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どういう意味だったんだ?
あの時は、小雪が亜希さんと同じかそれ以上に未来を想像できない病気を持っているかもと考え、深く突っ込むことはしなかった。だが、小雪の病気はそうじゃない。俺と同じように、注意さえしていれば何年でも生きることができる病気だ。
広木は小雪のことを「面倒事を嫌う性格」だと評する。
先に病気のことを知っていたら、俺は間違いなく「何を言っているんだ」と噛みついたはずだ。小雪はそうなる可能性を見越して病気を話さなかったのだろう。それはおそらく正解で、現に争い事になったかもしれない出来事をスルーさせることに成功している。
しかし、それとは別に、疑問が残る。
あの言葉の真意はなんなのだろうか。何故、あんなことを言ったのだろうか。
ガラガラ。
「ん?」
と、少し離れた居室から、大きな音を立ててストレッチャーが出てきた。
遠目でよく見えないが、ストレッチャーの上にはナニカが横たわっており、医師、看護師と思われる白衣を着ている人間がそれを押してこちらへやってくる。
「広木、あれって――」
「あんま、見ない方がいいぞ」
俺の言葉を遮り、広木は目を伏せた。
言われるまでもなく、見た瞬間に嫌な予感がした。
ここは初雪荘だ。その中でストレッチャーが使われ、おそらくは医務室へ運ばれるということは、つまり。
「……」
「……」
俺と広木は話すのをやめ、通り過ぎるのを待った。
が、ストレッチャーが近くへ来た時、
「助けて……」
か細い声が耳に届いた。届いて、しまった。
見ないように思っていたが、声を聞いて、反射的にそっちへ目をやってしまった。
「――っ!」
かろうじて声こそあげなかったが、息が詰まった。
ストレッチャーの上には、血だらけになった人間がいた。
すれ違ったのは、一秒にも満たない時間だ。
ガラガラという音が遠ざかっていき、さらに十数秒待ってから。
「夏希、見たのか?」
俺の様子から、広木が察したらしく尋ねてきた。
「まあ」
「どんなだった?」
「血だらけ、だった」
広木は短く、「あいつか」と言う。
「え、知ってるの人?」
「知ってるっつーか、食事の時、何度か見たことあるって程度だけどな」
苦い表情で広木は話す。
席こそ指定されているが、食事は特別な事情がない限り、全員が食堂に集まるのが規則だ。それは、初雪荘にいる、自分と同じような境遇の人間全てを目にする機会があるということだ。
「ここんとこ、食堂に来てなかったからもしやと思ってたが、やっぱりか」
「どういう病気とか、分かる?」
「少し、な。詳しいことは分からんけど、身体が溶ける病気らしい。ちょっと前まで包帯巻いて食堂に来てた。ほとんどミイラだったが、快活で、結構良いヤツそうだったぞ」
「そっか」
衝撃的、という他なかった。
知らない人間だからか悲しいとか苦しいとかそんな風には思わないが、ショックは、受けた。皮膚がどろどろに溶けていたから正確な年齢までは分からなかったが、俺や広木と同年代っぽい気はした。
「あの人、どうなるの?」
「さあ」
「さあって……」
「俺がそんなこと分かると思うか? まあでも、ああいう形で運ばれたヤツが居室に戻ってくることはほとんどない。近いうちに、ってのは確定だろうな」
広木はなにが、とは言わなかった。
あえてだろう。
「……」
横目で広木を見る。
今元気に隣を歩いている広木も、あと一年すれば、死ぬ。
正直、現実味が全くなかったが――。
「大丈夫か?」
「え?」
「あんま、運ばれていく人間は見ない方がいいぞ。亜希姉か小雪から言われてなかったのか? 頭に残ると夢に出てきたり、気分悪くなったりするぞ」
はっとする。
そう言えば、亜希さんにも注意されていた。
『医務室に運ばれていく人とは、目を合わせない方がいいよ』
こういうこと、か。
さっきの「助けて」という声。既に耳にこびりついてしまっている。
それがあるからどうこうということはないが、嫌な気分になる。
「まあ、話がちょいと逸れてしまったが」
「ん?」
広木はまた、暗い空気を吹き飛ばすような、不自然なほど明るい声で。
「ここはあまり未来を見れない人間が多くいる。それに対する見方は人それぞれだ。小雪も、いろんな経験してああなってる。相手から降られた話題でもないのにそれに触れるのは禁忌に近いからな。あまり、不用意に話さない方がいいぞ」
この話題を、そう締めくくった。




