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「さあ、巫女さん。巫女さんだ。巫女さんが俺を待っているぞ!」
やたらとテンションの高い伊勢は、そんなことを叫びながら、偵察オートのアクセルを全快にした。
「ヒャッハー!」
自分の任務が偵察であることすら忘れているかのように、伊勢は喜色満面で気違い染みた奇声を上げた。
彼の操る偵察オートが、彼自身の心の昂ぶりを表すかのように、土塊を蹴立てて飛び跳ねる。
その見事なハンドル捌きで、偵察オートは道なき道を難なく乗り越えていった。
「巫女イン! 俺の理想の巫女インは何処や!?」
ちなみに、巫女インというのは、「巫女さんのヒロイン」という意味の、彼特有の脳内言語だ。
間違っても、巫女さんにINするお! という意味ではない。
「お前が巫女好きの変態なのは、わかる。だけどさ、何で異世界=巫女なんだ……?」
出動直前、同じ偵察オート班に所属する同僚の一人にそんな事を聞かれた。
聞いてきた同僚は、ハカマスキー、メイドスキー、ケモノスキー、班長にいたっては熟女人妻スキーと、変態紳士揃いの偵察オート班にあって、唯一、その手の性癖を持たないまともな隊士であった。
その隊士の疑問は尤もである。
他の面子の言っている半裸のエルフ娘だとか、ロリババァだとか、獣耳娘だとか、こんなのは自分達の住む世界には存在していないのだから、もしかしたらという願望が沸いてくるのは、理解できなくもない。
だが、巫女は別に元々生活していた日本でも、大きな神社に行けば見掛ける事は出来るし、萌要素ではあるかもしれないが別に珍しいわけでもないし、そもそも異世界に求める必要性は全く無い。
これについては、メイドや人妻にも言えることではあるが。
「ふ……もちろん、俺もかつては、理想の巫女さんを求めて全国津々浦々の神社を巡ったもんだよ」
同僚の問いに、伊勢は口の端を吊り上げた。
ニヒルに笑ったつもりなんだろうが、歳のわりに童顔の伊勢がやっても、まったく様になっていなかった。
そもそも、巫女さんがどうこうというくだらない話の最中に格好付けられても滑稽なだけである。
「だが! 残念ながら、日本で理想の巫女さんを見つけることは適わなかったんだ……!」
「だから、異世界ならって……? 馬鹿だろ、お前」
同僚の反応は、至極当然のものなのだが、伊勢自身は至って真面目であった。
そもそも、異世界にトリップしたからといって、そこに神道的な巫女が存在するかどうかも怪しいものなのだが、そんなことにすら気付かないでいた。
来るべき異世界トリップと理想の巫女との会合に備え、伊勢は自衛官として心身を鍛え、任務に精励することについては手を抜かなかった。
そのため、若干言動が怪しいにもかかわらず、隊内で孤立することも無く、上官や同僚からの受けも悪くなかった。
まあ、オタクっぽい趣味は誰しも持っているものだし、ちょっと度が過ぎているきらいはあるが、こいつもそれの類だろう……と思われている程度であった。
異世界トリップに備えるためという脳の悪い理由の元にではあるが、自衛官としての服務態度が良好だった伊勢は、つい先頃、曹昇任試験に合格していた。
辞令が降りていないので、未だに陸士長のままではあったが、もし今回の異世界トリップが無く予定通り三曹に昇進していた場合、特殊作戦群への応募も考えていた。
理由はもちろん、異世界トリップに備えて、だ。
「お、ここなら偵察や狙撃に絶好のスポットだな」
それでも、自衛官としては優秀な部類に入る伊勢は、マッピングや測量、地形の撮影など、一応一通りの仕事はこなしていた。
念願の異世界トリップを果たしたのだから、一刻も早く巫女さんの捜索に乗り出したい。
そういう思いでいっぱいではあったが、だからといって、自衛官としての責務をないがしろにするようなことは無かった。
一通りの偵察行動を終え、小休止を行っていた伊勢の耳に、微かに人の声のようなものが聞こえた。
伊勢は息を潜め、背負い込んでいた89式小銃のセレクタを安全装置の「ア」の位置から、3点バーストの「3」の位置に切り替えた。銃剣を着剣することも忘れない。
暫く耳を済ませていると、それは人の声のようだった。しかも、若い女性の声のように思える。
偵察オートをその場に残し、伊勢は物音を立てないように、慎重に下草の中を移動し、声のするほうへと近づいていく。
(ば、馬鹿な。触手プレイだと……!!)
茂みの中から顔を覗かせた伊勢の目に映ったのは、まさにそうとしか形容しようがない光景だった。
一人の若い女性が、蔦のようなものに絡め取られ、まるで磔のように大木に縫い止められていたのだ。
しかし、伊勢の目を引いたのは、そんな非常識な光景よりも、女性が身に着けている衣服だった。
清潔感溢れる白い白衣と、神に仕える純潔の乙女の象徴である緋袴。
どこからどうみても、それは神社の巫女そのものだったのだ。
女性は整った顔を恐怖と嫌悪に歪め、必死に身をよじり、蔦のようなものから逃れようとしている。だが、既に手足を完全に拘束されており、身じろぎすらままならない状況だった。
蔦のような触手は、三文アダルトビデオの拙い特撮とはかけ離れた敏捷さで、女性の身体を這いずり回り、あろうことか、白衣の胸元や緋袴の裾から、中に侵入を試みようとしていた。
そこまでが、伊勢の忍耐の限界だった。
「俺の巫女さんをどうするつもりだ!」
気が付くと伊勢は、そんな怒声を上げながら、茂みの中から飛び出していた。
この触手のようなものが何かは分らないが、唯一つはっきりしていることがある。
巫女さんに狼藉を働こうとしているこいつは、間違いなく悪だ。
巫女さんの敵は国民の敵。すなわち、自衛隊の敵でもある。滅ぼさなくてはならない。
このとき、伊勢の頭にあったのはその一点だけだった。
女性の耳が獣耳だとか、髪の色が黒と白銀色という不思議なグラデーションの色合いだったりとかいうのは、些細な問題だった。
突然の闖入者に、女性は驚いたように顔を上げ、触手生物はまるで、良い所を邪魔しやがってとでも言いたげに、伊勢に向かって威嚇するように、いくつもの触手が鎌首を擡げた。
よくよく観察してみると、鎌首を擡げているソレは、明らかに男のアレの形をしていた。
伊勢は、その一つに慎重に狙いを定め、相手の出方を待った。
先に動いたのは、触手だった。
蛇の威嚇のような音を発しながら、伊勢のほうにそのいくつかが飛び掛ってきた。
明らかに常軌を逸した事態なのだが、巫女さんの敵を滅するという鋼鉄の意志を持った伊勢の心に全く動揺は無かった。
引金にかけられた指は、暗夜に霜の降りるがごとく、正確かつ慎重に引かれた。
小気味の良い三連バースト音が響き、至近目標から順に、卑猥な触手達は打ち抜かれていった。
打ち抜かれた触手は、汚らしい体液を巻き散らかしながら、地面の上をのた打ち回るが、すぐに動かなくなった。
「うっわ、気持ち悪っ!」
思わず顔を顰める伊勢。
その隙をつくようにして、いくつかの触手が伊勢に踊りかかった。
銃が脅威だということを理解してのことなのか、89式に向けて殺到してきた。
「こ、こっち来んな!」
伊勢は引金から指を離し銃床に持ち替える、銃口部分にセットした銃剣を振るった。
何本かの触手はそれに切り裂かれ、あたりに生臭い体液をぶちまけた。
あわてて、それを避けながら、伊勢は距離をとり、再び触手に対して銃撃を開始する。
容易に接近することが出来ず、接近できたとしても刃物で切り裂かれる。
そんな状況を理解できるだけの知能があるのかどうかは不明だが、生き残りの触手達は、ずるずると後退するように森の中に消えていった。
同時に、巫女服の女性を拘束していた触手も、それを追うように森の中に姿を消していった。
「終わった、か……?」
油断なく89式を構え、周囲の気配を警戒しつつ、伊勢は呆然とへたり込んでいる女性の傍に近づいた。
「あー、大丈夫ですか……? って、日本語通じないよな……」
傍にしゃがみこみ、優しく声を掛けながら、伊勢は女性の姿を改めて観察した。
人間の耳に当たる部分には、狼などのイヌ科の獣を思わせる三角の耳が横に張り出しており、明らかに人間ではなかった。
地面に座り込んでいて、位置的には見えないが、おそらく尻尾もあるのだろう。
髪の色は不思議な色合いで、頭頂部は白銀色だが、毛先に向かうにつれて色が濃くなっていき、先端部分は日本人の髪の色と同じような黒色合いになっていた。
獣耳も同じような色合いになっており、耳朶のあたりは白銀色だが、先端部に向かうにつれて色が濃くなって、しまいには完全な黒色になっていた。
顔立ちは、美しい純和風の大和撫子といった面差しで、縦長のくすんだ灰色の瞳をしていた。
若いように見えるが、改めて見てみると、少女と呼んでも差し支えのないような年齢のように見えた。
ぶっちゃけ、伊勢の好みにストライクだった。
強いて難点を言えば、彼女の穿いている袴が、スカートタイプの行灯袴ではなく、股下のある捻襠袴である点だ。これでは、着衣プレイに及ぶことが出来ない。
だが、そんなものは些細な問題だ。
小躍りしたい気持ちを必死に抑え、伊勢は自衛官としての責務を全うしようとした。
「あ、あの……」
女性が言葉を発した。
上目遣いで伊勢を見上げた。
男の琴線をくすぐるようなアングルに、伊勢の心臓は跳ね上がった。
「ことば……すこし、わかる。り、ます」
彼女の口から発せられたのは、たどたどしい日本語だった。
今度は伊勢が驚く番だった。
「君、俺の言ってることがわかるの?」
「はい、ちょっと。すこし」
戸惑いながらも、女性は頷いた。
頷きながら、すっと手を挙げ、伊勢の肩の辺りを指差した。
視線を追ったその先には、日の丸のパッチが縫い付けられていた。
普段の訓練で、戦闘服に縫い付けることはあまりないが、異世界にトリップする直前の吉岡駐屯地では、訓練展示の準備の最中だった。
訓練展示の中で、戦闘展示のほかに、PKOなどの国際協力活動の展示も行う予定になっており、伊勢の戦闘服には国籍標記としての日の丸パッチが縫い付けられていたのだ。
「これがどうかしたのかい?」
伊勢が尋ねると、女性はおずおずと言葉をつむいだ。
「あなた、ていこくのひと、だ。です?」
伊勢 心太郎。
第6偵察隊偵察オート班に所属する陸士長。
巫女スキー。
いちおう、主人公。