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第六話

「私たちって、よく本の感想言いあってるけどさ」

 その日の昼休み、いつものように図書室に行きいつもの席に着くと、これまたいつものように先に座っていた蒼井がそう口を開いた。

「今まで私か一ノ瀬くんのどっちかはもう読んじゃってて、もう片方が読み終わるのを待ってるってことばかりでしょ?」

「そうだね」

「同じ本を一緒に読みたいなって思ったんだよね」

「……? 一冊の本を一緒に読むってこと?」

「うん、そういうこと」

 蒼井は事もなげにそんな提案をしてくるけれど、それはちょっと……。

「それは……なんか恥ずかしいよ」

「恥ずかしい……かなあ?」

 僕の言葉に蒼井は首をひねっていたけれど、やっぱり僕は恥ずかしいと思う。

「だって……隣に座って一冊の本をめくって読んでいくってことでしょ? さすがに距離が近すぎるというか」

 僕がそう言うと蒼井は一瞬ぽかんとした後、顔をゆでだこのように真っ赤にした。

「……ち、違うよ! 同じ本をそれぞれ借りて別々で読むってこと!」

「ああ、そういうことか。勘違いしてたや」

冷静になって考えれば他に解釈の余地がなかったけれど、なんとなく蒼井ならそういうことをやりかねないかもというイメージがあった。まあでもさすがの蒼井でも長時間密着するのは恥ずかしいらしい。

「……一ノ瀬くんって、ちょっとえっちなんだね」

 蒼井はそう言いながら手に持った本で真っ赤な顔を半分隠し、僕の方をちらっと横目で覗いている。勘違いした僕が悪いと言えば悪いんだけど、ちょっと納得いかない。

「……僕は蒼井がよく人とくっついてるから、それくらい提案してもおかしくないなって思っただけなんだけど」

「あれはスキンシップ! 一ノ瀬くんの言うのはなんかちょっと違ってえっち」

「そんな理不尽な……」

 どうやら僕は蒼井の機嫌を損ねてしまったらしい。いつもニコニコしている彼女が顔を赤くして怒っている姿は新鮮ではあったけれど、このまま嫌われてしまうのは困る。どうにかして機嫌を取ろう。

「ま、まあ同じ本を同時に読むのは確かに面白そうだと思うよ」

「……そう?」

「うん、二人で読みながら感想を言い合えば、全然違う見方ができていつもと違った読み方ができそう」

「……そうでしょ?」

 蒼井の顔がにこっとしたいつもの表情に戻り、僕は心の底からほっとする。けれど、彼女の案を実行するには一つだけ問題がある。

「でも二冊以上置いてある本なんてあるの?」

 当然のことながら二人でそれぞれ読むには同じ本が二冊以上いる。大きな図書館ならともかく、小学校の図書室だと置いてある本はだいたい一冊ずつで、普段も読みたい本が借りられていて待たなきゃならないなんて自体は日常茶飯事だった。

「ふふん、ぬかりはないのだよ。一ノ瀬くん」

 僕の疑問に対し、蒼井はニヤッと得意げな笑みを浮かべる。とことこと書架が並ぶ通路を歩いていくと、海外文学の列で曲がり小通路に入っていった。しばらくするとそこから二冊の本を手に、ニコニコしながら僕の座る席まで戻ってくる。文庫本じゃなくてハードカバーのようで、少し重そうにしていた。

「これ!」

 そう言いながら蒼井は二冊の分厚い本を僕の前にドンと置く。その本の表紙には


 モモ ミヒャエル・エンデ作


と書かれてあった。

「読んだことある?」

 少し心配そうに尋ねてきた蒼井に僕はかぶりを振って答える。

「ううん、ないよ。家に置いてあるのは見たことあるけど」

 ここで僕が「読んだことある」と答えてしまうとこの企画はおじゃんになってしまうが、幸いなことに僕はこの本を読んだことがなかった、嘘偽りなく。普段読んでいる本よりさらに一回り分厚かったことと、時計でいっぱいの町が描かれた表紙の絵が不気味で手が出なかったんだ。

「よかった、私もないよ」

「……ここで読んだことあるって言われたら僕は椅子から滑り落ちてたよ」

「えー、それちょっと見たかったな。今からでも間に合う?」

「残念ながら、もう遅いかな」

「ケチー」

 むーっと頬を膨らませて不満を主張する蒼井。そんなに僕が椅子から滑り落ちるのが見たかったんだろうか。

「いつもすました顔してる一ノ瀬くんが驚いて椅子から滑り落ちるなんて、絶対面白いよ」

「別にすました顔してるつもりはないんだけど……」

 ただ感情を表に出すのが苦手なだけで、感情そのものがないわけじゃない。前の学校で「ロボット」だのなんだの言われたときは結構傷ついた。

「あ、ごめん。別に一ノ瀬くんを悪く言ったわけじゃないんだ」

 僕がムッとしたのを感じたのか、蒼井は慌てて謝ってきた。その様子がちょっとおかしくて、少しからかってやろうなんて気持ちになった。

「あーあ、ちょっと傷ついたかもな」

 蒼井からぷいっと顔を背けながら落ち込んだふりをする。両手で顔を覆いながら、指の隙間から蒼井の様子を伺ってみると、

「ごめんね、私よくないこと言ったね」

「……うん」

「どうしたら許してくれる?」

「……なーんて、冗談だよ冗談。蒼井焦った?」

 あわあわしている蒼井を堪能したのでネタばらしをする。「もー! 一ノ瀬くん!」なんて怒る蒼井を想像していたけど、彼女の反応は想定外のものだった。

「……でもやっぱり気分良くないよね」

 いつも快活な彼女とは打って変わって、蒼井はうつむきながら申し訳なさげにそうつぶやいた。彼女のトレードマークのポニーテールも心なしかしょんぼりしているように見えた。

そこまでへこむとは思っていなかった僕は慌ててフォローする。

「いや、まあ似たようなことは前にも言われたことあるし」

「ほんとにごめんね」

「大丈夫だよ」

「許してくれる?」

「うん」

 半ば顔面蒼白になりながら謝り倒してくる蒼井にいつもの笑顔はなく、異様とも思えるくらいに怯えて見えた。ほとんど震えていてからかったこっちが申し訳なくなるくらいだった。なにか地雷を踏んでしまったんだろうか。

「もう、大丈夫だから。安心して」

「……ありがとう、優しいね。一ノ瀬くんは」

 上目遣いで見つめてくる蒼井にドギマギして、思わず視線を逸らす。僕はそれを悟られたくなくて話題を変えることにした。

「そういえばさ、この『モモ』って本、なんで二冊あるんだろう」

 基本的に図書室の本が一種類につき一冊しかないのは先に説明した通りで、だからこそこの本が二冊もあるのには何かしら事情があるはずだった。そんな僕の疑問に対し、少し血色が戻ってきた蒼井が答える。

「あ、それね。司書さんに聞いたんだけど、『モモ』って有名な作品なのに蔵書になかったからこの間注文したんだって。でも注文した後に書庫整理をしていたらひょっこり出てきたらしいよ」

「……なんか間抜けな話だね」

 単にあの少し大柄な司書さんの蔵書管理がずさんだっただけじゃないか。そんな風に呆れていると、蒼井は僕を制してこう言った。

「なんかそうとも言えなくてね、司書さんはもう数年ここで司書さんしてるらしいんだけど、『モモ』を見たのはそれが初めてらしいの」

 現物を一回も見たことがなければその存在を知らなくてもおかしくはない。おかしくはないけれど、そんなことが起こる可能性は限られるんじゃないだろうか。

「それまで一回も借りられてなかったとか?」

「うーん、『モモ』って私も前に聞いたことあったし、結構有名な本だと思うよ? そんな本が借りられないとかあるかなあ」

 至極当然な反論で僕の仮説は却下された。とは言え僕自身もこれが不自然な仮説だということはわかっていたし、前の学校で『モモ』が推奨図書に指定されていたのも覚えているから蒼井の反論はもっともだと思う。

 蒼井はさらに新しい事実を提示する。

「で、前にも何回か似たようなことがあったらしいんだ」

「……図書室にない本を発注したらいつのまにか現れるってこと?」

「そうそう」

……あの司書さん、蔵書を忘れるくらい仕事ができないようには見えないけどなあ。

「だれかが長いこと返すの忘れててバレないようにこっそり返したとか?」

 毎日のように図書室に通ってる僕からしたら考えられないことだが、気まぐれに図書室で本を借りた子が返却日どころか借りたことそのものを忘れてしまう、なんてことは結構あるらしい。

「でもこの学校、何年もずっと在籍してる子ってそんなに多くないよ?」

 司書さんがもう数年はここで働いている以上、それより長い期間本を借りている子がいないとこの話は成り立たない。けれど親の仕事の事情でこっちに来ている子がほとんどなこの学校で、そんな長期間本を借りっぱなしにしている子がそんなにたくさんいるとは思えない。

奏多の与太話より、こっちの方がよっぽど七不思議じゃないか……。

「ま、どんな事情があるにしろ二冊借りれるのは確かなんだし気にしなくていいよ。お化けが出てくるわけでもないし」

 蒼井は楽観的な様子で片方の「モモ」を僕に差しだしてくる。ハードカバーのその本を受け取ると、ずっしりとした重みが両手に伝わってきた。

「じゃ、土日で全部読んでくること!」

「それはちょっと早くない……?」

 僕も読むのはそこそこ早い方だけどそれでも一週間は見たい。けれど僕の返答を聞いた蒼井は不満気にむくれる。

「え~じゃあ半分は読んでね」

「それならなんとか……」

「私は全部読んじゃうかもだけど」

 蒼井の読書ペース、早すぎる……。そんなことを思いながら僕は受付の司書さんに本を渡し、「モモ」を借りる。同じように蒼井も「モモ」を借りるのを待っていると、司書さんが僕の方をニヤニヤ見てきた。

生まれて初めて他人からそんな視線を受けた僕は、蒼井が本を受け取るや否や足早に図書室を出る。この間まで図書室から出るときは毎度後ろ髪を引かれていたかつての僕からは考えられないことだった。

「昼休み、もう終わっちゃうから早く戻ろうか」

そう言いながら、出来るだけ蒼井の方に顔を向けないようにして教室へ戻った。

きっと僕の顔は一目見てわかるくらい赤くなっていただろうから。




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