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「これはどちらかというと椎野さんの家族からの要望だった。小雪さんは物凄く嫌がったんだけど、椎野さんのご家族から、他人の迷惑になるようなら隔離でもなんでもしてくださいって強くお願いされて、仕方なく、ね。我々としても、他の人を実際に傷つけたという事実がある以上、それを受け入れざるを得なくて、しょうがなくそういう処置を取った」
予想通りと言えば予想通りの答えだった。
相手を傷つけたと聞いた瞬間に連想できた。
広木と亜希さんに知られていながら、小雪は誰にも言うなと脅迫してきたのだ。誰かに知られることで、また隔離されることを嫌がったのだ。その脅迫行為こそが隔離の原因なのだが、あの時の懇願するような、泣きそうな表情から察するに、そんなことを考える余裕がなかったのだろう。ただ必死に、自傷行為そのものを隠蔽してしまおうと考えての行動だったはずだ。
「あの――」
「夏希君、まさか、小雪さんの隔離に反対、とは言わないだろうね」
「……」
意見する前に、言いたいことを潰された。
心の中で歯噛みする。
そうと分かっていれば、誰にも言わなかった。
さっき、トモヤさんに確認されたように、今回はたまたま、まだ誰も傷ついていないだけで、この後、部屋に帰ったらなにがあるか分かったものじゃないのだ。いや、たぶんなにもないとは思う。俺が脅迫されても他の人間に言った理由――小雪を信頼しているからこそ、ということをちゃんと説明すれば、小雪だって受け入れてくれると思う。さっきは半分錯乱状態だったが、落ち着いた今であれば、問題は起こらないはずだ。
けど問題は、前科があること。
「同室の夏希君には申し訳ないが、聞いてしまった以上、今すぐに小雪さんを隔離させてもらうよ」
「え? 今からですか?」
きっぱりと言い放つトモヤさんに、俺は戸惑いの声をあげるが、
「当然だろう?」
一蹴される。
「一番危険なのは同室の君だ。夏希君が部屋に戻ってからでは遅いからね。小雪さんの精神状態が不安定になっているのであれば、できる限り危険は排除しなければならない。それが僕たちの役目で、親御さんからの希望でもあると思う。ああ、もちろん、力づくで彼女を連れだすなんてことはするつもりはないよ。小雪さんの言い分も聞きたいし、許容できる範囲ならそれを全て受け入れてから処置に移したいと思ってる。ただ念のため、少し時間を置いてから部屋に戻って欲しい」
トモヤさんは、言うと同時に立ち上がり、反論を許さないオーラを発して医務室からそのまま出て行ってしまった。行き先は、102号室、俺たちの居室、だろう。
「……なにが僕に知られたくなかった、だよおい」
トモヤさんを見送ってから、思わず愚痴が零れてしまう。
トモヤさんは間違っていない。カッターを突きつけられて危険を感じたのは事実だし、これだけ時間を置いて部屋に戻ったとなれば小雪は確実になにをしていたと追及してくるだろう。それを上手くかわせる自信も、確証もない。もしなにかの間違いでまたカッターが飛び出してきたら、今度こそなにが起こるか分かったものじゃないのだ。
ただ、正しいとは思うものの、どこか釈然としない思いもあった。
亜希さんも広木も、どうして自傷行為をしているのか、そこを小雪本人から聞いていないのだ。トモヤさんの口からそれが出てこなかったのは意図してか、それとも言うべきことではないと思ったからか、それは分からない。だが、当事者である俺が、小雪の口からなにも聞くことなく、起こった結果だけで物事が進んでいくのはどうも気に入らない。
子供の戯言と言われてしまえばそれまでだが、小雪の本心を、本人からきっちり聞いた人間がいるのか、疑問なのだ。それを抜きにして、いきなり隔離なんて処置が出て来ること自体がおかしいと思ってしまう。そもそも、今回は、小カッターを突きつけて来た動機は隔離されるのが嫌だったから、ではないのだろうか。もしもカッターを取り出した動機がそれならば、隔離するのは逆効果のはずだ。かえって、小雪を逆上させてしまうだけではないだろうか。
トモヤさんは食堂で声をかけてきた時、自分に知られるのが嫌だったのではないか、と小雪がカッターを取り出した動機を理解しているようなことも口にしていた。なのに、詳しく理由も聞かずに隔離をすると言う。
「……亜希さんたちの部屋行ってから帰るか」
一人で悶々としていてもしょうがない。
おそらく、広木と亜希さんはこうなることを見越していたのだろう。トモヤさんが顔を見せた瞬間、明らかに嫌そうな顔をしていた。トモヤさんに伝わればどうなるのか、分かっていたはずだ。
二人に会って、もう一度、ちゃんと話してみたい。
小雪の本心を聞いたことがあるのかどうか、はっきりと聞いてみたい。
初雪荘に来てから数日間は小雪、広木、亜希さんに三人はバランスの取れた、良いグループだと思った。けど今は違う。小雪だけ、浮いているような気がする。
行き場のないナニカを抱えているお姫様の本心を聞いてみたいと、俺は素直に思った。




