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 指揮官の対応方針が決まってからの自衛隊の動きは迅速だった。

 中隊長や小隊長といった部隊指揮官からの命令がすぐさま下達され、営庭に集合していた各部隊が慌しく、しかし整然と行動を開始した。

 その中には、駐屯地周辺の捜索と偵察の任を帯びた第6偵察隊の姿もあった。

 陸上自衛隊における偵察隊は、戦車などの正面火力装備を扱う機甲科に分類される。敵情視察や地形障害の確認といった、いかにも分かりやすい偵察行動以外にも、敵に攻撃(チョッカイ)を掛け、リアクションから戦力や対応能力を分析する威力偵察を行う場合があるからだ。当然、敵の反撃が予想されるので、それ相応の火力と装甲、そして機動力を持った装備が必要になるわけだ。

第6偵察隊に配備されているのは、陸上自衛隊の目として長年活躍してきた87式偵察警戒車(87RV)とイラク復興支援におけるサマーワへの派遣で一躍有名になった軽装甲機動車(LAV)、そして今回の創立記念行事で初公開となるはずだった新装備、機動戦闘車(MCV)だ。

 偵察隊長は、駐屯地への出入り口である正門と西門にバリケードを設置し、その内側に、87RVやMCVを配置。創立記念日の支援のために吉岡を訪れ、不幸にして巻き込まれてしまい、急遽第6偵察隊の指揮下に入った、丸山駐屯地第22普通科連隊所属の普通科1個小隊には、LAVや高機動車(HMV)と共に、駐屯地のフェンス沿いに等間隔に配置して警戒態勢を取らせることとした。

 一方で、駐屯地周辺の情報収集や、民間人捜索を行う部隊の編成も必要だ。

 一切の手がかりが無い状態での手探りでの偵察行動となる。そういった状況下を想定した訓練は常日頃から行ってはいるが、それが実戦となるとやはり話は別だ。部隊の編成と運用には、細心の注意を払わなければならない。

こんなときに、FFRS(新無人偵察機システム)があればと、誰しも思わずにはいられなかった。FFOS(遠隔操縦観測システム)の名称で、陸上自衛隊で運用している無線操縦の無人ヘリコプター空中偵察システムがある。FFRSはその改良型だ。FFOSやFFRSを身も蓋も無く言ってしまうと、偵察機材を搭載したラジコンヘリである。

 しかし、通常のラジコンのようにプロポだけでコントロールするわけにはいかず、無人ヘリ自体を目視しながら操縦するわけでもないので、様々な地上支援機材が必要となる。本体である無人ヘリは、アメリカ軍で運用しているMQ-8ファイアスカウトの7.3メートルという全長に比べれば、3.8メートルと小型だが、運用に不可欠な支援機材がとにかく多い。統制装置、追随装置、簡易追随装置、発進・回収装置、整備支援装置、機体運搬車両や作業車などから構成され、それを搭載するために6台ほどの車両が必要になる。その様から、コンボイと揶揄され、運用には非常に手間が掛かるのだ。

 吉岡駐屯地でもテロル・ゲリコマ対策として第6偵察隊に配備の話が持ち上がったことがあったのだが、駐屯地側の運用保守体制が整っていないこともあり、配備が見送られた経緯があった。

 今回のような状況には正にうってつけの装備ではあるが、無いものねだりをしていても仕方が無いのも事実だ。

 かといって、偵察行動を行わないわけには行かないが、だからといって、一切の地形情報が無い状態で、いきなり車両を繰り出すのは自殺行為でしかない。

 そこで、駐屯地外部の状況偵察にお呼びがかかったのが、偵察用オートバイを運用する偵察オート班だ。

 小型で小回りの利くオフロードバイクで、車両では進入困難な悪路を踏破し、情報入手し速やかに帰還する。山間部の多い日本ならではとも言える部隊だ。

 使用するのは、オリーブドラブ一色で塗られたカワサキKLX250。塗色以外、民生品タイプと殆ど変わらない。あえて違いを挙げるとすれば、無線機材を積み込むラックが付いているところと、車名マークがサブデュードされていることぐらいだろうか。

 駐屯地記念行事などでは、たいてい訓練展示の前半パートに登場し、手放し運転で小銃射撃を行ったり、ジャンプ台を飛び跳ねたりなんて目立つことをやるので、ヒーロー的な格好良さがある。駐屯地によってはオートバイドリルで、ジャンプやウィリー走行、泥を蹴立ててのアクセルターン、様々な間隔やスピードでの縦列・横列走行など、様々な演技を披露する場合がある。そのため、特に小さな子供達には大人気の職種だ。

 なによりも重要なのは、偵察オート班が、それだけ繊細かつ大胆で、優れた操縦技術を持っているということである。

 更に第6偵察隊の偵察オートバイ班の場合、所属する隊士の半数がレンジャー徽章持ちという猛者達なのだ。


「偵察隊長からの指令を下達する」


 偵察オート班長は、そう言って所属する隊士達を見渡した。


「偵察オート班は、本日11:00をもって、駐屯地周辺の民間人の捜索・地形情報偵察を任ずる。最重要項目は、駐屯地周辺で、偶然巻き込まれた可能性のある民間人の捜索。次に、車両の通行および、展開可能な地形の調査。さらに状況が許せば、動植物のサンプルの採集だ。また――」


 一端言葉を区切った後、班長は続けた。


「武器使用に関しては、原則は自衛のためだが、使用は躊躇うなとの事だ」

「よっしゃあああああああ!!」


 偵察オート班に所属する隊士達は、拳を振り上げて気勢を上げた。意気軒昂といえば聞こえは良いが、テンションの高さが少し異常だ。


「あー、お前ら」


 班長は、部下の反応に戸惑い気味に頬を掻いた。


「なんで、そんなに嬉しそうなわけ?」


 班長が疑問を感じるのも当然の事だった。

 よくある災害派遣や、支那朝鮮やロシア、もしくはアメリカなどの、敵対国家や仮想敵国からの軍事侵攻といった、ある程度想定された有事でもない。

 今回の事象も有事には違いないが、全くの想定外の事態だ。

 課せられた任務にしても、手探りで周辺の捜索活動を行うという、ある意味無茶苦茶なもので、当然の事ながら、命の危険は十分に考えられる。

 それなのに、部下達に怯えや不安の色は見受けられない。かといって、使命感に燃えているのかといえば、そいうわけでもない。

 ただ純粋に、自分達にお鉢が回ってきたことを喜んでいるように見えた。


「なんでって、そりゃあ、決まってるでしょ!」


 何かに憑かれたような目で鼻息も荒く答えたのは、20台半ばの陸士長だ。


「異世界っすよ、異世界! 夢にまで見た異世界! 自衛官になってよかった! 神様、有難う!!」


 唖然とする班長の前で、陸士長は感動に打ち震えていた。程度の差はあれ、他の連中も同じようなものだった。


「これで、これでやっと! 俺だけの巫女さんをゲット出来る!」


 巫女さん? 何を言ってるんだコイツは。

 班長はちょっと怖くなり、思わず後ずさってしまう。


「馬鹿お前、周りを見てみろよ。森だぞ、森。なんで巫女さんなんだよ?」


 他の隊士が小馬鹿にするように、陸士長を嗤った。


「半裸のエルフ娘に決まってるだろう。常識でモノを考えろよ」

「異世界トリップで常識とか! ここは、妾口調のロリババァ一択に決まってんだろうが!」

「いや、メイドだ! 俺はメイドを所望する!」

「はぁ!? 何がメイドだよ。毛唐にキンタマ握られた非国民が!」

「ぼ、ぼ、僕は、獣娘なら何でもいい……」


 途端にやいのやいのと言い争いを始める隊士達に、班長は頭痛を堪えるように、こめかみを揉み解し始めた。

 どうやら彼らは、異世界トリップイコール、現地の美女とイチャネチョなんて妄想を抱いているらしい。

 最近、ネット小説を中心に粗製乱造されている感がある、異世界トリップものだとか転生ものなどでは、割と良くある展開ではあるのだが、そういったものを読む趣味を持ち合わせていない班長には、彼らの発想自体が理解不可能だった。

 こいつらに任せて、本当に大丈夫なんだろうか。そんな不安が首を擡げては来たものの、他に適任となる者はいないし、能力については申し分ない連中を、遊ばせておくわけにもいかない。

 こんな状況下で、ただでさえ人手が足りないのだ。


「班長はどんな娘が好みっすか?」


 改めて、指示を出そうと口を開きかけた時、巫女さんがどうのと奇声を上げた陸士長が、班長に尋ねてきた。

 いつの間にやら、どんな娘と遭遇するのかという話から、好みの娘の話に移行しているらしかった。

 班長は忌々しげに舌打ちすると、猛禽のような目で陸士長を睨み付けた。


「俺は熟女と人妻にしか興味は無い! わかったら、さっさと出動準備に掛かれ!」

「うわぁ」

「うわぁ」

「うわぁ……」


 班長も大概だった。

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