2-9
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トモヤさんの部屋、には行かず、連れていかれた先は医務室だった。
特に場所にこだわりはないため、いちいち気にはしないが、ちょっと落ち着かない。
初雪荘の医務室は学校どころか、大病院のそれをも凌ぐ大きさだ。理由は一つ。一人一人の病気が違うため、用意しなければならない薬品類が多すぎるのだ。棚にはぎっしりと、素人目には判別がつかない多種多様の小瓶やら薬剤やらが詰め込まれていて、広いのに、息苦しさを感じてしまう。部屋に入った時の薬品臭も半端ではない。
「それじゃあ改めて、詳しく説明してもらえるかな?」
「はい」
トモヤさんは医師用の、俺は患者用の椅子に腰かける。
トモヤさんは時には驚きの表情を浮かべたり、時には悲しそうな表情を浮かべたりしながら聞いてくれた。
相手の話す事柄に合わせて表情を変えるのは技術の一つだ。俺はできるだけ手短に、必要のないことは言わないよう気を付けて、つい先ほどあったことを話した。
「そう、か」
全て聞き終えたトモヤさんは困ったような顔で唸る。
数秒、黙り込んでから、メガネをくいっと持ち上げて質問してくる。
「カッターを、突きつけられたんだよね? 怪我とかはしてない?」
「あ、それは大丈夫です。目の前に突き付けられたのでかなり怖かったですけど」
頬が引きつるのを感じながらもなんとか笑顔で答えると、それはそうだろうねとトモヤさんも同じような表情で返してくれる。
「じゃあ、その目の前に突き付けられた、ということを前提条件として聞くけれど」
「なんですか?」
「僕から話しかけておいてなんだけど、これから部屋に帰るわけだよね? カッターで脅してきた人のところへ、約束を破った状態で帰って、大丈夫かな? というより、彼女からは『誰にも言うな』と言われていたんだよね? 君が食堂に残って広木君や亜希さんと話している時点で、小雪さんは感づいている可能性もあるわけだ。このまま部屋に帰っても、何事もないと思う?」
「それは……」
面と向かってそう問われると、詰まってしまった。
誰にも言うなと言われても、カッターを突きつけられた事実を一人で抱え込んでいるなど俺にはできなかった。小雪が本気で俺を傷つけるわけがないと考えてのことでもあったのだが――トモヤさんの深刻そうな表情を見ていると怖くなってくる。
「夏希君。ちょっと話は変わるけどね。小雪さんの自傷行為は前からあったけど、誰かにその現場を見つけられたのは、これで二度目なんだよ」
「二度目? じゃあ、広木や亜希さん辺りが一度目ってことですか?」
「あの二人は全くの無関係だよ。その一度目のことを知っているってだけのことでね」
トモヤさんはもう一度、メガネの縁をぐいっと押し上げる。
「その一度目が、問題だったんだよ」
「どういうことですか?」
「夏希君の時と同じだよ。見つかった小雪さんは、君にしたのと同じようにカッターを突きつけて誰にも言うなと脅迫まがいのことをした。当時は自傷行為自体、誰も知らないことだったから、今回と違って、それを隠したいがためだったと本人は話していたよ」
当時、というのがいつのことかは分からないが、その時は、単純に自傷行為を隠していて、それを他の人間に知られたくなかった、ということか。
「まあ、小雪さんだって、自傷行為なんて褒められたものでないのは自覚していたはずだからね。ちょっと行き過ぎた反応だとは思うけど、理解できなくもない。ただ……」
「ただ?」
「問題は、その後だ。その時、カッターを突きつけられた子は、夏希君と違って、なにをしているんだと小雪さんを取り押さえようとしたんだ。それで、揉み合いになって、結果的に、小雪さんの持っていたカッターがその子を傷つけてしまってね。小雪さんは、本気で切り付けようとしたわけじゃないと必死に弁解したし、切り付けられた側の子も、必要以上に小雪さんを責めないようにと庇った」
それは、そうだろう。
小雪を知っていれば、そうなるのが当たり前だ。彼女はものぐさで、面倒事を嫌う性格だが――だからこそ、と言ってもいいが、他人に迷惑をかけたり嫌な思いをさせることはない。俺が脅されても誰かに相談しようと決めたのもそのためだ。
だが、実際に相手を傷つけてしまったとなると、おそらく……。
「僕らだって、小雪さんたちの言い分が間違いとは思わなかった。君も、もう分かるだろうが、僕も含めて、ここの医療スタッフは入所者と週一度は必ず顔を合わせている。なんとなくでもその子の性格は把握できる。だから、できるだけ穏便に済ませたかったのだけど……そんなことがあったとなれば、どうしても施設内の出来事に留めておくことはできなくてね。二人の親御さんに報告させてもらったんだ」
「……どうなったんですか?」
トモヤさんは申し訳なさそうに、それでもはっきりとした口調で、
「小雪さんを、特別病棟に隔離させてもらった」
そう言った。




