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「部屋の前で立ち話ってのもアレだし、ちょっとぶらぶらするかい?」
「そうですね」
二人揃って、歩き出す。
「でも、週一で来るって結構大変じゃないです? 広木のことが心配なんですかね?」
「どうだろうね。わたしが見た限り、もうあまり時間が残されていないとか、そういうの関係なしに、単純に愛されている、って雰囲気だけど」
「それはまた……凄いですね」
「だろう?」
俺の親も今週に入って、一応どんなところで息子が生活しているのか確認するために施設へやってきた。けど、次はいつになるか分からないと眉を寄せていたし、実際、皆そんなもんだろうと思う。
なにせ、この初雪荘は本当に山奥に立っているのだ。基本的に、職員に頼めばなんでも取り寄せてくれるが、それを考えなければ監禁に近い。俺がここへ来た時も、電車やバスを乗り継ぎ、最後はタクシーを使って、三時間から四時間ほどかけて来たのだ。まだ仕事をしている俺たち世代の親にとって、週一でここへ来ることがどれほどの負担になるか、想像するだけで辛いものがある。
「夏希君とこの親御さんももう暫くは来ないんだろう?」
「みたいですね。連絡はしろって言って行きましたけど」
俺が親に真っ先に心配されたのは、「友達はできたの?」だった。一般校にいた頃、病気のせいでいじめられた経験もある。親にもそのことは伝わっているから、心配だったのだろう。
で、俺は小雪、広木、亜希さんの三人を紹介した。親は超絶的な美人さんである小雪に興味を示し、いろいろ聞いていたが、小雪は持前の『面倒事にならないように振る舞う性格』を存分に発揮し、びっくりするくらいてきとーに流していた。……ちなみに、俺は出会った時のことを話されないかびくびくしていたが、小雪はそれを話すと面倒なことになると判断したようで、その辺りを聞かれても模範解答で流していた。
「そういう亜希さんとこは?」
「ん、わたしか? わたしの家族は全く来ないな」
「やっぱり仕事が忙しいとかですか?」
どこの親もそんなものだろうと聞くと、
「いや、そうじゃなく、ここに入ってから、一度も来たことがないからな」
そんな答えが返ってくる。
「え?」
「あ、これに関しては、病気以上に気にしないでくれて構わないよ。わたしは半分捨てられたような形でここに入ったからね。当たり前と言えば当たり前だ。別にどうこうってことはない」
いやいや、どうってことあるだろう。
そりゃ病気よりは優先順位が低いかもしれないけど。
「捨てられたって……?」
「んー、わたしの病気が発覚した時にね、親が気持ち悪いってんでここへ連れて来て、いきなりお前は今日からここで過ごせってなったんだよ」
「気持ち悪いって……親の言うことですかそれ」
聞き捨てならないという風に食って掛かるが、亜希さんは「いや」と否定する。
「親だって人間だ。親だからそれを言うのがおかしいとはわたしは考えないよ。ついこの間まで、君だってそういう理由でいじめられていたらしいじゃないか」
それとこれとは話が違うような気がしたが――
「とにかく気にしないでくれ。終わったことだ」
亜希さんは強制的に話を終わらせてきた。
「……」
口で気にするなと言うが、病気を聞いた時よりずっと過敏な対応に思えた。
それに、亜希さんがこうして部屋から抜け出してきているのは、広木や広木の親御さんに気を使っているだけだろうか。この話を聞いた後だと、別の理由も勘ぐってしまう。
「小雪ちゃんとは上手くやってるかい?」
「なんですか? いきなり」
話を終わらせてきたかと思ったら今度は急激な話題転換。やっぱり本当は気にしているのではないだろうか。
「なんとなくだよ。小雪ちゃんみたいな子とは性格が合わないんじゃないかなと思って」
早口に理由を言われた。
気にしていることが分かる事柄を、いちいち突っかかるのもよろしくないだろう。ここは亜希さんに合わせるべきだ。
「概ね、良好ですよ」
「概ね?」
「はい。女の子の事情とやらで怒られたこととか、ちょっと不審に思うことがあると言えばありますけど、それだけです。仲良くやってますよ」
亜希さんは女の子の事情と聞いて「ああ」と頷く。
「広木君もまだたまにデリカシーのないこと言ったりするからね。男女が一緒に暮らしてるんだからしょうがないかな」
ちょっと考え、
「広木の場合は面白がって言ってる可能性も否定できないと思いますけど」
「そうかもね」
二人して、くすくすと笑う。
「それはともかく。なんだい? 不審に思うことって」
ちょうど屋上に到着したタイミングで、少しシリアス目に質問された。
亜希さんに続いて屋上に入りつつ答える。
今日も快晴、とはいかずどんよりとした空模様だった。
「不審に思っている、というか気になってると言った方が正しいかもしれませんが――」
俺は初雪荘へ来た日、小雪に『私は、未来を見据えられる人種じゃないから』と冷たく言い放たれたことを説明した。俺とほぼ同じ病気であるならば、未来を見据えることはできるのだ。どうしてそれを放棄し、未来がないと言い切るのか。
俺なんかよりよっぽど小雪のことを知っていて、なおかつ俺と同じく未来を見据えている亜希さんからはその言葉がどう映るのか。
「――というわけなんですけど」
言い終えると、暫くの間、亜希さんは「なるほどねえ」とか「ふーむ」とか独り言のように唸ってから。
「ま、小雪ちゃんらしいね」
そう結論付けた。




