第一幕 ハシバミ act.1
街から少し離れた高台にある公園に少女は立っていた。
高校からの帰り道、この場所に立ち寄ることは少女の日課であった。
高台から見下ろす街は数十年前と変わりなく、大都市としての形を保っている。
しかし、その中を忙しく行きかっていたはずの人影はまばらで、目抜き通りと呼ばれたところでさえ、行き交う人の数を容易く数えられるほどだ。
人口が減ってしまったわけではない。
少女が生れる少し前に、とある科学研究者が大規模な仮想空間を生み出した。
仮想空間は脳が電脳世界に適合することが不可欠であり、人々はいつしか適合者・非適合者へと分けられるようになっていた。
そして脳が適合した者の多くが、いつしか電脳世界を生活の主軸にするようになっていったのだ。今、この世界で電脳世界を主軸としていないのは、脳が電子の世界へ拒絶反応を示した非適合者と一部の変わり者だけだ。
高台に立つ少女は、その変わり者の最たる例であると自負していた。
少女は相も変わらず人の疎らな街を眺め終ると、今度は空を見上げた。
否、空があったはずの場所だ。
頭上には確かに青が広がり、所々に雲が漂っている。
しかしそれらは、閉ざされた空間に映し出された幻影であることも少女は知っていた。
人工的に作られた風が通り過ぎるたび、スカートがはためき、髪が揺れ、左の耳に通された緻密な細工物が揺れる。
その日は珍しく、少女以外にも公園に人がいた。
何をするでもなく、錆びかけたベンチへと腰かけている。
今日、ひとつの区切りを終える自分と、たまたま居合わせた普段はいない誰か。
この人はもしかしたら、この世界に別れを告げる自分を見送るためにこの場へ居合わせたのかもしれないと、ありもしないことを思い浮かべて少し笑った。
この世界に別れを告げる日に、顔も知らない見送り人。
いるのかどうかもわからない神様というやつだが、もしいたとするならば、なんとも粋な計らいをしたものである。
そして少女は、地と空を隔てる柵の向こう側へと身を乗り出した。