3
「早くここから出しなさい! 訴えるわよ!」
「そうだそうだ! 私たちをどうするつもりだ! 訴えるぞ!」
「拉致監禁だぞ! 人権侵害だぞ! 訴えてやるからな!」
講堂には、不幸にして今回の転移に巻き込まれてしまった民間人達が一時的に集められていた。
駐屯地内のPXや食堂などで働いている人達は比較的冷静さを保っていたが、駐屯地前の公道を無許可で塞いでデモ活動と称する往来妨害と騒音公害を撒き散らかしていた自称平和主義者共は違った。
自分達の主義主張とは程遠い汚らしい言葉を唾と共に吐き出しながら、事態の説明を行う女性隊士に食って掛かっていた。
「ですから~、先程から何度も申し上げておりますように~、私共でも情報収集に努めている段階で~」
終始にこやかな笑みを絶やさず、馬鹿に一から言い聞かせるような優しげな口調でそれらに対しているのは、駐屯地の広報担当を務める吹浦二等陸曹だ。
今回行われるはずたった駐屯地祭では、場内アナウンスや訓練展示の状況説明などを行う予定になっていた。
垂れ目がちの糸目に始終おだやかな笑みを浮かべ、天然染みた独特の話し口調とあいまって、隊内では菩薩眼などと渾名されている。
「そんなことはどうでもいいのよ! 早くここから出しなさい!」
「私達も~、そうしたいのは山々なんですが~、駐屯地の外の様子がですね~……」
こんなやりとりが、何度も繰り返されていた。
吹浦が説明しようとしても、平和主義者の方々がまともに話を聞いてくださらないのだから仕方が無い。
「詳しい状況説明は~、もうじき駐屯地司令より行われますので~、それまでもう暫く~、お待ちいただけますでしょうか~?」
「そんなことは聞いていない!」
「そうだそうだ!」
「自衛隊の拉致監禁を赦さないぞ!」
「赦さないぞおおおお!」
「自衛隊は、今すぐ私達を解放しろー!」
「解放しろおおおお!」
挙句の果てには、そんなシュプレヒコールまで上げ始める始末。
万事がこの調子で、まったく会話が成立していない。
「いいから、早くここから出しなさい! この日本人野郎!!」
業を煮やしたリーダー格の初老の女性が、金きり声と共にそんな罵声を吐き出した。
それまで、まったく表情を変えなかった吹浦の糸目が、ほんの僅かだが見開かれた。
「あら~? まるで、ご自身が日本人ではないような言い草ですわね~?」
「な、何を言うのよ! 私はれっきとした日本人よぉ!」
あからさまに動揺したリーダー格の女性は、顔を赤黒く染めながら、更なる大声で喚き散らした。
大声で相手を恫喝し言動を封殺すれば、それが正当化されるとでも思っているのだろう。
しかし、相手が一般人ならまだしも、日頃からマスコミやら自称有識者やらを相手にしている広報担当の吹浦には、そんな見せ掛けだけの威圧は通用しない。
「それと~、私は女の子ですので~、野郎という言葉は適当ではありませんわ~」
「ぐぐ……」
「性差別はいけませんよ~? 人権侵害ですよ~? ヘイトスピーチはやめてくださいね~?」
「むぐ、ぎぎぎぎぎ……!」
「……ちょっとあんた達。いい年をしてなんだい、みっともない。そんな若い子を苛めて何が楽しいのさ?」
平和主義者共の無様な醜態をとうとう見かねたのか、単にうるさくて仕方が無かったのか、食堂で働いているおばちゃんが口を挟んだ。
「さっきからその子も言ってるだろう? 今調べている最中で、もうすぐ偉い人が説明してくれるって」
「ほーんと、だらしの無いおばさん達だよね」
おばさんを援護するように、PXで働いている若い女性が揶揄した。
「若い娘一人に寄って集って……それがあんたらの言う平和主義なのかい?」
次々に上がる非難の声に、平和主義者共のリーダーは、ようやく自分達が白眼視されていることに気が付いたらしい。
何よりも、自分達と同じように、自衛隊に監禁されているはずの彼らが、戦争屋の自衛隊を庇い立てし、正しいはずの自分達を非難するのが信じられなかった。
なぜ、こいつらは私達に同調しない。なぜ、私達に従わない。
こいつらも、政府や自衛隊と同じアメリカの手先なのか。
自身の言動を客観視できず、そんな手前勝手な理屈で脳内が満たされている彼女は、とうとう癇癪を爆発させようとした。
「うううう、うるさい! うるさい! このチョ……!」
「お待たせいたしました」
チョッパリ共! とでも叫ぼうとしたのかどうかは分らないが、実に良いタイミングで駐屯地司令の桂根が現れた。
そのお陰で、平和主義者のリーダーは、辛うじて馬脚を現さずに済んだようだ。
吹浦二等陸曹。
駐屯地の広報担当のおねいさん。
ショタが大好物。