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第一幕 ハシバミ act.3

 歴史あるレイデン王国の城の一室は、その日、哀しみに満ちていた。

 広い部屋の中には10人程度の人間がいたが、その誰もが、暗い顔をしている。

 部屋に設えられた天蓋付きの寝台に横たわるこの部屋主にして王国の姫、スリジエ・アレイシア・レイデンが、最後の時を迎えようとしていた。


 レイデン王国は、ここ数年、ゆっくりと流行病に蝕まれてきた。

 病は子どもの発症が多く、未だ処置法も見つかっていないため、致死率は100%にまで及んでいる。

 民間で広がり始めた病は、じわじわとその手を国の中枢へと伸ばし、そして2週間前、ついに王国の姫をも絡め捕った。

 様々な医師が姫の治療を試みたが、その甲斐もなく、姫は黄泉路へと旅立とうとしている。

 この部屋にいるのは、そうして成す術もなく息絶えようとしている姫と近しい者達だった。



「皆に、一つ頼みがあります」


 寝台の中から、生来の力強さを失った声がかけられた。

 部屋にいた者達は、静かにその言葉の続きを待つ。


「ここにいる者達は、これまで、私の事を守り、支えてきてくれた者達です。私はそのことにとても感謝しています。そして、そんな貴方たちへ、最後のわがままを聞いていただきたいのです」

 拒否の声は上がらない。上がるはずもない。

 その様子に、姫は力なく微笑む。

「もうすぐ、この場所に、私の大切な人が来ます。貴方たちには、彼女を、私と思い、守り、支えていただきたいのです」

 そういって、周囲に並ぶ者たちの顔を見回した。

 不可解な顔、悲痛そうな顔、無感情な顔。

 様々な顔が並んでいる。

 一通り彼らの顔を見渡し、姫はもう一度、淡く微笑んだ。

 その顔は、先ほどの笑みよりもずっと力がなくなっている。

 最後の時は、確実にすぐこそまで迫っていた。

 誰もがそれを感じ、重たい空気だけが漂っている。


 突如、部屋の中央に光が走った。

 複雑な文字が円を描くように外側へと走り出す。

 陣は次第に範囲を広げていき、複雑な文字文様を描き上げていった。

 見守る者達はその光景に圧倒され、誰一人として声を上げる者は無い。

 最終的に直径2メートルほどまで広がった不可思議な陣は、完全な円を描き終わると、次はその光を強めていく。

 部屋の中は陣から溢れ出す光によって、今や目を覆いたくなるほどの明るさになっている。

 

「あぁ、来たのね」

 

 それまで、話すことも億劫そうだった姫の口から安堵の言葉が漏れる。

 陣はその言葉へ呼応するように一際激しく輝き出す。

 その光の陣の方へ、姫が手を伸ばす。

 

「来て」


 呟きと共に、光は陣の中央へと収縮していき、そして、ひときわ強い輝きを放ち、弾けた。

 その場にいた誰もが目を覆う中、一人、姫だけは陣の方を見つめ続けている。

 だが、そのことを知りうる人間は誰一人としていない。


 光の洪水から視界を取り戻した者達が陣のあった方を見ると、そこには信じられないものがあった。

 

 姫とよく似た少女、いや、もう一人の姫だ。

 髪の色は黒く、瞳の色は榛色(はしばみいろ)をしているが、それ以外は姫そのものと言っても過言ではない。

 呆然とする周囲をそのままに、少女は寝台へ横たわる姫の方へゆっくりと近づいていく。

 少女に向かって、姫もまた、病により細くなった腕を伸ばす。

 伸ばされた手を、少女は優しく自らの手で包み込んだ。


「待っていたわ」


 姫が優しい笑みをこぼす。

 少女も、姫へ優しい笑みを返した。

 

「お願いね」


 それは、誰に向けられた言葉だったのか。

 おそらく、先ほどの我儘に対してのものなのだろうが、それを確かめる術は無い。

 その言葉を残し、姫は、今度こそ深く、目覚めぬ眠りへと落ちていったのだから。

 

「―――」

 

 姫の手を取る少女は、その場にいる誰にも聞き取れぬ言葉で小さく何かを呟き、そっと、姫の手を放した。

 壊れもののように、優しく、慈しむように。

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