プロローグ2
まず目を引いたのが、肌の白さ。さっきはあまりに唐突で、そんなことに目がいかなかったけれど、ぎょっとするくらい肌が白い。そして、顔。俺はこれまで共学の高校にいたから、そこらのアイドルより可愛いだろうという女子にも出会ってきた。だがそんなレベルではない。端正な顔立ち、なのだけれど、それでいて幼さもまだ残っている。美人と可愛いのちょうど中間くらいの、男心を一発で虜にできる素晴らしいまでの破壊力を持った顔だった。さらに、腰まで届く長い艶やかな髪の毛や露骨にならないくらいの程よい大きさの胸。彼女が身に付けている水色の清楚なワンピースもとても似合っていた。
「さっきはごめんね。新しい人が来るってことは聞いてたんだけど、ちょっとこれから用事があって忘れてた」
あははと、彼女――椎野小雪が笑う。
「――……」
言葉を失う、ということが本当にあるのだと思った。
笑顔が、可愛すぎる。
「じゃあ、とりあえず上がって。ちょっと散らかってるけどね」
「あ……えと、はい」
彼女がすたすたと歩いていって、ようやく我に返る。
玄関で靴を脱いで、彼女のあとを追う。
「桐乃夏希君、だっけ?」
部屋に入ると、彼女はキッチンでお茶を淹れ始めていた。
尋ねられて、俺はどきまぎしながらもはいと答える。
「呼び捨てでいい?」
「へ?」
「嫌だったらいいけど」
「あ、嫌じゃない、です」
答えると、「あ、てきとーに座っていいよ」と促される。
四人掛けのテーブルの一角に腰を落ち着けて、部屋を見回す。
二人部屋、だからなのだろうか。そこらのアパートなんかよりずっと広い。二段ベッドにタンス、本棚、テレビ、それから部屋の真ん中に四人掛けの長方形型テーブルがあって、それでもなお十分なスペースが残っている。その上、ドアから見て左側にキッチンまで付いているのだ。部屋に入る前の廊下にはトイレとシャワールームもあり、一通り、生活に必要な設備は全て整っている。
「じゃあ夏希でいいかな? 私のことも呼び捨てで構わないよ」
「分かりまし――た?」
反射的に答えかけて、最後は疑問形になった。
「え、呼び捨てでいいんですか?」
「別にいいよ。確か同い年でしょ? 同室なんだし、変に気遣うのは疲れるよ」
「はあ……」
曖昧に頷く。
まあ確かに、同い年で、同じ部屋に住む関係だというのにわざわざ敬称を付けて呼び合うのもおかしな感じがする。初対面だからまだ慣れないだろうが、ここは後々のために呼び捨てにさせてもらった方がいいかもしれない。
「あと、敬語も禁止ね」
「分かりました」
「禁止」
「へ?」
「き・ん・し」
「えと、了解」
「よしっ」
また、えへへと笑顔を向けられる。
それから少しの間、事務的なやり取りをする。
今現在、彼女――小雪は二段ベッドの下を使っているため、自動的に俺が上を使うことになること。男女で住む以上、シャワーやトイレ等の使用は細心の注意を払うこと。ただし、あくまで自室であるため、必要以上に過敏にならないよう互いに配慮すること。その他もろもろ。
「じゃあそんな感じで、改めてよろしく、夏希」
そんなやり取りが終わる頃、ようやく、小雪はキッチンから出てきた。
「はいどうぞ」
「ありがと……う?」
小雪はお盆に、見るからに激熱なお茶を載せてきた。
まだ暦の上では春だが、今日は朝から中途半端に雨が降って、蒸し暑い。好き好んで熱いお茶を飲もうと思う人間などいない。
「どうしたの?」
戸惑っていると、テーブルを挟んで向かい合った小雪はずずずと既にそれに口をつけていた。熱いお茶が好きなのだろうか。
「ところで、一つ聞きたいんだけどいいかな?」
小雪は湯のみをテーブルに置くと神妙な顔つきになる。
用件を言われずに「いいかな?」と言われても反応に困る。俺は湯気をまき散らしているお茶を見つめながら別にいいけどと返す。
「ここがどういう場所か、知ってるよね」
「ん? そりゃまあ」
この場所、一見寮にも見えるこの施設の名前は、初雪荘と言う。名前の由来は知らないが、ここがどういう施設であるのかは聞いている。聞いて、そして俺も、それに該当するからこそここへ来たのだ。
「じゃあ、一緒の部屋になったんだし、お互いに知っておいた方がいいよね」
「……だろうな」
なにを、とは小雪も俺も言わなかった。
言わなくても、分かったからだ。
なにせここは――
「じゃあ、教えてもらってもいいかな。夏希の、病気を」
特殊な病気を持つ子供たちが集められる、異常で異状な施設だから。
俺は、短く「ああ」と答えた。