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初雪草  作者: 彩坂初雪
第三章
20/40

3-1

 午前五時過ぎ。小雪が隔離されてから三日目の朝。

 ぼんやりとした明かりが部屋を照らし、空調の音だけが部屋に響く中、

「……」

 俺はノートパソコンの画面に写されている文字を追い続けていた。

 小雪の隔離は形式的なものだったようで、昨夜、今日の午前中にはもう戻ってくることが伝えられていた。俺は小雪が戻ってくる前に、もう一度しっかり読んで置こうと、既に三回は読んだ文章を読み直していた。

 結局、パソコンの電源は一度も落としていない。使用者である小雪はパソコンに慣れていて、しかもこんな内容の文章が記録されているのだ。一度電源を落としてしまったら、再度電源を付けてもパスワードかなにかが必要になることは目に見えていた。地球様すみませんと心の中で謝りつつ、俺はシャットダウンせず、三日間ずっと電源をつけっぱなしにしていた。

「信じらんねーが……」

 その、文書ファイルの内容。

 大きく分けて、そこには二つのことが書いてあった。

 総量が多かったため、全て読むことは最初から諦めた。分量的には半分も読んでいないが、書かれている事柄を考えると、残りも同じような内容だろう。

 文書ファイルの内容二つのうち、一つ目は、まだいい。俺の名前を目にした時点である程度は予想できたことだったし、小雪は怒るだろうが、知ることができて良かったとすら思っている。

 しかし、問題はもう一つの方だ。

 にわかに信じられる内容ではなかったが、書かれていたことと、さらにはこれまでの小雪の言動を合わせて考えると、どうも本当のことらしいのだ。小雪のこと、ではあるのだが、それは同時に俺にも繋がることで、目を逸らすことはできなかった。



 ――ガチャ



「ん?」

 と、少し遠くの方からドアが開くような音が聞こえ――

「……嘘だろ?」

 もう一度、ガチャリとドアが閉じることがしたかと思ったら、とことこと足音がこちらに向かってきた。

 たぶん、小雪が帰ってきたのだろう。

「やべっ」

 壮絶に焦った。

 まだ午前五時だ。午前中に戻ってくるとは聞いていたが、まさかこんなに早く帰ってくるとは思っていなかった。早くても、八時か九時くらいと予想していたのだ。これではわざわざ早起きした意味がない。小雪が帰ってくる前に、パソコンの電源を切ってしまおうと考えていたのだ。

「くそっ!」

 もう足音はすぐそこまで来ている。シャットダウンしている時間はない。

 俺はどうすることもできず、パソコンをバタンと閉じるだけは閉じ、反射的にキッチンへと向かう。そして「喉が渇いたから水でも飲んでいました」風にコップを持つ。

 そのタイミングで。

「ただいま~」

 今ではもう見慣れた美少女が、小声で部屋に入って来た。

「おう、おかえり」

 俺は努めて自然な笑顔で出迎える。

 小雪は俺の姿を認めて驚きの表情を浮かべる。

「夏希? 起きてたの?」

 一瞬、不審な目で見られるが――俺がコップを持っていることに気付くと納得顔になり、もう一度、小雪は「ただいま」と今度は声を張って言った。

「あれ?」

 なんて挨拶を交わしている間に、彼女はブツを発見してしまった。

「あれれ?」

 小雪はテーブルの上にあるブツ――自身のノートパソコンを見つけて、数秒、目をぱちくりさせた後、ぐりんと俺の方を向く。

「電源、切ったはずなんだけど」

「え? あ、ああ、みたいだな」

「みたいだなって……じゃあどうして電源ついてるの?」

 小雪は、まだ怒ってはいなかった。訝しむような目をこちらに向けているだけだ。

 俺は、嘘をつかないよう注意しつつ、喋りながらドアへと近づく。

 なんのためか? 当然、逃げるためだ。

「えーっと、俺が部屋に戻った時、まだ電源が着いていてな」

「それで?」

「どうしてかなーと思って開いてみたら、ファイルが閉じられてなくて、それが邪魔してシャットダウンが途中で止まってたんだよ」

 あははーと白々しく笑い、慎重に、ドアへと歩を進める。

 一方、小雪は『ファイル』という単語を聞いた瞬間、弾かれたようにノートパソコンを開き。スリープモードになっていたため、エンターキーを押し。

「……」

 顔を驚愕の色に染め。数瞬後。

「あ、う……こ、これ……」

 声にならない声を上げ、

「えっと、小雪、さん?」

 俺が戸惑い半分で名前を呼んだ直後、

「ふにゃああああああああああーーーーーーーーー!」

 ドアの近くまで寄っていた俺を跳ね除け、奇声を発しながら全速力で部屋の外へ行きかけて――

「あっ! にゃあああああああああーーーーーー!」

 凄まじい速度で戻ってきたかと思ったら、ノートパソコンを即行でシャットダウンし、

「あうあうあうああああああーーーーー!」

 今度こそ部屋の外へ飛び出していった。

 怒られるどころか、逃げ出したのは小雪の方だった。

「……えーっと」

 その場に取り残された俺は、ぽりぽりと頭をかいてみてから、

「同じ部屋だし、そのうち帰ってくる、よな?」

 そう呟くのだった。


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