表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第一幕 ハシバミ act.4

 主を失った部屋は静寂に包まれていた。

 突然現れた、姫とよく似た少女。

 その少女はいま、榛色の瞳で不思議そうに室内を見回している。


「君は、いったい何者ですか?」

 部屋に集まっていた者のうちの一人、ずっと寝台の横に控えていた青年が口を開いた。

 その言葉に、半ば茫然としていた者も、悲しみに暮れていた者も、静観していた者も、全ての者達の視線が少女へと集まった。

 問い掛けられた少女は、しかし首をかしげるばかりで答える様子が無い。


 なかなか問いに答えない少女へ、今度は別の方向から声がかかる。

 金の髪に、蒼翠の瞳。

 どこか姫に似た容姿を持つ青年だった。

「質問に答えろ。お前は何者だ。どうやってここへ来た」

 少し高圧的な響きを含む青年の声に、少女はやはり困惑した表情を浮かべる。

 しかし問いに答える素振りは見せない。

 その様子にしびれを切らせたのか、もう一度、同じ青年が問いを投げかける。

「問いに答えろと言って・・・」

 言葉は、途中で遮られた。

 それまで部屋の隅で事の流れを静観していた男が、苛立つ青年の言葉を遮ったのだ。

 そしてゆっくりと少女へ近付くと、その顔をじっと見つめた。

 少女の方は、相変わらず困惑した表情を浮かべてはいるが、そこから逃げ出す素振りは見せない。

 しばらくそうしてから、先ほど高圧的に少女に問いを投げかけていた青年に向き直った。

「イリス、女子に対して癇癪を起してはならんよ。そんな態度では話せるものも話せんよ」

 そういって、からかう様な笑みを青年へと向ける。

 イリスと呼ばれた青年は顔を赤らめ、舌打ちをしてそっぽを向いた。

 掴みどころのない男は、もう一度少女の方を向き、語りかけた。

「イリスは思春期でな、女子の扱に慣れておらんのだよ。このエルバ・アコニットに免じて赦してやっておくれ」

 そう言ってクツクツと笑った。

 少女はまた曖昧な表情をしているが、先ほどよりは少し表情が柔らかくなっている。

 言葉に反応したというよりも、相手の表情につられたといった反応だ。


「もしかしたら、私たちの言葉がわかっていないのかもしれないね」

 また別の方向から声が上がった。

「先ほど、スリジエ様が眠りにつかれる際、その子は何かを呟いていたけれど、私には聞き慣れないものだった。だから使用言語が違うのではないかと思ったのだけれどね」

 声の主は、優雅な足取りで少女へと近づいてき、そのまま自然な流れで少女のかたわらへ片膝をつく。

 そして、さりげなく少女の手をとり、にこりと微笑みかけた。

 その様子に、先ほどエルバと名乗った男が感心したような声を上げる。

「おとぎ話に出てくるような、完璧な騎士の所作だねぇ。さすが貴族騎士殿」

 ねぇ、と振り返る先にいるのは、イリスと呼ばれた青年だ。

 彼はからかいを含む視線に、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 そんな外野の様子などお構いなしに、少女の手をとった男は深く柔らかい声で言葉を続ける。

「私の名前はヴィスキオ・ベルグ・シャルデン。ヴィスキオと呼んでください」

 男はもう一度、自らに手を当てながらヴィスキオ、とだけ繰り返す。

 その様子に、少女も小さくヴィスキオと繰り返した。

 ヴィスキオと名乗った男は、よくできました、というように笑みを浮かべる。

 その様子に、それまで成り行きを静観していた男が口を開いた。

「喋れないわけではないようですね」

 安堵とも、不安ともとれる声音だ。

 濃茶の髪にメガネをかけた、物腰の柔らかい姿形の男で、モスグリーンの瞳が少し不安げに揺れている。


「それにしてもこの子、本当に姫様とよく似た声ですね!」

 この場にそぐわない、明るい声が響く。

 声の主は16,7歳くらいの少年だ。

 赤茶色の短髪がふわふわと揺れる。

「さっきちらっと喋った時も似てるなーって思ってたんですけど、姫様そのものと言っても差し支えないほどよく似た声ですよね!」

 少年は興味津々とばかりに少し大きめの緑色の瞳で、少女のことを見つめている。

 そんな少年の視線をくすぐったがるかのように、少女は身動ぎをした。

 その様子に、ヴィスキオと名乗った男が「マルグリット、女性をその様に不躾に見つめてはいけないよ」と笑みを含みつつ諭す。

 マルグリットと呼ばれた少年は「はぁーい」と返事をすると、ごめんね?と少女に笑みを向ける。

 少女の方も、そんなマルグリットの態度に安堵したのか、おずおずと笑みを返した。


「それにしても、これからどうしましょうか」

 ひとまず少女のことは置いておくことにしたのか、最初に声を挙げた青年が誰にともなく質問を投げかけた。

 その言葉に、一度弛みかけた場の空気が、もう一度硬度を増す。

 これが普通の姫の崩御であれば、このような問いは生まれなかった。

 姫君の死が臣、国民へと通達され、決められた期間喪に服すだけだ。

 しかし、此度の姫の場合は違う。

 なぜならば、彼女は。

「まさか、王位継承の日を一週間後に控えて亡くなるなんてねぇ」

 掴みどころのない声が、ため息交じりにつぶやく。


 そう、彼女は。


 一週間後にこの国の姫王となる存在だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ