2-11
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「ただいま~」
亜希さんたちの部屋から戻ってみると、いつもなら着いているはずの明かりが消えていた。生粋の引きこもりたる小雪が部屋を離れるなんて、よっぽどのことでなければ考えにくい。たぶん、ほんの一時間ほどの間に全て決着し、小雪はどこかの隔離部屋に連れて行かれたのだろう。
真っ暗な部屋を見まわして、俺は亜希さんと広木が「そう言えば」という顔で首を横に振ったことを思い出す。
二人とも、小雪の本心を、小雪本人から聞いたことはないと言っていた。予想と普段の言動を見て、勝手に「こうじゃないか」と推測していたにすぎなかった。長年来の付き合いのはずのあの二人でさえも、小雪の本心を知らないのだ。他の誰が、あの引きこもりのお姫様の本心を知っているというのか。こうなると、トモヤさんが知っているとも思えなかった。
「……」
真っ暗な広い部屋にたった一人でポツンと立っているのは寂しいものがある。
俺は電気を付けようとスイッチに手を伸ばし――
「ん?」
スイッチを付ける前にあるものに気が付いた。
部屋の中で光を放っているものがある。
明滅していたので気付くのが遅れた。
俺はその光源、二段ベッドの下、小雪が普段使っているベッドに近づく。
「パソコン?」
あったのは、小雪が普段使っている赤色のノートパソコン。
閉じられてはいたが、どういうわけかまだ電源が着いていた。
いくら隔離されることになると言っても、パソコンを使い慣れている小雪が電源も切らずに出て行くとは考えにくい。
「……悪いな」
どうしようかと一瞬迷ったが、このままでは単純に電気の無駄遣いだ。
プライバシーの侵害になることくらい、普段パソコンを使っていない俺でも分かる。俺は一応謝ってから、電源を切るためだけにノートパソコンを開いた。
「これは……えっと、閉じていい、のか?」
開いてみると、なにかのファイルが開きっぱなしになっているせいで、シャットダウンが止まっているようだった。おそらく、シャットダウンのボタンまでは押したものの、完全にそれが行われるのを待つ余裕がなかったのだろう。押した時点で消したと思い込み、閉じてしまったのだ。
だがこうなると、判断に困る。開きっぱなしになっているファイルの内容によっては、下手にいじると大惨事になるだろう。
「でもなー、小雪の隔離ってどのくらいだ? ずっと電源入れっぱなしってのも……」
勝手にいじってしまうと小雪が帰って来た際、怒られる可能性もある。
だが、地球的に考えれば、いつ帰ってくるかも分からない人間のためにずっと電源を入れ続けるというのは、明らかによくないだろう。
俺は、悩んだ末に――
「もしこれが間違ってたらすまん」
カチ。
電源を切ることと、ファイルを守ること両方を選択する。
俺はとりあえずそのファイルを開く。そしてこのファイルを全く別の名前でデスクトップに新しく保存する。
たぶん、これで問題ない、はず。
「よし、あとはシャットダウン……ん?」
できるだけファイルの中身は見ないようにしていたが、どうしても目に映ってしまう。
右上にあるバツ印へとカーソルを持っていたところで、ある文字が目に飛び込んでくる。
『夏希』
俺の名前だった。
「なんだ? このファイル」
気付いてしまうと少し気になって、ファイルの中身をつい見てしまう。
「っておいなんだこの量……」
ファイルが文書ファイルだということは保存した段階で分かっていたが。しかし。
「五十二万字って、なにをどんだけ書いてんだよ小雪のヤツ」
左下に総文字数が表示されていたのだが、その桁違いの数字に目を疑う。
五十二万字。一般的に、小説と呼ばれるモノの数冊分、いや、もっとあるかもしれない。異様な数値だった。その莫大な量のナニカに、自分の名前が入っているのだ。どうしても気になってしまう。気にするなという方が無理だ。
「……すまん」
今度こそ、心の底から先に謝罪の言葉を述べてから。
俺はその莫大な量のナニカを読み始めた。
さすがに、全部読む気にはならなかったので、とりあえず開かれているページだけ読んでみる。
そこには、ある情報が刻まれていた。
それは、俺にも大いに関係する事柄で。
結局、俺は一晩、寝るのも忘れて文字を追い続けた。




