようにノートパソコンを開き。スリープモードになっていたため、エンターキーを押し。
「……」
顔を驚愕の色に染め。数瞬後。
「あ、う……こ、これ……」
声にならない声を上げ、
「えっと、小雪、さん?」
俺が戸惑い半分で名前を呼んだ直後、
「ふにゃああああああああああーーーーーーーーー!」
ドアの近くまで寄っていた俺を跳ね除け、奇声を発しながら全速力で部屋の外へ行きかけて――
「あっ! にゃあああああああああーーーーーー!」
凄まじい速度で戻ってきたかと思ったら、ノートパソコンを即行でシャットダウンし、
「あうあうあうああああああーーーーー!」
今度こそ部屋の外へ飛び出していった。
怒られるどころか、逃げ出したのは小雪の方だった。
「……えーっと」
その場に取り残された俺は、ぽりぽりと頭をかいてみてから、
「同じ部屋だし、そのうち帰ってくる、よな?」
そう呟くのだった。




